上 下
369 / 746

第367話 番外編 アスピレーション2

しおりを挟む
「ああ。とは言えこれは本体では無いのだが」
「どういう事?」
「本体はこの星が一度リセットされた時に核の中に封じ込められたのだ。ヴァニタスと共に」
「ヴァニタス? ちょ、ちょっと待って! 全然分からないんだけど!」

 ディノの言わんとしている事がさっぱり理解出来なかったアンソニーとニコラが言うと、ディノとイノセンスは互いの顔を見合わせて笑い合い、星の秘密を話してくれた。

 全ての話を聞き終えた時、アンソニーの中で一つの考えが浮かんだ。 
 

 それからディノ達と別れて研究室に戻り、それをニコラに伝えるとニコラはもちろん首を縦には振らなかった。

「駄目だよ! そんな事をしたらこの星が危ない! 兄さんもさっきの話しを聞いてたでしょ!?」
「聞いてたさ。だからこそヴァニタスを使おうと思ったんだ。ニコラ、最初に父さんを地球に戻してやりたいと言ったのはお前だよ。その気持をもう忘れてしまったのか?」
「わ、忘れてなんか! でも……そのせいで犠牲が出るのは……」
「犠牲はつきものだ。父さんだって核爆弾という物で吹き飛ばされたんだ。ということは、その代わりにきっと多くの命が亡くなってる。父さんはその生命のエネルギーを使ってこっちにやってきたんだよ」
「誰かの……死と引き換えにって……そういう事?」
「そう。それも一人や二人じゃない。きっと、何千もの命と引き換えにだ」

 幼い頃に父から聞いた核爆弾の話を、アンソニーは今もしっかりと覚えている。父はその爆弾に巻き込まれたので威力までは分らなかったようだが、噂に聞いていた核爆弾の威力は凄まじいものだったと言っていたのだ。

「だからってそんな……イノセンスをどうこうしたってどうにもならないよ!」
「イノセンスをどうにかするんじゃない。ヴァニタスを起こすんだよ。その為にはもっと研究しないと」
「ちょ、兄さん!」

 アンソニーはニコラの反対を押し切ってそれからさらに地球への研究を深めていった。

 地球の場所から始まり、父が住んでいた場所、そして核が落とされた場所を特定し、そこへ繋がる為には何が必要なのか、それをずっと研究していた。
 

 さらに数年が過ぎた頃、二人はある事に気づいた。

「……やっぱりだ。兄さん、やっぱりあのディノの庭に入ってから僕たちはあまり歳を取らなくなってる!」
「ああ、そのようだね。困ったな……これじゃあすぐに怪しまれてしまう」

 周りの人間は順調に歳を追うのに何故かアンソニーとニコラだけが皆と同じように歳を取らない。これははっきり言ってとても困る。

 アンソニーもニコラもディノの庭の話をもちろん両親には話した。

 けれど二人はその庭には行きたいとは言わず、ただ困ったように微笑んだだけだった。

 そんな二人を見てアンソニーは考えを改めた。どうして両親はあんな顔をしたのか、それは偏にそれが自然に反する行為だからだ。

「ニコラ、ディノ達の事は伝説と言うことにしてしまおう」
「え!?」
「もしもディノの地下で歳を取りにくい場所があるだなんて事が知れたら、絶対に悪用される。ディノの地下への入り口を全て……塞ごう」
「で、でもそれは……」
「もちろん妖精王の加護が無い人たちには今まで通り地下に下りられるようにするけど、それ以外の人達は地下への入り口を見つけられないようにした方がいい」
「それはそうかもしれない。行こう、兄さん」

 アンソニーの言葉にニコラも強く頷いた。悲しいけれど、世の中には父のように良い人間ばかりではない。この秘密を知ってしまったら、きっとよからぬ事をたくらむ人間が出てくる。

 しばらくしてディノはアンソニーとニコラからの忠告を受けて渋々地下への通路を閉じた。

 この頃はディノの力もかなり弱まっていたので、もしかしたら丁度良かったのかもしれない。

「ディノ、大丈夫かな。随分辛そうだった」
「ああ……どれだけ言ってもあいつらは鉱山から金を持ち去るんだ。ディノもディノで金を生み出すのを止めない。どうすればいいんだ」

