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第312話 リゼを守る妖精の種

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「そうですね。今のところは。あなたとはまだ繋がりがほとんどありません。だから簡単に判断する事は出来ません。それを判断するのはもっと親しくなってからです。少なくとも俺は、あなたの事も星の事ももっと知りたいと思っています」

 キリの言葉にディノは深く深く頷いた。どうやら言葉は正しく伝わったようだ。

『そなた達と話をしていて、私はノアとも親しくなりたいと思った。色んな考え方があるのだと知った。こういう話は……誰ともしたことが無かった。決して高みから見下ろしていたつもりではなかったが、結果として知らず知らずの間にそうなっていたのだな』

 泣き出しそうな声でそんな事を言うディノを見てノアはやっぱりニコッと笑った。

「それは仕方ないよ。君達と僕たちでは根本的に全てにおいて違いすぎるんだから。それを嘆いても仕方ない。気付いたなら今から実行すればいい。全部終わったら君もオズやリゼ達と一緒に旅すれば?」

 ノアの言葉にディノは小さく肩を揺らして笑った。

『そうだな。それがいい』

 そこまで言ってディノはもう一度両腕をノアに伸ばしてきた。

『イノセンスを。彼女の機能は止まっている訳ではない。ヴァニタスの生贄になった者たちも、既に体を失った者も居るが魂が消滅した訳ではない。ヴァニタスもまた被害者なのだ。あいつはあいつで自分の呪われた運命に辟易している。元々はヴァニタスは魂の保護者だったのだから』
「どういう意味?」
『ヴァニタスは死の神だ。妖精王が取りこぼした魂を保護するために生まれた神なのだ。それがいつしか生贄を捧げる対象になってしまった』
「え、めっちゃ重要な子じゃん!」
『そうだ。めっちゃ重要な子なのだ。星に転生が叶わなくなった魂を保護して違う星に運ぶ神、それが本来のヴァニタスだ。決して一つの星に留めるような神ではない』
「ディノ、無理してお嬢様の言葉を使わなくてもいいんですよ。それではヴァニタスも本来の姿に戻さなくてはならないという事ですか?」
『そういう事だ。いや、そうしてやって欲しい。あれこそ慈悲の塊のような神なのだから。妖精王に隠れていつも蔑ろにされてきたが、星には絶対に必要不可欠な神なのだ』

 そう言ってディノは視線を伏せた。

 思い出すのは大きな、空を覆い隠すほどの大きなアオサギだ。いつもどこからともなくやってきて大きな翼を一度羽ばたかせると、どこにも行けない魂が舞い上がり、その大きな嘴を開けると次々に行き場のない魂たちはそこへ吸い込まれて行った。

 そして彼は違う星へ旅立つのだ。行き場をなくした魂をまた別の星に運ぶために。その時地上にはいつも強い風が巻き起こり、一斉に花びらが舞い上がる。まるで行き場を得た魂達を祝福するかのように。

 そんなアオサギをいつもディノとイノセンスは祝福の歌を歌い、地上から見送っていた。

 ディノがヴァニタスの正体について話すと、アリスもノアもキリもそれをじっと聞いていた。

「アオサギ、か。確かにアオサギは再生のシンボルだね」
『そうなのか?』
「姉妹星の話だけどね。でもこの星が地球を模した物ならそうかもしれないね」

 ノアはそこまで言って抱いていたリーゼロッテをディノに手渡した。

「信じるよ、君のことを。預けてもきっと大丈夫だって」
『……ありがとう』

 そう言ってディノはリーゼロッテを受け取って自分の足元に寝かせた。すると不思議なことにそれまで足元にあった水が全てリーゼロッテの体に吸い込まれていく。

『これは星の水だ。本来ならこの場所は全てこの水で満たされていた。それが今ではこれだけになってしまったんだ』
「無くなっちゃったよ!? 大丈夫なの?」
『私が目覚めればここはまた水に満たされる。星の力を私に使わなくて済むからそうすれば――』

