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第327話 勉強以外は得意なアリス

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「ねぇちょっと待って。話の腰折ってごめんね。アリス! あんた何でこんな計算分かんのに勉強出来なかった訳!? 意味分かんないんだけど!?」
「リアン様、お嬢様は何故か昔から勉強以外の計算は得意なのです」
「いや、これそんな次元じゃないんだけど!?」

 そう言って指さした先には訳の分からないダムの設計図だ。そんなリアンの肩をオリバーがポンと叩いた。そちらを見るとオリバーは無の顔で静かに頭を振っている。多分、気にするな、諦めろという事なのだろう。

 そんなオリバーを見てリアンは渋々頷いてノアに話の先を促す。

「このミスに気付いたクルスさんが修正したのが今オルゾにあるダムなんだよ。こんな感じでね、スルガさんは至る所のダムの設計図でミスをしてる。でもこれがもしミスじゃなかったら? これこそがスルガさんからのヒントだったとしたら? これにはクルスさんも多分不思議に思ってると思うんだよ。だって変な所で数字が変なんだから。そこへ僕たちが今回の事をクルスさんに話しに行って謎が解ける。もちろんクルスさんはこちらの意見に賛同する。あちらの王の地下は次々に壊されていく。こういうね、計画だったんじゃないかなって」
「スルガさん、思っていた以上に策士ですね」
「うん。でも大部分は多分ユアンの計画だよ。彼は恐らく凄く賢い」
「ユアンは学生の時から成績優秀だぞ」
「! アーロ! びっくりした!」

 突然聞こえてきた声に振り返ると、そこにはすっかり出撃準備が整ったアーロが何故かカゴを持って突っ立っていた。

「遅くなってすまない。これはリサからだ。アリスが真実を知ってしまった事を伝えたんだ。そうしたらせめて母親らしい事をしたいと言って泣きながらこれを焼いていた。食べてやってくれるか? アリス」
「! ……う、うん。が、頑張る……」

 差し出されたカゴを受け取って思わず泣きそうになったアリスだったが、カゴの中身を見てゴクリと息を呑んだ。そんなアリスの反応にノアとキリが隣からカゴを覗き込んで絶句する。

「アリス、胃腸薬用意しとこうか」
「これは……クリームパンですか? 何か中からドロドロした物があふれているのですが……」
「いや、クリームパンなどという器用な物をリサに作れる訳ないだろう。それは単なる表面だけ焼けたと見せかけている生焼けパンだ」
「そんな事丁寧に説明しなくていいよ! ちょっとあんた、食べるんならもっかい焼いてきな! 小麦の生は怖いよ!」
「そうっす。絶対止めといた方がいいと思うっす」
「でもママの愛情が詰まったパンだし……」

 ボソボソと言うアリスにリアンは立ち上がってアリスからカゴをむしり取っていく。

「愛情かもしんないけど生は駄目! あんたでも駄目! 愛情と生焼けは別物だよ! ハンナさ~ん!」
「あ! ママの生パン……」
「いや、自分で答え言っちゃってるじゃないっすか。それにリー君の言う通り愛情と生焼けは別問題なんで。パンはしっかり焼いてこそなんで。どうせなら美味しかったって伝えたいっしょ?」

 優しくオリバーが言うと、アリスは大人しく座り直して自分の手を見つめながらコクリと頷く。そんなアリスの両手にノアが手を重ねた。

「アリス、僕たちは兄妹で夫婦だよね。変な関係だと思わない?」
「……思う」
「だよね。母さんも一緒。友達でお母さんなだけだよ。だからそんな顔しないで」

 すぐにはきっと飲み込めないだろうけれど、ゆっくりとでいいからいつかのリアンのように母親の存在を認められればいい。

 ノアの言葉にアリスは顔を上げて少しだけ笑って頷く。

「うん、いい子。ちゃんと焼けたら皆で食べようね」
「うん!」
「先に言っておくが、しっかり焼いたとて味の保証はしないぞ? 何せリサもまた取り乱していた。泣きながらパンをこねていたので、中に何が入っているかは俺にも分からない」
「……兄さま、やっぱり胃腸薬は用意しといて」
「……うん、そうだね」

