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第345話 あの人の名台詞

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 一仕事終えた仲間たちは一旦キースの屋敷に戻ってキリとアーロと合流し、メリー・アンとアーバンに地下で何があったのかを聞くことにした。

「さて、さっぱりした?」

 ノアの問にメリー・アンはさっきとは打って変わってさっぱりした笑顔で頷く。

「はい! 何から何までありがとうございました」
「ありがとうございました」

 メリー・アンとアーバンはキースに風呂を借りてお茶を飲み、ようやく一息ついた。

「急かしてごめんね。すぐに次に向かわなきゃならないんだ。手短に何があったのか説明してくれると助かるんだけどその前に……『あれは俺のっすよ。』」
 ノアが言うと、二人は顔を見合わせて得意げに言った。
「『二度と手出しはさせない』!」
「正解。本物だね」
「うん」

 二人の答えを聞いてノアとリアンが真顔で言うと、そんな二人を見てオリバーが慌てて割って入ってきた。

「いやちょっと!? 何で俺のセリフ使うんすか!? てか聞こうと思ってたんすけど、何でライラはあの時の言葉知ってたんすか!?」
「モブさん、全世界の至る所に妖精は居るものです」
「それがオリバーの名セリフか。いいじゃないか」

 実を言うと恥ずかしくてまだ『アリス・バセットの受難』を読めていないアーロが感心したように頷くと、そんなアーロをオリバーが涙目で睨んでくる。

「あんたはいいっすよ! あれが帯になるって聞いた時、俺本当にほんっとうに……もう嫌だ! もう俺は喋らない!」

 両手で顔を覆って耳まで赤くしたオリバーの肩をアーロが慰めるように叩く。

「筋肉は裏切らない、よりは格好いいと思うが」
「そうそう。それにモブ、たとえあんたが喋らなくてもライラは捏造するよ。そう、変態の名台詞みたいに」
「ははは。あれにはビックリしたよね」

 ノアの名台詞が特に無いということでライラはちゃっかり捏造した。それを踏まえると迂闊に言わないに越した事はないが、下手に喋らないのも危険である。

 そんな裏話をそれまでじっと聞いていたアーバンとメリー・アンは目を丸くして身を乗り出し、ノアに詰め寄ってきた。

「い、言ってないんですか!?」
「裏ぎり者には死を! 大好きなのに!」

 二人に詰め寄られたノアは苦笑いを浮かべて引く。

「え、何かごめん。でも僕はあんまりああいう事は言わないよ」
「そうだよ、二人とも。よく覚えときな。本物のノアは本のノアよりもっとずっと魔王で悪魔だよ。ほんっとうに舐めてたら痛い目見るから! ニコッて笑った時ほどヤバいから!」
「リー君、お口縫おうか?」
「……」

 ニコッと笑ったノアを見てリアンは無言で首を振った。

 そんなリアンを見てメリー・アンとアーバンは何かを悟る。やはりいくらノンフィクションと書いていても、多少のフィクションは混ざっているのだな、と。

「さて。それじゃあ何があったのか聞かせてくれる? 水が流れ込んだ時、他には誰がいたの?」
「はい。私たちの居た部屋には私たち親子と見張りの兵士が2人です。一週間ほど前までは私たちはそれぞれ地下を自由に移動できていたのですが、一週間前ぐらいから一つの部屋で軟禁されていました」
「なるほど。親子三人って事はさっきまでスルガさんも一緒だったんだ?」
「そうです。主人もずっと一緒でしたが、浸水が始まった事を伝えに来たユアンと主人は別室で何かを話し合い、私たちだけ外に出るように、と伝えてきたんです」
「スルガさんは自ら地下に残る、と?」
「はい。元々そういう計画だったようで、あの人はアーバンに先程お見せした地図をこっそりと渡し、水が足まで浸かったぐらいで私たちを部屋から逃しました」

 あれから何が起こったのかはよく分からない。気がつけば膝のあたりまで水が浸水していて、メリー・アンはアーバンを抱きかかえて必死になって地図を頼りに地下を逃げ惑った。

