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第316話 星の蹂躙

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「正義の使者! アリス参上!」

 とりあえず名乗っておかねばなるまい。調子に乗ってマンモスの上でキメッをしたアリスを下から五人の男たちが胡散臭そうに見上げてくるが、そんな事では鋼のハートは折れない。

「マンモスの! 弱点は! 多分! ここ! バチコーン!」

 そう言ってアリスはマンモスのおでこめがけて思い切りゲンコツを振り下ろすと、マンモスは一瞬動きを止め、そのままフラフラと物凄い音を立てて倒れた。

 結局拳一つでマンモスを倒したアリスを見て、リアンが自分のクローをじっと見てポツリと呟く。

「……ねぇ、武器ってなんだろ」
「考えない方がいいと思うっす」
「あいつの最大の武器は拳なんじゃないのか?」
「お嬢様、せめて背中を駆け上がる時は一声かけてください」
「そうだよアリス。こっちだって常に身構えてる訳じゃないんだから」

 マンモスを見るなり突然アリスは二人の背後に回り込み、何の躊躇いもなくノアとキリの背中を踏みつけてマンモスの背中に飛び乗っていった。突然背中を駆け上がられた二人はもちろんその場に蹲り、未だにヒリヒリする背中をさする。

 そんな男たちの文句をよそにアリスは倒れたマンモスの顔をじっと覗き込んでいた。

 やがて目を覚ましたマンモスは目の前に居るアリスに驚いたのか、あわあわと立ち上がろうとするが、一度倒れた巨体はそう簡単には自力で起き上がれない。

「ふおぉ! マンモスって初めて見たな! 起きたい? ねぇ、起き上がりたい?」
「パ……パオーン……」
「控えめだなぁ! いいよ、起こしてあげる。思い切り叩いてごめんね?」

 そう言ってアリスはマンモスの背中に回り込むと、マンモスの体の下に両手を差し入れた。そんなアリスを見てノア達は流石に無理だろ、と思っていた訳だが、そこはアリスである。

「よっこいしょっと!」

 案外簡単にマンモスを起き上がらせる事に成功してしまったアリスを見てノア達は一歩アリスから距離を取ってヒソヒソと話し合う。

「え、もしかしてあいつ案外軽いの?」
「そんな訳ないでしょう。倒れた時地面が揺れました」
「っすよね。え? 持ち上げたって事っすか?」
「もうちょっと僕、アリスが怖くなってきたんだけど……」
「いや、変態それは前からだから。あれを可愛いって本気で思ってんの昔からずっとあんただけだから」
「いや、アリスは可愛い! そこだけは譲れない! でもたまに怖い!」
「やはりアリスは人間では……ない? という事はリサもあるいは……」

 何かに納得したように手を打ったアーロの脇腹をリアンが思い切り小突いた。そんな中、アリスはマンモスに何やら一生懸命話しかけている。

「いいかね、君が生き返る事が出来たのはあの人達のおかげなのだ。言わば彼らは君の命の恩人なのだよ? それを襲うとは一体どういう了見かね?」
「パオ……」
「うむ。君には少し難しいかもしれないな。君が眠っている間に我々生物は共に手を取るようになったのだ。もちろん完全な共存とは言えない。我々も君たちも互いの命を奪う事もある。けれど無益な殺生は互いにしない。そういう世界になったのだ。分かるかね?」
「パオ?」
「分からないか。そうか。では仕方ない。君は我々についてきなさい。そして私の領地で今の世界を学び――ぎゃんっ!」
「何故連れて帰ろうとしているのですか、あなたは」

 さりげなくマンモスを連れて帰ろうとするアリスの頭にゲンコツを落としたキリは、マンモスに向き直った。

「マンモス、と言いましたか? あなたの子孫達は今もこのディノの庭にいるそうです。そこへ戻りなさい。ただ一つだけ。もしかしたらここも危なくなるかもしれません。その時はネージュというところに一時身を隠すのです。いいですか?」