 そこへハンナに生焼けパンを渡してきたリアンが戻ってきたところで話は再開した。それまで居なかったアーロに一連の説明をすると、アーロは腕を組んで頷く。

「なるほど。どちらの計画かは分からないが、性格的にユアンだろうな。あいつはこういう小賢しいヒントを今思えば学生の頃から出していたしな」

 あの金のピンのピアスがいい例だ。あれをとてつもなく大事な物だと言いふらし、処刑の場で後々アーロにあれが無かった事に気付かせた。

「どちらの計画でもいいんだよ。ユアンもスルガさんも自分たちの命を投げ出す覚悟をしてる。でもそれに皆を巻き込みたいとは思ってない。だからこうやって色んな所にヒントを仕掛けてるんだろうね。だから僕たちはそれをちゃんと受け取らないと」

 何せ全ての計画を知っている二人がわざわざこちらに知らせてくれているのだ。これもきっと、彼らにとっては大きな賭けだったに違いない。

「兄さま、一つ間違えてるよ」
「うん?」
「私はスルガさんもパパの命も助けるよ! 絶対に!」
「はは! うん、そうだね」

 どんな時でもアリスはアリス。不意にライラの言葉を思い出してノアは笑ってアリスの頭を撫でた。

「それじゃあ決まりだね! パン食べたらクルスさんとこ行こ」

 ノアが言うと、仲間たちは全員頷いた。
 
 
 
 城に戻ったルイスとキャロラインは、一番にモルガナとエミリーが消えた事を聞いた。

 けれどそれは予めノアから聞いていたので驚きもしなかった。あちらがそうするだろうと踏んでノアとカインが牢の警備をわざと薄くしていたという事もその時に知った。そこをついてあっさりとモルガナ達は連れ出されたが、その時の映像が看守が持っていたレインボー隊にしっかり記録されていた。

「どう見てもカール……だな」
「ええ。こうやって見るとモルガナは本当にカールを愛していたのね……少し……可哀想だわ」

 助けに来たカールに縋り付くように涙を流しているモルガナを見てキャロラインはポツリと言う。

「……ああ」

 暗い顔をしてレインボー隊の残した映像を見ていたルイスとキャロラインに、ルーイとユーゴが冷たく言った。

「王、王妃、ノアの言葉を思い出してください、今すぐに」
「そうだよぉ。もっと良くこの宝珠見てぇ。このモルガナの目は殺意だよぉ。モルガナはカール達が自分を裏切っていた事に気づいてる。だからほら、ここ! 誓いを破るサイン出してるぅ! 腐っても教会の人って感じだねぇ、こんな時に律儀にさぁ。ていうかぁ、最後カールがモルガナに咲かなかったかって言ってるんだけどぉ……どういう意味だろぉ」

 助け出したモルガナを片腕で抱いたカールは、唇を読む限りモルガナに何か意味の分からない事を言っている。

「え!? これは愛の言葉ではないのか!?」
「ち、誓いを破るサイン……ほ、ほんとだわ。私ったらまたすっかり騙されそうに……」

 ユーゴが指し示した部分をゆっくり再生してもらってルイスとキャロラインは息を呑んだ。そこに映し出されているのは、愛の言葉を囁きながら後ろ手に誓いを破るサインをしているモルガナの骨ばった指が見える。

 そんなモルガナのサインに気づいてキャロラインは慌てて祈りのポーズをすると、青ざめたまま言った。

「ノアとカインはもしかしてモルガナの気持ちに気づいていて牢の警備を緩めたのかしら?」
「多分、そうなんだろうな」

 あの二人が一体どこまで読んでいたかは分からないが、何の意味もなくこのタイミングでモルガナ達を開放するとは思えないし、絵美里の方は既にノアが対処済みだ。
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