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第437話 観測者に出来ること

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「あら、バレてた? ニコラに本渡したの」
「やっぱりあれはあなただったんだ。こちらの世界の物にしては量子に詳しすぎるよね」
「だ~って私だって自分の観測してる星がこのまま終わるのは嫌だもの! でも直接軌道修正は出来ないからニコラを使ったの。ごめんなさいね? アンソニー」

 そう言ってアンソニーに視線を向けると、アンソニーは突然の事に体をビクリと震わせて、次の瞬間には深々と頭を下げた。

「とんでもない。あの本のおかげで僕たちは父と母の遺骨をあちらに届ける事が出来たのです。感謝してもしきれません」
「あら、感謝されたわ。やっぱりあなたは変わってないのねぇ。小さい頃から根がとっても素直! どんなに悪ぶってもその性根は隠せないわ」
「はあ、そうですか?」
「そうよ~! あなたとニコラが生まれた日から私はず~っとあなた達の事を追ってたんだもの! ただねぇ、地下に行かれると何も見えないのよ。だから定期的にあなた達の記録が途絶えてしまっていたのよね~」

 残念だわ、と言って観測者はロボットが自動で入れて持ってきたお茶とお菓子を皆の前に配った。それを見てアランが目を丸くする。

「そ、それは一体……おまけにこれはキャシーのバターサンドでは!?」
「この子? ああ、うちの給仕ロボよ。可愛いでしょ? 猫型だから気ままなの。キャシーのバターサンドはこの間レスターがお土産に持ってきてくれたのよ。これも商会で扱ってちょうだいよ~」

 観測者がそう言って猫型ロボの頭を撫でると、ロボは顎を反らして『喉を撫でるにゃ!』などと言う。

「か、可愛い……」

 アリスが好きだろうな、なんて考えながらアランがそっと手を伸ばすと、ロボはプイっとそっぽを向いて行ってしまった。昔から動物全般に嫌われるアランだが、まさか生き物ではない猫にまでそっぽを向かれるとは思ってもいなかった。

「ごめんなさいね、この子人見知りなのよ。で、ここに来た用事はなぁに? お礼だけを言いに来た訳ではないわよね?」
「ええ、もちろん。あ、その前にこれ。アリス工房の新商品『お肌ピカピカセット』です」

 ノアは持っていた紙袋を観測者に手渡した。それを受け取るなり観測者は袋を開けて目を輝かせている。

「こ、これはお城御用達セットじゃない! いっつも売り切れで買えないのよ! はぁ~良い香り」

 袋を開けた途端に花の香りがフワリと広がる。いつも朝一でこのセットを探しに商会を渡り歩くが、どこへ行ってもいつも売り切れなのだ。

「人気なんですよ、このセット。大抵市井に降りるまでに貴族の所で売り切れちゃって。まぁ、そこそこ高価だからあんまり市井では売れないんだけど」

 苦笑いを浮かべたノアに観測者はうんうんと頷く。

「良い物は上層部に買い占められちゃうのよ、いつだってね。それで、ここに来た理由は? とは言っても何となく予想はついているんだけどね。はい、これが私のソラとの契約書よ。穴探ししてちょうだい」

 そう言って観測者はノアにソラとの契約書のコピーを渡し、コーヒーを飲む。

「さ、ノアちゃんが穴探ししてる間に教えてちょうだい、あなた達が地下に潜ってた時の事を、詳細に! 詳しく!」

 何せ目をつけたはいいものの、人生のほとんどを地下で過ごしていたようなアンソニーとカールだ。ソラに提出すべき本が穴だらけで目も当てられない。

 観測者は一言たりとも漏らすまいと言わんばかりに机の上にボイスレコーダーを置いたが、肝心のアンソニーもカールも困ったような顔をしている。

「しょ、詳細に……詳しく、と言われても、ずっと研究をしていただけで特に何もしていないのだけれど……」
「そうなの!? あんだけ引きこもって本気でずっと研究してたっていうの!?」
「ええ、まぁ」

 身を乗り出してグイッと近寄ってきた観測者から目を逸らしながらアンソニーが答えると、横からアランがポツリと言った。

「何もしてない訳ないですよ。星を助けるために色んな所に戦争を吹っ掛けたり、奴隷を助けるために保護したり色々してたじゃないですか」
「そうなの!? ちょっとそれ詳しく教えてちょうだい! 分かる範囲でいいわ! あとはこっちでいい感じになるように適当に捏造しておくから!」
「……ライラのような事を言いますね」

 既に捏造する気満々のアンソニーにシャルが呆れたように言うと、観測者はおもむろに立ち上がって本棚の中から一冊の分厚い本を取り出した。

「これを見てちょうだい」
「これは?」
「アンソニー・メイリングの一生よ。私は今期、アンソニーの人生を追ってたの。ところがこの人達ってば全然死なないじゃない! おまけにほとんど地下に居るから本のページが飛びまくりなのよ! こんなのソラに提出したら、私すぐにクビよ!」

 観測者は本をペラペラとめくって見せた。最初の方のページはぎっしりと詰まっていて申し分ないが、結婚して数年後から突然ページが歯抜けになる。

 この本は一日に一ページ進むようになっている。だというのにこのざまだ。

「それは何と言うか……申し訳ない」
「まぁ面白いからいいんだけど、この空いたページを少しでも埋めないといけないの。流石に私も全部とは言わないわ。言わないから大きな出来事だけ教えてちょうだい。そうしたら後は私が適当に捏造を――」
「どのみち捏造はするのですね」
「ちょっと脚色するだけよ! 当然でしょ! 平凡な人生なんてこの世には1つも無いの! 皆、自分がどれほどロマンチックな人生を送っているか知らないのよ!」

 口で語れば大した事ない人生でも、第三者だからこそ分かる。どんな人の人生も、どれもロマンチックだ。悲しい事も楽しい事も幸せな事も不幸な事も、全てが短い期間の中に詰まっている。観測者はそんな沢山の物語に触れる事が出来るこの仕事が大好きだ。

 だから穴だらけの本が許せない。たとえ捏造してでも仕上げたい!

 目をギラつかせてアンソニーとカールににじり寄ったところで、それまでずっと書類を読んでいたノアが声を上げた。

「妖精王の契約書に比べると随分自由なんですね」
「そうでもないわ。妖精王はこの星にしか干渉出来ないけれど、私はこの星に住む生物にしか干渉出来ないの」
「なるほど。役割分担が違うという事ですか」
「そ。私は生物担当。だからニコラに本を与える事も出来たし、ノアちゃんのお願いも聞くことが出来るの。とはいえ、と~っても遠回りなやり方しか出来ないけどね」
「みたいですね。なるほど、要はあなたは個人にヒントを与えたり間接的に手助けをする事が出来ると、そういう事ですか」
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