 メリー・アンがそこまで言ってお茶を飲むと、その言葉を引き継ぐように今度はアーバンが身を乗り出す。

「兵士たちは僕たちを置いてさっさと逃げちゃって、気づいたら地下には僕と母さんしか居なかった。でも僕たちには父さんがくれた地図がある。水をかき分けながらどうにか僕たちは地図のこの部分に辿り着いたんだ。そうしたら……そこは既に岩が崩れて通れなくなってて……」
「……それで、どうしたの?」

 神妙な顔で言うノアにアーバンは何故か拳を握りしめて顔を真っ赤にして興奮したように叫んだ。

「それがね! 岩の前で僕たちが困ってたら、何かが手に当たったんだ!」
「手に?」
「うん! ブヨッとした透明の何かが! 僕が驚いて手をよく見たら、うっすらだけどそこに何かがいるのが分かった。だから僕は聞いたんだ。この先に行きたいんだって。そうしたら透明のブヨブヨが突然小さな剣を取り出してね! それを岩のあちこちに突き刺しだしたんだ! そうしたら!」

 さらに興奮した様子のアーバンをメリー・アンが苦笑いして宥めてくるが、あの時のことはアーバンは絶対に一生忘れられない。

「岩がアリスが殴った時みたいに砕け散ったんだよ! それで僕たちはあの洞穴に出る事ができたんだ!」
「ネイビー……だね」
「ええ、恐らく。そうでしたか。ネイビーは相変わらず勇敢ですね」

 鼻息を荒くしたアーバンにお茶のおかわりを淹れながらキリが言うと、アーバンとメリー・アンは二人して不思議そうに首を傾げてくる。

「ネイビーって言ってね、レインボー隊の一人なんだ。今は彼は特殊な任務を遂行してるんだけど、きっとその途中で君たちを見つけたんだろうね」
「ネイビー……でも透明だったよ?」
「うん。敵に気づかれないようにしなくちゃいけなかったから、今は無色透明になってるんだ。でもそっか、剣は透明にはならなかったんだね」
「でもそれまでは剣も見えなかったんでしょ? どうやってたんだろ」

 リアンの問にノアもキリも首を傾げたが、ポツリとアーロが言った。

「あれはほぼスライムだろう? だったら体内に仕舞っていたんじゃないのか」
「え!? あいつらそんな事まで出来るんすか!?」
「出来るぞ。うちのインディゴはいつも体内に調味料を入れてくれている」
「な、なんで調味料なんか持ち歩いてんの? あんたんとこのレインボー隊」
「うん? リサが時々料理を突発的に作り出す事があるんだ。放っておくとすぐにでも昇天しそうな料理が出来上がるから、そういう時にすぐさまリサに気づかれないように味を整えてやる必要がある。おかげでインディゴの料理の腕はプロ並みだぞ」
「……ねぇ、本当にリズさん私のママなの?」

 料理だけは完璧のアリスだが、そこらへんはエリザベスとは全く似ていないようだ。

「そうだな。料理はユアンの方が得意だったな。学生時代、あいつが授業でふざけて作ったパンケーキを食べた事があるが、それはそれは美味かったのを覚えている。だからそこらへんはユアンに似たんじゃないか? あと絵の下手さだな。だが、間違いなくお前の破天荒さはリサ譲りだぞ」

 それを聞いてアリスが嬉しそうな泣きそうな、何ともいえない顔をして微笑む。

「そっか……そっかぁ」

 本当の両親がエリザベスとユアンだと聞いてから、アリスの心には何だかずっとモヤモヤとした物が覆っていた。ノアにお得だねと言われても、仲間たちがいくらアリスはアリスだと言ってくれても、それでもどうにもならないモヤモヤがあった。

 けれど何だか今のアーロの発言を聞いて不思議なことに、自分がそれをどこかで嬉しいと思っている事に気付いたアリスは俯いて小さく微笑む。
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