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第344話 華麗な救出劇

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 アリスは片手でアーバンの頭を守りながら、もう片方の手を振りかぶってそのまま天井の岩を思い切り殴りつけた。その途端、固い岩が砕けてバラバラとアリス達に向かって落ちてくる。天井に少しだけ余裕が出来た。アリスはペグを抜いて壁をよじ登り、またペグを固定する。そしてまた天井を殴りつけては少し上りを何度も何度も繰り返した。

「……これが……本物のアリス……」

 アリスの背中からその光景を見ていた女性が唖然として言うと、それまで黙って作業を繰り返していたアリスがぽつりと言った。

「ねぇ、もしかしてメリー・アンさん?」
「え!? は、はい!」
「やっぱね! 今度は本物だよね?」
「今度は……ああ、ユアン達……ですか?」
「うん。全然似てなかったね! やっぱ本物のアンさんはアーバンとそっくり!」

 アリスはニカッと笑ってまた拳を天井に思い切りぶつける。メリー・アンはアーバンととてもよく似ていた。鼻の上の細かいそばかすも、髪の色も。アメリアが化けていたメリー・アンとは大違いである。

「そ、そうでしょうか」
「うん! もうちょっとだよ! スピード上げるからもっと大きな石が降ってくるかも。気をつけて」
「え!? こ、これ以上スピード上げるんですか!?」
「うん! でないと水に追いつかれちゃうからね!」

 アリスはそう言って自分の頭巾をアーバンに被せると、とうとう両手を使って岩を砕き出した。きっとリミッターを外せばもっと簡単に砕けるのだろうが、それをすると今度はメリー・アンとアーバンが危ない。

 砕いて落ちてきた岩をさらに砕きながら掘り進めていると、背中のメリー・アンが天井を指さして叫んだ。

「光が!」
「うん! じゃ、ラストスパートだ! いっくぞ~!」

 メリー・アンの言う通り、ようやく天井から光が差し込んできた。それを見てアリスはさらにスピードを上げ、最後の一撃を思い切り岩にぶつけた瞬間、天井を塞いでいた岩が外に向かって弾け飛ぶ。

