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第392話 暗躍するスチュアート家

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「若いのかな、観測者は」

 ノアがポツリと言うと、キリは首を傾げた。何せ日本語で書かれているので全く読めなかったのだ。ノアはそんなキリに簡単に内容を説明しながら樹脂板をアリスに渡す。

「兄さま、これ一体なに頼んだの?」

 アリスは観測者からの返事を見て呆れたように言うと、ノアはニコッと笑って言う。

「観測者ってさ、今までの事を全部観測してるって言ってたでしょ? てことは、太古の妖精達の事も知ってると思うんだよね。だからいざという時はあなたの伝手を使わせてくださいってお願いしたんだよ。でもこんなの作れるぐらいだからもしかしたらもっと役に立ってくれるかもだね」
「……」
「……う、うん、ソウダネ」

 相変わらずなノアにアリスとキリは顔を見合わせて引きつった。そして樹脂板を仕舞って座り直したその時だ。部屋のドアを誰かがノックする。

「邪魔するぞ」
「アーロじゃん! 今までどこに居たの?」

 アリスが問うと、アーロは眉を顰めて低い声で言った。

「リサが危ないかもしれないとハリーから連絡があった。とりあえずノア(ジョー)と城に保護してもらったが、気をつけろ。スチュアート家が動き出しそうだ」
「そう、やっぱり動いたんだ。それで、バレンシア家はそれを知ってるの?」
「ああ。ハリーが従兄弟に探りを入れてきたらしい」
「従兄弟? 今度バレンシア家を継ぐっていう、あの従兄弟?」
「そうだ。あいつとは俺も未だに連絡を取っているからな」
「そうなんだ。廃嫡されたっていうからバレンシア家とは縁を切ったんだと思ってた」
「まぁ廃嫡されたのはされたが、それは俺が望んでの事だったからな。別に誰にも恨まれたりはしていないぞ」
「そ、そうなの!? だってアーロ裏切り者扱いされてたんじゃないの!?」

 アリスが驚いてアーロを見ると、アーロはキョトンとした顔をして首を振る。

「いや? 俺が廃嫡された理由は婚約を勝手に破棄したからだが?」
「へ? 裏切ったから……じゃないの?」
「違うぞ。まぁ確かに両親は良くは思ってないだろうが、前回の作戦の話は両親にもしてきているからな。何より俺の元婚約者はバレンシア家の分家の娘なんだ。その娘をバレンシア家に入れる為の婚約だった。だから従兄弟がその役を代わってくれたというのが正しいな。まぁあの二人は元々恋仲だったんだ。丁度いい」
「そ、そうだったんだ。それじゃあ初めから別に廃嫡までされなくても良かったんじゃ……?」

 アリスが不思議に思って首をかしげると、アーロは真顔で首を振った。

「そうはいかない。廃嫡されなければ家を出て医者の資格を取ったりコックに弟子入りをしたり、絵描きについて歩いたり漁師と共に海で漁をしたり傭兵として戦いに明け暮れたりする事など出来なかっただろう?」
「……え、それ全部母さまの為に?」
「ああ。他に誰が居るというんだ。バレンシア家に居たら嫌でもあのまま結婚させられた。リサが将来無事に保養地から戻ったら出来るだけ支えようと思っていた俺にとっては、家は足枷でしか無かった。だから婚約破棄をして廃嫡されるように仕向けたんだ。ついでにあちこちで女王の情報も仕入れながらな」
「……怖い」
「怖いですね」
「これは僕でもちょっと引くなぁ」

 アーロはさらりと言うが、一体どれほどの肩書を持っているのか。というよりも、何か苦手な事は無いのか。聞きたいが怖くて聞けない。何にしてもアーロがエリザベスにべた惚れで溺愛しているという事だけは改めてよく分かった。

「愛の為に家を捨てるとか尊い! とか思ってたけど……流石のカップリング厨も震えるよ……で! スチュアート家が母さまを狙ってるってどういう事?」
「ああ、ユアンをおびき出す為だろう。ユアンが唯一手を出したのはリサだ。スチュアート家はそれを餌にするつもりだ」
「絶対そんな事させないよ! ていうかスチュアート家はどこまで腐ってんの!?」
「骨の髄まで腐ってるぞ、あそこは。表には決して証拠を残していないだろうが、キャスパーと手を組んでルーデリアにオピリアを広めたのは間違いなくスチュアート家だ」
「だろうね。スチュアート家は地下のあの豪華な寝室にも通ってたみたいだし?」

 ノアが薄く笑って言うと、アーロとキリが眉をしかめた。

「あのノートはもう城に提出されてるはず。だからスチュアート家は動いたんでしょ。あれが世に出ると相当まずいだろうからね」
「ではもうなりふり構わないと言うことですか?」
「だと思うよ。アメリア一派はまだ全世界に居る。それを一度にどうにか出来ないものかな」

 ノアは腕を組んで考え込む。アメリア達を捕まえた所であの覆面達や工作員たちなどは恐らく腐るほど居るだろう。それらをどうにかして表に引っ張り出せないものだろうか。

「とりあえず戦いまでもう一週間を切ってる。それまでに僕たちはやれる事をやれるだけやろう」
「そうですね。どのみちもう出来る事も限られていますし。でもどうして今更ユアンを戻そうとしているのでしょうね? スチュアート家は」
「それは簡単だ。もう一度ユアンを当主に戻すためだ。そして全ての責任をユアンに押し付けて今度は本当に処分するつもりなのだろう」
「なるほど。てことは内通者からあのノートが議会に提出された事が漏れたのかな。だとしたらあの寝室を使っていたスチュアート家の面々はユアンの顔を使っていたのかもね。こんな時の為に」
「ああ。そしてそれをユアンも知っている。だからユアンは戦闘になったら手加減無しにこちらに襲いかかってくるぞ」
「なんで? もう全部バレちゃってるんだからこっちに来ればいいじゃん!」

 出来るならユアンとは戦いたくない。話したことも会った事もないが、それでも父親だ。

「それは無理だろう。家の為じゃなく、自分の為にあいつは死ぬつもりだ」
「……しょうもないね。何でそんなに死にたがるの?」

 そんな事が理由だと言われてしまってしょんぼりと項垂れたアリスの頭をノアが優しく撫でてくれた。

「アリスの気持ちも分かるけどね、それは本人にしか分からない事だよ。そしてそれは本人が決める事だよ。最後まで面倒を見られないのなら手出しすべきじゃない。アリスがいつも言う事じゃない?」
「そうだけど……でも……パパだもん」

 そう言ってアリスはじんわり涙を浮かべた。

 心の底からエリザベスとユアンを両親と思っているか? と聞かれるとよく分からないが、それでも死んでほしくなどない。出来れば生きていてほしいし、話したりどこかへ行ったりしたい。そう願うのがそんなにも悪いことだろうか? そんなアリスの心を察したようにノアがアリスを撫でて言う。

「うん、だからアリス、僕が言いたいのはそれも自由だって事だよ。どんなにユアンが死にたがっても、アリスはそれを全力で止めればいい。違う?」
「! 違わないっ!」

 ノアの言葉にアリスはパッと顔を輝かせて大きく頷いてノアに飛びつく。
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