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第311話 ディノ、叱られる

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 嫌味に嫌味で応酬するノアをアリスとキリはヒヤヒヤしながら見守っていた。いつもの事だが、どうしてノアはこんなにも好戦的なのだ! ある意味ではアリスよりもよほど喧嘩っ早い。

 ノアの言葉にディノは黙り込み、大きなため息をついてその場に足を投げ出して座った。そんな仕草はまるで小さい頃のドンだ。

『……その通りだ。私も星もどこかで希望のような物を人間に抱いていた。ことごとく裏切られても中には良い人間も居たからな』
「それは仕方ないよ。妖精王にしても君にしても星にしても、強大な力を持った本当の支配者層は僕たちの事なんて深く考えもしない。その力を使えば生物なんて一瞬で居なくなる。それが世の常だよ。それでも僕たちは生きるためにいつも必死だ。君たちの力にどれほど振り回されようともね。そんな中で一番厄介なのは、そういう支配者層にくっついて常に尻尾を振る奴らだよ。彼らは君たちの立場を理解して僕たちの事も知っている。どこを締めれば僕たちが苦しむのか、どうすれば君たちの機嫌を損ねずに君たちから搾取出来るか、そればかり考えている。それでも君たちは気づかない。だって、そういう奴らですら君たちから見たら僕たちと何も変わらないと思ってるんだから」
『……ノアの言う通りだ。私たちは疑うと言うことを知らない。ざっくりと良い話かそうでないかを分けるだけだ。手を貸したいと思えば貸すし、裏切られてもそれは仕方ない。その影に苦しんでいる者たちが居る事になど気づかない。私たちは私たちの存在に気づき近寄ってきた者の話しか聞くことが出来ない』
「そう。だから君たちは君たちの大事な大事なお姫様を探し当てる事が出来なかったんだ。何せ彼女は奴隷という最底辺の所に追いやられていたんだから。まさか偽物の支配者達が星のお姫様をそんな所に追いやっているだなんて考えもしなかったんじゃないの?」

 そう言ってノアはリーゼロッテを強く抱きしめた。ディノの話をまとめる限り、リーゼロッテはこんな目に遭うような立場ではない。本来なら星の中心でそれこそディノと共にこの星を守るような、そんな立場なのだろう。

『まさかイノセンスをそんな風に扱うなどと誰が思う? 彼女は、星の姫君なのだぞ!?』

 ノアの言葉にディノは思わず怒鳴った。その拍子に背中のアメジストの羽がビリビリと震える。ディノの咆哮が洞窟に響き渡り、また大地は大きく揺れた。

 そんなディノを見ても目の前の三人は顔色一つ変えずディノを真っ直ぐに見つめてくる。こんな人間は……初めてだ。

「あなたはどこまでいってもお花畑のようです。レックスから聞いた賢いという噂はもしかしたら嘘ですか?」
『……なに?』
「はっきり言います。あなたがこの星の支配者であろうが何だろうが構いません。あなた達はこぞって揃いも揃ってただ力があるだけの木っ端だと言ってるのです。そんな事ではおが屑にすらなれませんよ、いつまで経っても」
「えっと……ディノ! いい機会だからたまにはお説教されるといいよ! キリがこうなったら誰にも止められないから! ごめん!」