 いくら言ってもディノはアンソニーとニコラの忠告を奇行とはしなかった。どれほど自分の力が弱っても、次から次へと金を生み出す。

 新たな不安を抱えたまま月日が流れ、とうとうその日はやってきた。

 
 アンソニーは、この日の事をきっと一生忘れない。
 八重子と出会った日の事は、決して。


 ニコラがアンソニーの執務室に飛び込んできたのは、父の体調が思わしくなくて田舎に引っ越した頃だった。

「爆発!? 大丈夫か? 怪我はなかったのか!?」
「う、うん。僕は大丈夫。でも……」

 そう言ってニコラは視線を伏せて、指をもじもじとこすり合わせた。

「でも、なんだ?」
「その……もう一人……来ちゃった……かも」
「……は?」

 一瞬ニコラが何を言っているのか意味が分からなくてアンソニーはきょとんとしたが、ジワジワとニコラの言ったことを理解して、気づいた時にはニコラの肩を強く握っていた。

「う、嘘だろ!? どうしてそんなホイホイやってこれるんだ!」
「分からないよ! それより怪我が酷いんだ……兄さん、何とかしてやれないかな?」
「何とかって言ったって……どれほどの程度の怪我なんだ? 僕の白魔法でどうにかなりそうか?」
「分からない。とにかく苦しそうで見てられないんだ」

 ニコラはそう言ってやってきた人物を思い浮かべて涙を浮かべた。

 その人の全身はひどい火傷であちこち焼けただれていた。特に酷かったのは顔だ。年齢はおろか、性別すらも分からないほどの火傷にニコラはとうとう涙を零す。

 涙を零したニコラを見てアンソニーはゴクリと息を呑み、すぐさま地下に降りた。

 ベッドで横たわって呻きもがき苦しむ人物を見て、アンソニーはようやく事の重大さに気づく。

「これは……僕の魔法では多分、手には負えない」
「ディノにも力を貸してもらえるよう頼んでくる!」
「ああ……」

 最初は簡単に星を壊して父を地球に運べばいいと考えていたが、そんな事をしたらこんな犠牲者が増えるだけだとこの時ようやく気づいた。

 アンソニーは性別も年齢も分からない人物に手を翳して詠唱した。母親譲りの白魔法は、加護を持たない父のせいで地下でしか使えない。

 全神経を指先に集中して苦しむ人物の足先から丹念に魔力を送り込むが、膝上まできた辺りでアンソニーの魔力が尽きてしまった。

「こんな大やけどを治せるのは、ルーデリアの大魔道士、シャルル・フォルスターぐらいだろうな……」

 あの島国は昔から優秀な魔道士が生まれる。その中でもルーデリアの大魔道士、シャルル・フォルスターは稀代の天才と言われるほどの魔力の持ち主だった。ほぼ全ての魔法を扱うとまで言われており、彼の偉業は海を超えて今やメイリングにまで伝わっている。

 アンソニーは翳していた手を下ろし、せめてもの慰めになるようその人物の手をそっと握ると、その人物は思いの外アンソニーの手を強く握り返してきたのだ。

 よく見ると何かを話そうとしているようで、さっきからしきりに口がパクパクと動いているのだが、どうやら喉の痛みが酷いようで声をだす事が出来ないようだ。

「辛いな、もう少しの辛抱だ。きっとディノが力を貸してくれる」

 届くかそうかは分からないがアンソニーが声をかけると、その人物は少しだけ微笑んだ。そして口がまた動く。『ありがとう』と。

 それからすぐにニコラが小さく姿を変えたディノと共に部屋にやってきた。

「兄さん!」
「大丈夫だ、まだかろうじて息はある。ディノ、僕の魔力では足すら治療する事が出来なかった。すまないが――」

 アンソニーが最後まで言い切る前にディノは一歩ベッドに近づいて頷く。

「よく頑張ったな、アンソニー。後は任せろ」

 そう言ってディノが両手をその人物に翳して何か聞いたこともない詠唱を唱えた途端、その人は真っ白な光に包まれた。

「凄いやディノ! これは何の魔法!?」
「時を戻す魔法だ。こうしてやれば後遺症も何も残らないからな」
「時を……戻す魔法。あの庭の魔法と同じようなの?」
「少し違うな。あそこは時を戻してさらに止めてしまうのだ。だからお前たちの老化も随分ゆっくりになってしまった訳なんだが……」

 そう言ってディノはしょんぼりと項垂れた。そんなディノの肩を慰めるようにニコラが叩く。

「そんな顔しないでよ、ディノ! あ、ほら! 光が消えていく!」

 ニコラが指さすと、真っ白に輝いていた光が徐々に消えていった。そしてその光の中から現れたのは、真っ黒な髪に大きな瞳をした少女だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,614pt お気に入り:1,562

限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:1

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,462pt お気に入り:1,874

B型の、B型による、B型に困っている人の為の説明書

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:6

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,062pt お気に入り:4,073

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,036pt お気に入り:825

追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:3,603

処理中です...