上 下
438 / 746

第436話 平穏に暮らしたいノア

しおりを挟む
「なるほど。確かにあの地下は元々古代妖精が創ったものだったね。だとすれば本来は妖精達の為に創られた物と考える方が自然だね」

「うん。そこに後から他の生物が知恵や知識を出し合って色々と手を加えたんだよ。リセット前の世界は確かに戦争で滅びたのかもしれない。でも、そうなるまではきっと凄く平和な過ごしやすい世界だったんじゃないかな」

 そこまでノアが言った時、突然頭上から男の声が聞こえてきた。

「やっだ~! レスターから連絡もらって見に来てみれば! もうついてるじゃないの! そんなところでダベってないで早く上がってらっしゃいよ~!」
「あ、あれは一体……」

 不思議な喋り方に思わずアンソニー達が見上げると、そこにはガタイの良い男が何かに乗ってフワフワと浮かんでいる。

「ああ、やっぱり時空も超えられるんだ。話には聞いてたけど、アカシックレコードが擬人化したみたいな人だね」

 ポツリとノアが言うと、シャルも隣で頷く。

「ええ、本当に。すみません! あなたが観測者ですか?」
「そうよぉ~! ちょっと待ってね! 一人ずつ引っ張り上げるわ! もう! こんな事なら大型買っておけば良かったわ!」

 観測者はそう言って有人ドローンを操作してノア達の前までやってきた。思った通りアンソニー、カール、アランは驚いているものの、ノアとシャルは特に驚きもしない。

「やっぱりあなた達はあちら側の人間なのね~。で、誰から一緒に乗る?」
「あ、じゃあ僕が先に行こうか。皆、怖いでしょ?」
「そ、そうですね。そうしてもらえると助かります。ここでは浮遊魔法は使えないみたいだし。でもあの……大丈夫、なんですか? その……」

 ノアの申し出にアランはぎくしゃくと頷いてそっと観測者を見上げた。何だか観測者の目がハートになっている気がしてならないのだが、ノア一人を先に行かせて大丈夫なのだろうか?

「え? やっだ! もしかして私を疑ってる!? 私は人のモノに誓って手は出さないわ! そうね……だから出すとしたらカールかしら?」

 そう言って観測者がパチンとウィンクすると、カールはゴクリと息を呑んで早口で言った。

「も、申し訳ないのですが、私には既に心に決めた人がいるので」

 その時頭に浮かんだのは他の誰でもないレヴェナだ。どれだけ口では否定しても、咄嗟の時にはやはりレヴェナの姿がチラつく。

 そんな自分に愕然としていると、観測者はおかしそうに笑った。

「あらそう? 残念ね~。じゃ、ノアちゃん行きましょ」
「あ、お願いします。あとちゃん付けはちょっと……」
「いいじゃないの~可愛いじゃないの~」

 観測者は話しながらノアを無理やり抱えてフワリと浮かび上がった。そしてそのまま一気に崖上までノアを運ぶ。

「一瞬なんですね。これはいつのドローンです?」

 ノアの言葉に観測者は目を輝かせてノアにグイグイ近づいてきて、おもむろにノアの手を取る。

「分かる!? これがドローンって分かるのね!? やっとだわ~世界が追いついてきたわ~!」
「……追いついた?」
「そうよ~。もうどれだけ待ってたと思ってるの! 詳しい話は皆を運んでからね♪」
 
 しばらくしてようやく全員が崖の上に、まるで猫の子供のように運ばれてきた。

 ノアはそんな光景を崖の上からじっと見下ろしていたが、ドローンの性能に驚くばかりだ。

「ささ! 入って入って!」

 観測者が言うと、それまでドローンをしげしげと見つめていたノアがパッと顔を上げてそそくさとやってきた。どうやらノアは好奇心がとても強いようだ。
 
 観測者の家に入ると、そこは何だかとても懐かしい間取りと雰囲気だった。

「ノア、顔が引きつってますよ」
「ああ、いや……何かう~ん……しっくりきすぎて嫌になるね」

 もう随分こちらに馴染んだと思ったのに、こうやっていざあの世界の家電やら家具を見ると何とも言えない気持ちになってくる。

「クーラーに食洗機、プリンターに掃除機……懐かしいですか?」

 からかうようにシャルが言うと、ノアはキッと睨んできた。

「懐かしいのは懐かしいけど、戻りたいとは思わないよ。僕の世界はここだから」
「アリスも居ますし?」
「そ。君も居るしね」
「……そ……ですか」

 まさかの反撃にシャルが声を詰まらせると、ノアは珍しく声を出して笑った。

「さて、観測者さん、それでさっきの質問なんだけど、あのドローンはいつ頃の物?」
「あれね! あれは2035年よ!」
「へぇ、そんな先でも無かったんだね」
「そうなの? ノアちゃんはいつから来たの?」
「僕は2023年だよ。ちょうど色んな事の変わり目だった年だね」
「2023年! そうね、激動の時代ね! でもあの時代があったからこそ地球はグッと進んだのよ。もう少し待てば良かったのに!」
「それは無理かな。僕の寿命がもう尽きかけてたから」

 ノアが困ったように笑って言うと、観測者は悔しげに視線を伏せた。

「なら余計に待てば良かったのよ! 2025年の後期辺りから、物凄い物が出てきたのに!」

 ありとあらゆる病気が治るベッドが満を持して登場したのだ。それに入ればノアの病気などすぐにでも治っただろうに。

 けれどノアはそれを聞いても笑っただけだ。

「だとしても僕は早くこっちに来たかったんだ。あの世界にはもううんざりしてた。僕はアリスに会うためだけに生きて、ようやくここに辿り着いたんだから、それを後悔したりしないよ」
「きゃあっ! やっぱり次は絶対にあなたとアリスの魂を観測するわ! そこまで言うんだから次も絶対に出会うでしょうし!」

 三度の飯より胸キュンが好きな観測者がシナを作って言うと、ノアは引きつった笑顔で言う。

「うん。でも手出しはしないでね、この人達みたいに。次は平穏に暮らしたいから」

 ノアが言うと、観測者はあっけらかんとしている。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,037pt お気に入り:1,560

限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:1

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14,061pt お気に入り:1,875

B型の、B型による、B型に困っている人の為の説明書

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:6

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,313pt お気に入り:4,067

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,383pt お気に入り:825

追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:3,603

処理中です...