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第343話 アリスのイルカショー

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 ノアが草むらに向かって叫ぶと、鉱夫達が持っていた武器を構えて返事をしてくれる。皆、戦う気満々だ。

「こちらは大丈夫です、ノア様。行ってください」
「うん、よろしく。さ~て、誰が出てくるかなぁ~?」

 嬉々としながらノアが言うと、そんなノアの袖をアリスが掴んだ。どうやらリアンがさっさと妖精手帳を使ったらしい。


「おい! また流れてきたぞ! すぐに引き上げろ!」

 ポワソンの海に到着すると、そこには無数の人魚やイルカなどが大きな網の中を泳ぎ回っている。

 海の中の事は海のプロフェッショナルに任せる! とスニークは言っていたが、あれはどうやらこういう事だったようだ。

 ノアが感心した様子で海を眺めていると、何やら隣でアリスがゴソゴソしだした。

「ん? アリス何して――うわぁぁ! アリス! こら! 待ちなさい! アリス~~~!」
「そいやっ!」

 アリスはしばらくじっと海を見ていたが、何かに気づいてその場でノアが止める間もなくドレスを脱ぎ捨てて海に飛び込み、近くを泳いでいたイルカの背びれに無理やり掴まってぽっかり穴の開いた岸壁に行くよう指示を出す。

 最速で! とお願いしたらイルカは短く返事をしてアリスを背中に乗せたまま物凄い勢いで泳ぎだした。

 イルカのスピードは凄まじく、あっという間に岸壁に辿り着いたアリスは轟々と流れてくる水を物ともせずにそのまま岩にしがみつき、どんどん奥に突き進んでいく。 

 そんな様子を浜辺から眺めていたノア達は――。

「……うわぁ……海のトリトンみたい……」
「誰っすか」
「あっちの昔のアニメ。良かった……一応下着を水着仕様にしておいて」
「……飛び込ませる気満々じゃないっすか」
「海の近くだよ? アリスだよ? 何も無くたっていつ泳ぎだすか分かんないでしょ」
「ちょっと! あんた達も手伝ってよ!」

 リアンは呑気に浜辺でそんな事を話しているノアとオリバーを怒鳴りつけた。

「ごめんごめん」

 言いながらノアとオリバーは次々流されてくる男たちを引き上げてくる人魚達にお礼を言って、端から縛り上げていく。

 アリスは一体どこまで入って行ってしまったのか。待てど暮せど戻ってこず、その間にも次から次へと兵士らしい男たちが流されてきていた。流れ着いてきた兵士はすっかり意識を失っていて、生きてはいるがあちこち怪我をしている。

「ちょっとノア、アリス見に行った方がいいんじゃないっすか?」
「う~ん……僕が行くほうが足手まといになるんじゃないかなぁ」

 こういう時のアリスはいつも以上に物凄い力を発揮する。それを良く知っているノアは流されて縛り上げられた男たちを浜辺に並べて行くと、一人一人の服を弄っていく。

「持ってるのはピストルだけか。後は……国籍はバラバラだね。アンソニー達に感化されたのか」

 そう言ってノアは深い溜息を落とす。この男たちは皆、今の世界の現状が嫌だった人達だ。そう考えるとやはり全ての人を満足させる世界は難しい。

「はぁ、嫌になるね。妖精王を心から尊敬するよ」
「なに、急に」
「全ての人が満足する世界なんて、やっぱり無理だなって思っただけ」
「そりゃそうでしょ。アリスに言わせりゃそれが個性なんでしょ?」
「まぁね、そうなんだけどね。で、そのアリスさんは今――完っ全に見えませんね」

 ノアは視線を岸壁の穴に向けたがそこには一切の人影も無い。ただ大量の水が溢れてくるだけだ。あんな所によく入っていこうとするな、などとノアが考えていると、何故か崖の上から岩が砕け散るような轟音が聞こえてきた。何となく嫌な予感がしつつ浜辺組の三人は顔を見合わせて、決して崖の上を見ずに乾いた笑いを零す。