 完全に半眼になっているキリの顔を横から覗き込んだアリスが言うと、ノアも隣で諦めたように頷いている。

「あなた達が我々の事を同等だと思っているように、偽の支配者層もあなた達を利用する事しか考えていません。あなた達の力をうまく使い、自分たちの望みを叶える。それが彼らの目的です。彼らにとって星の姫など利用するために必要なただの道具にすぎないのですよ。あなた達がどれほどリゼを大事にしていようと、彼らにとっては知ったこっちゃないですからね。いいですか? 偽物の支配者達はあなた達を利用しようとした。そのためにリゼも巻き込もうとしている。それはあちらにとっては大した事じゃない。仲間でも友人でも無い命をあなた達が何とも思っていないように、彼らもまたあなた達の事など何とも思っていないということです」
『……』
「もっと言いましょうか? あなたは種の保存をしていたようですが、それすらただの偽善でしか無い。表面だけ改善して濁った水を抜くことを恐れた。それではいつまで経っても物事は改善しません。いつまでも犠牲だけが生まれる。その事にすらあなたは気づいていない。大きな頭を持っているくせに何て浅はかなんでしょうね。結局あなた達のしてきた事は上辺の環境を整えただけです。だから今、こんな事になっているのですよ」

 そう言ってキリはチラリとリーゼロッテに視線を移した。本来なら一番に守られなければならない存在なのだ。泥だらけになって裸で鎖で繋がれるような存在ではない。

 怒りで震える拳を握りしめるキリを見て、アリスが小さな声で話し出す。

「リゼはね、だからオズが大好きなんだよ。助け出してくれたってだけじゃなくて、オズはリゼに世界を実際に見せてくれた人だから。オズはディノ達みたいに物凄い力を持ってるけど、全部自分で確かめたんだ。利用されて裏切られて、それでもリゼを見つけて一緒に旅をして、世界の綺麗な所も醜い所も全部自分で歩き回って確かめた。あれほど憧れた星という物がどういう物なのかって。オズもリゼも自分の役目なんてすっかり忘れてたのかもしれないけど、どこかでちゃんと覚えていたんじゃないかな。でもディノは? ずっとレックスにそれをさせてたんだよね? 眠ってたから仕方ない? そうじゃないよね? そうなる前にちゃんと自分で確かめに行くべきだったんだよ。リゼを連れて、この世界の綺麗な所も醜い所もきちんと知るべきだった。その目で、その耳で、その頭で」

 世界は美しいばかりではない。アリスもそれは痛いほど理解している。だからこそ少しでも良くなるようにしたいのだ。

 アリスはディノから少しも視線を外さなかった。逆にディノはどこかバツが悪そうに俯いている。

「アリスもキリも根は優しいからこんな風にきちんと言ってくれるけどね? 世の中は僕みたいな奴の方が多いんだよ、残念な事に。自分の目的の為には手段なんて選ばない。対岸の火事なんて見て見ぬふり、自分に降り掛からなければ別にどうでもいいから簡単に応援もするし非難もする。どうせ互いの顔なんて見えやしないし数分後にはもう別の事考えてる。そういうのが多い世の中で気づけば手に負えない事態になっていたってもう遅い。今更戻れないんだよ。何かが弾けてしまわない限りね。そんな僕が今回動いたのは、アリスや家族ともう離れたくないからだ。そうじゃなきゃ君の事なんてはっきり言ってどうでもいい。何なら永遠に眠っていてくれても構わなかったよ」

 そう言ってニコッと笑ったノアを見てアリスとキリが引きつった。

「私は! 私はディノに会えて嬉しいからね!? 何だかんだ言っても種の保存をしたのは凄い事だし、ディノがアホほど優しいっていうのは知ってるから! 兄さまはちょっと特殊すぎるから信じちゃ駄目だよ!?」
「そうです。ノア様は異常なほど家族に傾倒しているのでこの方は特殊です。ですが、大抵の人は一度でも関わりがあれば助けたいと思うものです」
『……そなたもか?』
「ええ、俺も。特にレックスはもううちの子だとすら思っています。俺は彼をもう他人だとは思えません。ですがあなたが居なくなればレックスは壊れてしまうのでしょう?」
『……そうだな。レックスは私と全ての感覚が繋がっている』
「では、必然的にあなたも助けなければなりません。いつまでも眠らせている訳にはいかないのですよ」
『レックスの為、か』

 何故か寂しそうに呟いたディノを見てキリは間髪入れずに頷いた。
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