 そう言ってキリはマンモスの鼻に『ネージュ』と書いた妖精手帳をぶら下げた。

「沢山の人がここへ押し入ってきたら、この地下に居る生き物を全て連れてこの紙を千切りなさい」
「パオ!」
「聞き分け良すぎない!? なんで言葉通じるの!? てか、何ナチュラルにうちに押し付けてんの!?」

 思わずキリとマンモスのやりとりを見てリアンは突っ込んだが、そのすぐ後に先程見つけたこの広場の秘密を思い出して納得した。

 マンモスはその後リアン達に礼儀正しく頭を下げて、自身が塞いだ洞窟の出口を掘り起こしてそのまま外へ出て行ってしまう。

「ふぅ! 一件落着!」
「一件落着! じゃないよ、アリス。何も解決してないし、そもそもどうしてマンモスが氷から出てきちゃったの?」

 ノアはアリスの頭に軽くゲンコツを落として振り返ると、リアンとアーロとオリバーはバツが悪そうに視線を逸した。

「ねぇ、何したの? 三人とも」

 ニコッと笑ったノアを見てアーロとオリバーがそっとリアンの背中を押した。どうやら全ての責任はリアンにあるようだ。

「ちょ、押さないでよ! あー……いや、何か封印されてたっぽいんだよね。ここに居た子たち」
「封印?」
「うん。あいつが石版壊しちゃったんだけどさ、そこに書かれてたの。この広場の秘密とあいつらの事が」
「なんて?」
「言う?」
「いや、言ってよ。気になるしよく見たら他のも居ないし!」
「はぁ。えっとね、ここに居た子たちはこの星がリセットされる前に凍結された子たちだったんだって。かろうじてあの時助け出された子たちって言うか」

 諦めたようにリアンが言うと、ノアは腕を組んで何かに納得したように頷く。

「なるほど。だからアリスとキリの言葉を完全に理解してたのか」
「そゆこと。で、その説明書きの下に何か変な文字の羅列があったからそれを読み上げちゃったんだよね。そしたら氷から出てきちゃった! テヘペロ!」

 怒られるのを覚悟でリアンがテヘペロをすると、ノアは一瞬呆れたような顔をして苦笑いを浮かべた。

「普段なら怒ってたかもだけど、今はちょうど良かったかも。さっきキリが言った通り、あちらはここにも攻めてくるかもなんだ」
「どういう事?」
「さっき、オズがヴァニタスを吸収して完全体になった。簡単にここまで降りてきたから多分、ここの力は相当弱まってるよ」

 リーゼロッテが洞窟の途中で寝かされていたのはオズワルドが最深部に辿り着けなかったからだ。

 けれど自分たちは難なくあそこに辿り着く事が出来た。それはつまり、オズワルドがここを訪れた時よりもこの短時間で星とディノの力が弱まっているという事なのではないか。

 ノアの言葉にリアンとオリバーとアーロはギョッとした顔をしてノア達を見つめてくる。

「そ、それはマズイんじゃないの?」
「マズイね。ローズとジャスミンのお告げでは次の満月に全てが始まるっぽいような事言ってたよね? でもそれまでにあちらは動くよ。その日から始まるのはオズワルドと戦士たちによる星の蹂躙だ」

 今まではオズワルドとヴァニタスが完全体になって攻めてくるのが満月からだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。星の話を聞く限り、アンソニー達はどこかに自分達の兵士を持っていて、その兵士たちも含めて一斉に動き出すのが満月の日ということなのだろう。

「それは……俺たちはどうしたらいいんすか!?」
「とりあえずあちらの兵士の数は見当もつかない。だから前の戦争の時みたいに戦うしか無いね。オズに関してはもう全くどうしたらいいか分からない」
「え、じゃあ成すすべ無しじゃん!」

 淡々というノアに思わずリアンが掴みかかると、ノアはにっこり微笑んだ。

「うん。だからそうなる前にアンソニーをとっ捕まえようか!」
「は?」
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