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第309話 いや~な場所

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「ちょ、誰よー引っ張るの!」
「あ、ごめんごめん。アリス見て、あそこ」
「え? えっ!?」

 どうやらロープを引っ張ったのはノアのようだ。ノアに言われてアリスは立ち上がってノアが指さした先を見て息を呑んだ。

「こ、これは……マ、マンモス?」
「多分。他にもいっぱい居るよ」

 言いながらノアは氷漬けにされたマンモスを見て感心したように言った。

 氷漬けにされたマンモスの後ろには、見たことも無い生き物たちがマンモスと同じように氷漬けにされている。

「この子たちも絶滅しちゃったのかな?」
「どうだろう。上からここに落ちたのかな」

 そう言ってノアが氷の上部を指差すと、そこには大きな穴が開いている。

「という事は、この冬の庭には今もマンモスが居るかも……って事?」
「うん。種の保存が目的だったんだとしたら居てもおかしくないでしょ? 流石にここは大丈夫だと思うけど、外は気をつけなきゃいけないかも。ここは他の四季の庭とは勝手が少し違うみたいだ」

 春の庭と秋の庭を見てきたが、そこと比べるとこの冬の庭は特殊だ。この凍土にしても、緩やかに下っている。

「アリス、ここは地下のさらに地下に向かって道が伸びてる。この先何があるか分からないから、気をつけてね」
「分かった」

 ノアの言葉にアリスは珍しく真顔で頷いて洞穴に向かって今度こそ歩き出した。

 洞穴は思っていたよりも広く明るかった。よく見ると天井のあちこちから光が降り注いでいる。その光が透明な氷に乱反射をして、必要以上に洞窟内を明るく照らしているようだ。

「綺麗なとこ……キャロライン様とライラ達にも見せてあげたかったな」

 アリスは言いながら、今は地上で頑張っているであろう推しと心友を思った。

「写真撮ってってあげればいいじゃん。ディノもそんな事で怒んないでしょ」

 リアンが言うと、アリスはポンと手を打って辺りの写真を撮り始める。

しばらく歩いていると、またアリスの雑巾が落ちていた。雑巾に描かれた矢印はさらに地下に向かって伸びている道を指している。

「ねぇ変態、これやっぱりどんどん下ってるよね?」
「そうだね」
「どこまで行くんだと思う? すっかり忘れそうになってるけど僕たちが居たのって既に地下だったよね?」
「そうだねぇ。星の核にでも近づいてるのかな?」

 呑気にそんな事を言うノアをリアンは睨みつけてくるが、どこへ向かうかを聞かれてもノアも答えようがない。

「核ってそんなとこ行けんの?」
「普通はもちろん行けないよ。でもここはディノの地下だからどこに繋がってるかは僕にも分からないよ」
「そうだよね……ねぇ、それにしてもさっきから何だか背中がゾクゾクするんだけど」
「風邪っすか?」
「違うと思う。そういう寒気じゃなくて何かこう、もっと別の――」
「幽霊的なゾクゾクでしょうか? それなら俺もさっきからずっとしています。まるで誰かがここへの侵入を拒んでいるような、そんな感じがするのですが」

 これ以上出来れば進みたくは無いが、アリスがグイグイ引っ張るので嫌でも引きずられるキリだ。

「え! キリも!? ちょっと、あんた達は!?」

 リアンは急いで振り返ると、アーロとオリバーはそっと視線を伏せた。

「実を言うと俺もちょっと前から空気重いな~って思ってたっす」
「俺もだな。だがアリスが引っ張るだろう? 嫌でも進まなければなるまい」
「そういう事は早く言ってよ! 僕だけだと思ってずっと我慢してたのに! アリスは? 変態も何ともないの!?」
「んー……しいて言うなら威圧感? アリスは?」
「私? むしろ呼ばれてる気さえするけど?」
「リアン様、このお二人に聞いても無駄ですよ。ノア様は威圧感など気にしませんし、お嬢様はこのように呼ばれてると言い切るので」
「はぁ!? 威圧感は拒否だよ! 入ってくんなって言ってんの! なんだ、じゃあやっぱり勘違いじゃなかったんだ……。ねぇ、これ以上進むの止めた方が良くない?」

