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第368話 番外編 アスピレーション3

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 少女の名前は八重子と言った。ディノの魔法で時が戻り、最初はディノを見て驚き、それから何故かアンソニーとニコラを見て怯えていたが、八重子が辛かった間ずっと手を握っていたのがアンソニーだったと知ってから彼女は怯えなくなった。

 最初の数日間は彼女も混乱しているだろうと言うことで地下の案内やこの星の事を説明して周ったが、ひと月もすれば彼女はすっかりこちらの世界に順応していた。

「それではヤエは日本から来たのか!?」
「は、はい」
「そうか! こちらにはどうやってやってきたか分かる!?」

 日本からやってきたと聞いてアンソニーは思わず身を乗り出すと、八重子は辛そうに喉を抑えて何かを言い淀む。

「……どうした?」
「最初は光でした。何も見えなくなるぐらいの光……それから音……呼吸をしたらいけない。熱で喉が焼けるから。そう聞いてたけど……苦しくて……それで……」

 八重子はそこまで言って身体を強張らせた。よく見ると手が小刻みに震えている。それに気づいたアンソニーは咄嗟に八重子を抱きしめていた。

「もういい。悪い、僕が……僕が悪かった。それ以上は話さなくていいから」

 八重子はアンソニーの腕の中で震えながら静かに泣いていた。八重子はこんなにも小さな身体で、身の毛がよだつほどの壮絶な体験をしてきたのだ。

 それから八重子は少しずつだが自身の事をポツリポツリと語り始めた。年齢は17才。名前は本田八重子。長崎と言う場所に住んでいて、空襲というものから逃げる途中、一番下の妹を庇って被災したと言う。

「長崎か。広島という所ではないんだね」
「広島?」
「ああ。ヤエともう一人、僕は地球の日本から来た人物を知っている。その人は広島という所からやってきたらしい」
「広島は壊滅だって言ってたわ。私が被災するほんの3日前に原爆が落とされたの」
「原爆?」
「ええ。核爆弾という、それは恐ろしい爆弾だって言ってた。私の叔父は……それで亡くなったのよ」
「……そう」

 椅子に座って拳を握りしめた八重子の手の甲に涙が一粒こぼれ落ちる。震える小さな手をアンソニーはしっかりと握ってやった。

「ありがとう、アンソニーさん。あなたはとても優しい人なのね」
「別に優しくはない……。あと、アンソニーでいいよ。僕も君の断りも無しにヤエと呼んでる」

 何だか照れくさくて苦笑いを浮かべたアンソニーを見て、八重子も笑った。どことなく父に似た顔立ちに、何だか親近感が湧いてくる。

 と、その時だ。ふと八重子の視線が実験室の棚に縫い付けられるように止まった。

「どうかした?」
「あ、あの箱……寄せ木……細工?」
「ん? ああ、父が作ったのを真似てニコラが作ったんだ。中はニコラのお気に入りのネジやら釘やらまち針のピンが入っている」

 昔から少し変わっていたニコラは釘やネジやピンを集めるのが趣味だ。そんな物を誰も盗りやしないというのに、彼は自ら作った寄木細工にそれらを入れていた。

 そんな事とは知らない八重子の視線はまだ寄木細工に釘付けになっていた。

「何かあるの?」

 アンソニーが聞くと、八重子はありえないとでも言いたげにポツリと言う。

「私の叔父、広島で寄木細工の弟子を……していたの……」
「何だって!? その人の名前は!? 年齢は!?」

 八重子の一言にアンソニーは立ち上がって八重子の肩を強く掴んだ。すると八重子は驚いたように目を丸くして言う。

「二十歳よ。名前は宗吾。宗吾兄ちゃんよ」
「ソウゴ……そんな……まさか! 八重子、ちょっとここで待っていてくれる?」
「え、ええ」
「すぐに戻る!」

 突然のアンソニーの行動に驚いたように八重子はキョトンとして頷いた。アンソニーは部屋を飛び出してすぐに地上に居たニコラを呼びつけ、今度は二人で八重子の話を聞いた。そして――。

