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第449話 ゾンビに襲われた人

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 二本の短剣を構えて兵士たちの間を縫うように戦っていたキリが言うと、ノアは、ははは、と大剣を振り回しながら笑う。

「僕にも全く同じ声が聞こえてきたよ」
「ですがノア様、鞘付きとは言えそれほど強く殴ったら死んでしまいます」
「それはもう打ちどころが悪かったってだけで僕のせいじゃないよ。不可抗力って奴だよ」
「……」

 一人は体に見合わない大剣を振り回し、一人は矢のようにずっと走り続けているのに、まるでそんな事はしていないとでも言うような二人の会話に兵士たちがゴクリと息を呑んだその時だ。

「お、援軍だ」
「ああ、本当ですね。では我々は退避しましょう」

 何かが羽ばたく音が聞こえて上を見上げると、そこにはこちらにめがけて矢のように物凄い勢いで向かってくるドラゴンの群れが居た。

「へんた~い、キリ~! はい、これ~」

 リアンはドラゴンの上からロープを二本ぶら下げると、二人はそれを掴んですぐさま手に巻き付ける。それを確認したリアンはドラゴンに指示を出して今度は空に向かって飛んでいく。

 目の端にノア達と同じようにドラゴンに引っ張り上げられていくルーイとユーゴの姿が見える。

 途中で下を見下ろすと、崖の中ではドラゴン相手に逃げ惑う兵士たちが右往左往しているのが見えた。

「よっと! ありがとね、リー君、ドラゴンさん」
「ありがとうございます、リアン様、青ドラゴンさん」

 ロープを伝ってドラゴンの背中に這い上がった二人が言うと、リアンとドラゴンはそれぞれ返事をしてくれる。

「どういたしまして」
「ぎゅ!」
「それにしてもなかなか念入りだね」

 ドラゴンの背中から下を覗き込むと、ドラゴン達は兵士が逃げ込んだ穴に向かって容赦なく炎を吐いている。あれではもう逃げられまい。

「僕たちがせっかく生かしても無駄だったかな」
「あんた達この期に及んで律儀にそんなの守ってたの? でもあいつらはそれだけの事したんだよ。言っちゃなんだけど自分で蒔いた種でしょ」
「そうだね。どこにもドラゴンを巻き込む必要は無かった。これは正に自業自得、だね」

 アリスが殺すなと言うからいつも手加減をするノアだが、少しだけ胸がスッキリしたのは黙っておくことにする。

 天井から出て外に出ると、そこではアリス達があちこちの亀裂から逃げ出して来た兵士たちを捕まえて縛り上げていた。

「谷側にしか出口が無いのが幸いだね。それにしてもここも変な造りだな。もしかしたらこの谷自体、ディノが創った物なのかもしれないね」
「かもしれませんね。だからドラゴンの谷と呼ばれているのではないでしょうか」

 キリは切り立った崖を見上げて感心したように言う。

 太古の昔、全ての生物がまだ手を取り合っていた頃の時代とは、一体どんな時代だったのだろうか。いつかこの目で見てみたいものである。

「兄さま~! キリ~! リーく~ん!」
「アリス! どうしたのその服と怪我!」
「ベビドラゴンくっつけたら破れちゃった! テヘペロ!」
「……キリ、アリスの着替え持ってる?」
「……持ってません。それにしても一体どうやったらああなるのですか」
「う~ん……ゾンビに襲われた人みたいだね」

 ノアはアリスを見下ろして苦笑いを浮かべた。ゾンビが何か分らないキリとリアンは首を傾げているが、何にしてもアリスは服が破れようが顔が傷だらけだろうが今日も元気だ。


 
 一方その頃、ノアに無茶振りをされたアランとシャルとアンソニーは。

「ここの魔道具は一体何なんでしょう?」
「分かりません。見たことがありません。アンソニー王、ニコラさんから何か聞いていますか?」
「いいや、何も。ニコラはこういうのを作る時は必ず集中したいからと言って地下にこもって一人で作っていたんだ」
「……そうですか」
「すまないね、役立たずで」
「いえ、そんな事は――」
「ありますよ。全く、どうするんです? 私たちは器具の名前すら分らない。どこかにニコラさんが書き残したノートとか無いんですか?」

 はっきり言うシャルにアンソニーは苦笑いを浮かべている。やはり長く生きているだけあって、滅多なことでは怒らないようだ。

「探してこようか。ニコラはとにかくマメだったから、もしかしたら何か見つかるかもしれない。他に何かいるものはあるかい?」
「そうですね……ああ、水晶が必要なようなのでそれもお願いします。アラン、我々はその間に観測者のくれたノートを熟読しましょう」
「それしか無さそうですね。量子の話は僕はさっぱりなので、シャル、お願いできますか?」
「もちろん。ではアンソニー王、よろしくお願いします」
「ああ、分かった」

 アンソニーはそう言って押入れの中を抜けて部屋を出た。

 久しぶりに歩く城の長い廊下はまるで他人の家のようだ。そんな事を考えていると、後ろから聞き慣れた声がかけられた。アンソニーは今はメイリングの宰相という事になっている。

「アンソニー宰相! こちらにおいででしたか!」
「ああ、どうかしたかい?」
「それが……レヴェナ王妃があれからずっと目を覚まさなくて……」
「ああ、心配はないよ。そのまま静かに眠らせておいてやってくれ。王ももうじき戻るはずだから」
「そうですか……それでその……」
「他にも何かあるのかい?」

 こんな所で油を売っている場合ではないのだが、議会の役員は言いにくそうにチラリとアンソニーを見てくる。

「それがその……レヴィウスからこんな書簡が届きまして。このタイミングでこんな物を寄越してくるなど、一体どういうつもりなのでしょうか」

 役員は言いながら懐から書簡を取り出す。

「こんな事態だからこそだよ。もはや国同士でいがみ合っている場合じゃない。ラルフ王の選択はとても正しいと僕は思うよ」

 そう言って書簡を開いてサッと目を通して微笑む。

「何が書いてあったのですか? 和平ですか?」

 長年いがみ合ってきたレヴィウスだ。アンソニーがいくらそんな事を言ってもすぐには信じられない。

「いいや。国庫を開き、あちらに送ったとの報告だ。こちらの分も出してくれたようだよ。勝手な事をしてすまない、という謝罪の書簡だね」
「な、何故!? レヴィウスの世話になるなど、まっぴらごめんで――」
「いいかい? 今は、それどころではないんだ。民は既に長く続いた戦争で疲弊している。それはもちろん僕たちの力不足が招いた結果だ。これ以上国民を苦しめる訳にはいかない。それとも君は、全ての国民に国と一緒に死ねとでも言う気かい?」
「そ、それは……」
「言えないだろう? 僕としては例えそんな事を王が言ったとしたら、すぐさまそんな国を捨てて逃げてほしいよ。ある人が言ってたんだ。国民は国の物ではない、とね。国こそが国民の物なんだと」
「……」
「言い得て妙だろう? 僕もそう思うよ。返信は僕から出しておく。明後日の今頃には全ての地上で戦争が始まる。君も最後の日は家族と共に過ごすんだ。そしてあちらに到着したら、僕たちの代わりに民達をまとめてやってほしい」

 アンソニーの静かな言葉に役員は鼻を真っ赤にして深く頭を下げた。そんな彼の肩をアンソニーは軽く叩いてまた長い廊下を歩き出した。
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