 ディノがそこまで言ったその時、突然うねるような音があちこちから聞こえてきた。それはやがて一つの声になる。

『来る……何か来る……守って、この子を守って!!!!』

 音が声になった途端、洞窟の天井から轟音が聞こえてきた。アリスとノアとキリは急いでホログラムのディノとリーゼロッテを守るように立って武器を構えて上を見ると、そこには見たことも無いほどの大きな真っ黒の煙がこちらに向かってやってくる。

「ヴァニタスだ!」

 アリスが叫ぶと、ヴァニタスは一直線にこちらにめがけて降りてきた。

「ディノ! ヴァニタスに物理攻撃は効くの!?」
『元はアオサギだ。効くかもしれんが……分からん!』
「そんな! どうしたら……」

 ヴァニタスは獲物に狙いを定めるかのようにアリス達の周りをグルグル回ると、真ん中に見つけたディノに向かって飛びかかった。

「ディノ!」

 アリスが剣をヴァニタスに振り下ろしたが、やはりヴァニタスに物理攻撃は効かず、あっさりとディノがヴァニタスの体の中に取り込まれてしまう。

『私は大丈夫。この姿は幻影だ。イノセンスを連れ去られないように――』

 それだけ言ってディノの声がとうとう途絶えた。ノアはゴクリと息を呑んでヴァニタスを見上げると、ヴァニタスは今度はじっとリーゼロッテを見下ろしている。

「何か、何かリゼを守る方法は……」

 その時だ。突然ヴァニタスの後ろからここには居るはずのない人の声が聞こえてきた。

「種を使え! ヴァニタスは妖精の内側には入れない!」

 突然の声にアリスがヴァニタスの後ろを覗き込むと、そこには影アリスを連れたオズワルドが、腕を抑えて浮いていた。その端正な顔は今や苦痛に歪み、額にはここからでも分かるほど玉のような汗が無数に浮かんでいる。

「オズ!」
「早くしろ! 俺は……俺、は……愛を……知ってしま……これが……狙い――くそっ! 早く、しろ……リゼを……守れ……たの……む」

 かろうじてそう言ったオズワルドに突然ヴァニタスが突っ込んでくる。その途端ヴァニタスが全てオズワルドに吸収され、オズワルドの周りには禍々しい黒い煙が渦巻いた。
 
 
 
 時は少しだけ遡り、妖精王は水盤を閉じてそのままソファに座り込んで大きなため息を落とした。

「星を捨てる、か」

 果たしてそんな事が出来るだろうか? 妖精王はまだ若く、この星が初めての自分の星だった。もちろん愛着もあるし、何よりも友人が沢山出来た。妻も子供もいるしそれを全部放り出す事など妖精王に出来るだろうか?

「はは、無理だな。やはり我は若いのか」

 この場合の若いはもちろん良い意味ではない。青臭いと言った方がいいかもしれない。それでもこの星を捨てたくはないのだ。

「こんな事になるなら、やはり中古を買うべきではなかったのか?」

 妖精王からすれば星の一生でさえ一瞬の出来事のように短い。最初の星をとにかく早く手に入れたくて色んな所でケチったのが仇になってしまった。まさか一度リセット済みの星を掴まされるだなんて思わなかった。もしも今度あの星商人に会ったら絶対に文句を言うつもりだ。

 それでも。

「我はこの星が好きなのだ。何故か我以外に支配者がわんさか居るこの星が」

 ディノや星そのものやオズワルド。一体何がどうしてこうなってしまったのかさっぱり分からないし、この星に住んでいる生物もどこかおかしい。アリスを筆頭に。

 妖精王は仲間たちや今まで出会った動物、植物、人間をゆっくり思い出した。知らずに漏れる笑みは妖精王がこの星を愛している証拠だ。

「うむ、やはり我はこの星を守る! その為にソラに還る事になっても構うものか! その為にはまずオズワルドに力を返してもらわんとな。そして皆に挨拶とそれから婿の所で出るお菓子を食べて、バセット領のキャシーのバターサンドも食べてそれから……これは時間が足りないな!?」
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