「絶対! 絶対に父さんだ!」
「ああ、僕もそう思う! ニコラ、すぐに父さんを呼び戻してくれ!」
「分かった!」

 そう言ってニコラは部屋を飛び出して行く。

「ヤエ、多分君の叔父は僕たちの父親だ!」
「え? で、でも宗吾兄ちゃんはまだ結婚も何も……」
「君の居た地球での時間とこちらでの時間はズレてしまっているみたいだね。父さんは今年で40なんだよ」
「え!? よ、40!?」
「ああ。僕とニコラはその息子。つまり君とは遠縁だね」

 何だかおかしくて思わず笑ったアンソニーを見て、八重子も小さく笑う。

「何だか……変な感じ。こんな所で自分の親戚に会うなんて!」
「全くだ! こんなおかしな話があるなんて!」

 久しぶりに笑った気がする。アンソニーはそんな事を考えながら、屈託なく笑う八重子を見ていた。
 
 
 
 劇場にまたブザーが鳴り響いた。のめり込んで見入っていたリアンがその音に驚いてビクリと身体を跳ねさせる。

『皆様、お疲れ様です。只今より15分の休憩時間を挟みます。お手洗いは扉を出て右手奥にございますので、そちらをご利用ください。なお、当劇場は全面禁煙となっております。お煙草を吸われる方は、一度劇場の外に出て――』

 その後も機械的なアナウンスが劇場の中に流れ続ける中、大きな伸びをしてノアが呟いた。

「はぁ~……退屈な映画。こんなのもっと上手くまとめられるだろうに」
「いや、あんたね! これ見てそんな事言うの絶対あんただけだからね!?」
「そっすよ。ところでこの八重子って人がアンソニーの奥さんって事なんすかね」
「そうだろうね。にしてもちょっとずつ見えてきたね、アンソニーという人の人となりが」

 この映画がどこまで真実なのかは分からないが、もしもこの映画が真実であればアンソニーは決して悪人ではない。では何故あれほど地球に固執するのだろうか。答えは一つだ。

「八重子は地球に帰ったのかな? この流れだと」
「そうなんだろうね……どうやって戻ったんだろう?」
「そこまでは分からないけど後半に続くんだろうね。ていうか、もう最後だけ見せてくれたらいいよ」

 ただでさえこれほど切羽詰まった状況だというのに、どうしてアンソニー王の恋愛活劇を見なければならないというのか。

「あんただけはほんとに……」
「信じられないっすね」

 もう一度大きな伸びをしたノアを見てリアンとオリバーが白い目を向ける。

 その時だ。どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきて皆、ハッとした。

『すみません、ノア様。もう少しだけお付き合いくださいませんか?』
「スルガ!?」
『ご無沙汰しています、リアン様、オリバーさん』
「あ、お久しぶりっす。てか! あんた今どこに居るんすか!?」
『核です。私はヴァニタスの最後の生贄ですから』
「戻って来ないつもり?」

 怒ったようにリアンが言うと、まるでこちらが見えているかのようにアルファが自嘲気味に笑った。

『今更戻れませんよ。それに、これはもうずっと昔に決まっていた事です。私の運命は私の先祖、ニコラからずっと受け継がれて来ているんです』
「でもそれはあんたの意思じゃないっしょ? それよりも先祖の意思の方が大事なんすか?」
『ええ。それにアンソニーがこんな事をしなくても、必ずこの時はやってきていた。誰かの手によって』
「それはどういう意味?」

 何だか不思議な言い回しをしたアルファに思わずノアが尋ねると、アルファは声を固くして言った。

『アンソニーとニコラはこの星の限界と寿命を知っています。一度リセットをされた星の寿命はさほど長くない。それを知ってしまった彼らは、だからこの計画を立てたのです。全ての命を救う為に』
「……え?」
「は?」
「意味、分かんないんすけど」
『後は本人に聞いてみてください。彼らはあなた達が計画通りに動いてくれた事を大層喜んでいます。きっと全てを話してくれると思いますよ。裏切り者達の事も全て』

 それだけ言ってアルファの音声は途絶えた。三人はその場に固まったまま互いの顔を凝視していて、いつの間にか映画の後半が始まっていた事にも気付かなかった。
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