 この何とも言えない重圧はディノの物なのか、それともディノとは違う何者かの物なのかは分からないが、正直言えばリアンはここからはあまり進みたくない。

「う~ん。分かった。それじゃあリー君達はここで待ってて。ここから先は僕とアリスで行ってくるから」
「え!? まだ行くの?」
「行くよ。だって、この先に影アリスが居るのは間違いないし、オズとリゼちゃんがどうなってるのか気になるし」
「そうだけど……」

 当然だとでも言いたげなノアにリアンは視線を伏せた。さっきからずっと感じるこのまとわりつくような監視しているような空気にリアンはこれ以上耐えられそうにない。

 しばらく考えていたリアンだったが、やがて決めたようにアリスと繋いだロープを切った。

「分かった。ここから先はあんた達に任せる。何かあったら叫んで。僕はさっきの広場で何かこの場所に関してヒントか何か無いか調べてる」
「うん、それがいいね。他はどうする?」
「俺はリー君一人にしとくのは心配なんで残るっす」
「では俺も残ろう。何よりここから先は見るからに道が細い。あまり大勢で行くのも得策ではなさそうだ」
「俺はノア様とお嬢様だけで行かせる訳にはいかないのでついていきます」
「大丈夫なの? キリもゾクゾクするんでしょ? その、幽霊的な感じ」

 アリスが言うと、そんなアリスの言葉をキリは鼻で笑った。

「幽霊が怖くてあなたの面倒を見られると思いますか? 確かに威圧感的なものは感じますが、無視すればいいだけの事です。何なら威圧感など冬の庭に入った時から感じているので」
「そんな前からぁ!? やっばい! 私何にも感じなかった!」
「そうでしょうね。だから俺はついていくんです。あなたがゾクゾクする時は迷うこと無く引き返しますが、そうでないなら命まで取るつもりは無いという事ですから」
「ははは。キリは相変わらずアリスを囮にしてるんだから。まぁそういう訳であっちに敵意は無いみたいだから行ってくるね。多分、星の核心部に近いから侵入してほしくないってだけなんだと思うよ。でも今更そんな事言ってられないよね?」

 そう言ってノアはニコッと笑ってアリスとキリと自分のロープを繋いだ。

「気をつけなよ、三人とも」
「そっちもね。何か襲ってきたらすぐに冬の庭から出て」
「分かった。それじゃ、戻ろ」
「っす」
「ああ」

 何だかんだ言いながらしっかりバセット家の心配をするリアンにアーロは目を細めながら、さらに洞窟の奥に向かう三人を見送って元来た道を戻った。
 

「兄さま! 今度はあっちだよ!」
「ほんとだ。キリ、やっぱりサーチは使えない?」
「全く駄目ですね。それよりも何故か気温が落ち着いた気がします」
「だね。何か暑くなってきたんだけど、アリス上着脱ぐ?」
「うん!」

 そう言ってアリスはガサガサと上着を脱いで丸めてリュックに押し込むと、隣でノアとキリはきちんと上着を畳んでリュックに詰めている。こういう些細な所に性格の差がきっちりと現れるバセット兄妹だ。

 しばらく影アリスが残した枕カバーを頼りに歩いていると、先程の広場よりも小さな広場が見えた。

「……ん? あれって……影アリス!」

 広場の中央で誰かが蹲って何かをしている。アリスには遠目にそれが影アリスだとわかり声をかけたのだが、どうも影アリスの様子がおかしい。

 影アリスはふと顔を上げてこちらを見ると、突然何を思ったのか背中に担いだ剣を取り出してこちらに向かって駆けてきたのだ。

「わわわ! ちょ、私だってば!」
「アリス! ロープ切るよ!」

 アリスが影アリスの剣を避けたのとほぼ同時に腰のロープがノアによって切られた。
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