「ひゃっは~!」

 思わず雄叫びを上げたアリスの声に驚いたのか、胸元でアーバンがごそごそと身動きし始めた。

「……まぶし……かあ……さん……? え? ……アリス……?」
「アーバン!? アーバン!」

 アーバンの声が聞こえた途端、メリー・アンの脳裏に今までの事が走馬灯のように蘇る。

 出られたのだ。ようやくあの暗く狭く息苦しい地下から太陽の元にアーバンと共に出られたのだ。そう気付いた瞬間、両目から涙がこぼれ落ちた。

「アーバンおはよ! お外だよ! アンさんもしっかり背負ってきたからもう大丈夫! 頑張ったね!」

 最後のペグを踏みつけて地上に這い出したアリスは、そう言ってアーバンとメリー・アンの紐を切って大きく伸びをして空気を胸一杯吸い込む。

「かあ……さん」
「アーバン!」

 アリスから離れた二人はその場でしばらく互いの顔を見て放心していたけれど、同じタイミングでハッとして強く抱きしめ合い、お互いの存在を確かめる。

「出られた! 母さん! 僕たち外に出られたんだ!」
「ええ! ええ……出られた……でもあの人が……」

 メリー・アンはそう言って視線を伏せた。アルファ(スルガ)だけはまだ地下に居る。

 大量の水が地下に流れ込んできたと連絡があってから、アルファ(スルガ)だけが部屋から連れ出されメリー・アンとアーバンと数人の兵士たちだけが部屋に取り残されたのだ。

 震えるのを堪えるメリー・アンの手を、アーバンの小さな手が覆う。

「大丈夫。英雄たちを信じろ。父さんはそう言ってた。信じてたら外に出られた。父さんもきっと絶対に外に出てくる。そうだよね? アリス」

 期待を込めてアリスを見上げると、アリスはニカッと笑って親指を立てる。

「もちだよ! スルガさんも英雄の一人だからね! 二人はスルガさんを信じてて! 二人とも! 筋肉は!?」
「「裏切らない!」」
「良し!」

 そう言って三人は顔を見合わせて笑った。

 その後アリスが大きな岩をどこからともなく持ってきて今しがた這い出てきた穴を塞ぎ終えた所に、ノアがやってきた。
 

 崖の上から何かが砕けるような音がして嫌な予感がしたノアは、すぐさまリアンとオリバーにその場を任せて崖の上に向かった。

 するとそこには大きな岩を抱えたアリスと見覚えのある少年、そして少年によく似た女性が岩を持ち上げるアリスを見て手を叩いて喜んでいるのが見えた。

「こういう嫌な勘って絶対当たるんだよね。やっぱりアリスだったんだ……って、アー……バン?」
「ノア!」
「ノア様!?」
「二人ともどうしてここに! アリス、説明して」

 ノアはくるりとアリスに向き直ると、アリスはすかさずテヘペロをして1から説明してくれた。

「……泳いでくれば早くなかった?」
「だって息続くか分かんなかったんだもん! それなら掘削した方が早いかなって!」
「……いや、普通の人は掘削には行き着かないよ。それよりも三人とも怪我はない? スルガさんは?」

 ノアが言うと、アーバンもメリー・アンも視線を伏せて首を振った。それを見てノアが何かを察したように頷くと、アーバンを抱き上げる。

「見た感じ大丈夫そうだけど、アリスはアンさんを連れてってあげて。二人ともごめんね、こんなやり方して」

 アーバンとメリー・アンがまだ地下に居る事はノアも分かっていた。だからもしかしたらこうなる事があるかもしれないという事も十分に理解していたのだ。

 それでもこの作戦を実行したのは、心のどこかで命を天秤にかけてしまっていたのだろう。

 視線を伏せたノアを見てアーバンが腕の中でニカッと笑ってノアの腕を叩いた。

「父さんがね、水が流れ込んでくる前に僕たちと同じ部屋に居たんだけど、その報告が入った途端、嬉しそうに笑ったんだ。それからこんな地図をくれた」

 そう言ってアーバンはポケットの中から既にボロボロになってしまった地図を開いてノアに見せてくれた。それは洞穴の中の地図のようで、地図の隅にはクルスのサインが入っている。

 どうやらそれはダムを作る時に周辺を調査した際に書かれた地図のようで、これをスルガが持っていたらしい。やはりスルガもまたこうなる事が分かっていたのだろう。

 アーバンの言葉を引き継ぐようにメリー・アンが優しく微笑む。

「あの人はあなた達をずっと信じていました。彼らならきっと気づいてくれる、助けてくれるから、って」
「……そう。ありがとう二人とも。アリスも、二人を助けてくれてありがとう」

 もしもこの二人に何かあったら、きっと一生引きずる後悔を抱えたに違いない。それも覚悟で今回の計画を立てたが、ノアは小さなアーバンの体を強く抱きしめると、心の底からホッとしていた。

 ノアの心を正しく汲んだのかどうかは分からないが、俯いたノアにアリスがいつもように言う。

「うん! 昔っから兄さまが取りこぼしたのを拾うのは私の役目だもん! だから兄さまはこれまで通りエグい作戦立てていいよ! 私たちは二人で一人なのだ!」
「……アリス……うん、そうだね。ありがとう」

 アリスの言葉が何だかいつも以上にストレートに胸に染み込んできて泣きそうになってしまった。そんなノアの腕をアーバンが優しく撫でてくれる。

 何故か三人に慰められつつ崖を降りると、そこには既に流れ着いた兵士達全員を縛り上げたリアンとオリバーが待っていた。

 兵士たちはその後、意識を失ったまま待機していた牢馬車に詰め込まれて王都に向かって出発した。
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