「いやいや、まさかまさか。水圧で洞穴に縦穴開いたのかな?」
「それこそどんな水圧? それにそのまさかを起こすのがあいつだよ?」
「俺、あんま見たくないんすけど、崖っぷちで高笑いとかしてないっすよね?」

 三人は恐る恐る崖の上を見てゴクリと息を呑んだ。何やら見覚えのある水色の防災スライム帽がチラリと見えたからだ。
 
 
 アリスはイルカにお礼を言うと、ある程度進んだ所でポシェットから取り出した滑り止めが付いた手袋とスパイクがついた靴下を装着して、勢いよく水が出てくる洞穴の出来るだけ天井付近の岩に捕まりロッククライミングの要領でどんどん奥に入っていった。洞穴の中は既に三分の二程が水に浸かっている状態だ。

 浜辺に辿り着いた時にアリスが一番に気付いたのは微かに聞こえた少年の声だった。その声が聞こえた方角に向かって流れてくる水に逆らい奥に進み続けると、前方に僅かだが張り出した場所を見つけた。

 よく見るとそこには1人の人間が必死になって岩にしがみついているのが見える。女性だ。女性は腰まで水に浸かりながらも、何かを守るように震える手で岩にしがみつき、ただ水が引くのを待っているように見えた。

 アリスは急いで手足を名一杯伸ばして女性の所まで辿り着くと、いつものようにニカッと笑って言う。

「アリスが助けに来たからもう大丈夫だゾ!」

 そう言った途端、女性がギョッとしてこちらを見上げ息を呑んだ。そして次の瞬間には安心したようような泣きそうな顔をしながら少しだけ体をズラして自分の胸元に視線を落とす。

 それにつられるようにアリスが視線を落とすと、そこにはぐったりとして意識を失ったアーバンがいるではないか!

「アーバン!」

 アリスが慌てて女性の元からアーバンを引っ張り出すと、器用に自分のお腹にアーバンをきつく縛り付けた。

 それを見た女性はようやくホッとしたように微笑む。それと同時に女性の全身から力が抜けて行くのが分かったアリスは、慌てて今度は女性を片手で抱き寄せる。

 そんなアリスを拒否するように女性は首を振って掠れた声で言う。

「私は……いい……から、この子を……どうか……」
「私はアリスだよ! どっちも助けるに決まってる! お姉さん、私のポシェットから水色の袋と紐を取って! 早く!」

 女性が最後まで言い終えない内にアリスは自分のポシェットに視線を落として女性に早口でまくし立てた。

 女性はあまりのアリスの剣幕に驚いて頷くと、アリスに抱きかかえられたままポシェットの中から言われた通り水色の袋と紐を取り出す。

「その紐でお姉さん、私の背中に自分を括り付けて! 痛いぐらいしっかり括ってね! それが終わったら水色の袋を水につけて頭に被って。ついでに私の頭にも被せて!」
「は、はい」

 何が何だかよく分からないが女性はアリスに言われるがままアリスと自分を縛ると、水色の袋を水に入れた。それはとても不思議な弾力で、水に入れるとみるみる間に膨らんであっという間にスライムのようになる。

「早くかぶる! 紐ついてるでしょ!? それを首の下でくくって! 頭は絶対に守って! そしたら私にしがみつく!」
「は、はい!」

 これから一体何をするつもりなのか、アリスの言う通り水色のスライムを被った女性は、アリスにも被せてギュッとしがみついた。

「よし! それじゃあいっくぞ~! しっかり掴まっててね~!」

 女性がアリスにしがみついてきたのを確認したアリスは、洞穴の出っ張りに思い切り足を踏み降ろし、靴下の裏のスパイクを出っ張りに深く突き刺した。続いて壁にペグを刺し、そこに自分の体をしっかりと固定させる。

 クルス達が立てた計画ではこの後、さらに水の勢いは増すはずだ。それまでにこの洞穴から出なければ、アリスでさえ水死してしまう恐れがある。
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