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第460話 観測者を脅す

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「で、パソコンはどこに?」
「貸さないわよ!? ていうか貸せる訳ないでしょ! あれはソラと繋がってんのよ! こんな事がバレたら大事よ!」
「そうかな? この間見せてもらったソラとの契約にはそんな事は一言も書いて無かったよ」
「そりゃそうでしょ。普通観測者のパソコンを借りに来る人なんて居ないもの」
「そう? あの契約書には観測者が私利私欲の為に個人の魂に関与してはならないって書いてあったけど、僕達があなたのパソコンを使うのはあなたの私利私欲?」
「ち、違うわね」
「だよね? それにソラは僕を排除してない。てことは、僕のした事はソラにとってはとても些細な事だったっていう判断だったって事だよね?」
「まぁ……そうね」
「これは僕のただの勘だけど、ソラが僕やアリスみたいな存在を許したのは、そういう魂が少なからずどこの星にもあったって事なんじゃないのかな? でなきゃ星はいつまで経っても成長も発展もしない。妖精王の仕事が星の生育だと言うのなら、星は大きな水槽のようなもので、生物はその中に暮らす魚のようなもの。で、僕たちみたいな異分子は多分、栄養剤や薬液のようなものなんじゃないかなって」
「……そうね。そうよ。あなた達のような存在はどの星にもいるわ。私たちはそういう人達を伝授者って呼んでる。この星にとっての伝授者は紛れもなくあなた達よ。あなた達が地球から持ち込んだ知識が、この星で独自に発展されていく。そうして星は成熟するの。でもね! だからってね! 観測者のパソコン借りに来る伝授者がどこにいんだよ!? あぁん?」

 流石の観測者もノアの無茶振りに驚いて思わず素が凄んでしまったが、ノアもシャルもケロリとしている。

「ここに居ますよ。まぁ最悪あなたを縛ってパソコンを無理やり使ってもいいんですけどね? そうしたらソラにも言い訳が立つし、よし、そうしよっか!」

 そう言ってノアがポシェットから『改良版 もがけば首落ち~る君』を取り出すと、観測者は青ざめて首を横に振った。

「早い早い早い! 縛り上げるっていう決断を下すのが早すぎる! もうちょっと悩んで! せめて!」
「えー? 悩んでも悩まなくても結果は同じなのに?」
「同じでも! はぁ……分かったわよ。貸すわよ。言っとくけど閲覧履歴とかは見ないでよね!」
「……何か変な趣味でもあるんですか?」

 観測者の言葉にシャルが白い目をして観測者を見ると、観測者はそっと目を逸らした。

「見ない見ない。ちゃんとゲストモードで入るよ。あるよね?」
「さあ、知らない。私、パソコンそんなに詳しくないのよ」
「え……」

 まさかの観測者の回答にノアが珍しく固まった。

「だって覚える事いっぱいなんだもの!」
「えっと……じゃあ見せてくれる? 未来のだったらお手上げかもな……」

 ポツリとノアは呟いて観測者に案内されるがままリビングに移動した。

「ここよ」

 そう言って観測者はリビングの隅にあったカーテンを開けると、中から観測者愛用のパソコンが置かれたデスクが出てくる。

「お借りしま~す。わぁ、年代物!」
「これはまた……古めかしい……」

 呆れたようにシャルが言うと、ノアはそんなシャルの肩をポンと叩いた。

「シャル、見た目は古くても中身は最新かもしれないよ。何せ有人ドローン乗ってたぐらいだし……う……」

 一縷の期待を込めてノアがパソコンの電源を入れると、表示されたのはあの有名なロゴだ。しかもXPと出てきた。

「待って……もうサポート終わってるでしょ?」
「終わってますね。まぁ使い勝手は一番良かったですけどね。それにしてもこれは酷い……」

 ノアの後ろから画面を覗き込んだシャルは表示されたトップページを見て愕然とした。

「観測者さん、これ掃除した方がいいんじゃないの? 絶対使ってない奴いっぱいでしょ? めちゃめちゃ動作重くない?」
「重いのよ! めちゃくちゃ重いの! でもどれが必要でどれがいらないのか分らないの! ていうかどんどん知らない間にこうやって一杯になってるの! これどういう事なの? 私が何かしてるのかしら?」
「いや、心当たりが無いんなら多分そういうウィルスだと思うけど。でも今はそれどころじゃないからまた今度ね。さて、槇さんはちゃんと読んでくれたかな」

 ノアは画面いっぱいにぎゅうぎゅうに詰まったアイコンの中からどうにかネットブラウザを探し出して、よく使っていたメールサイトを検索してみた。

「うわ、懐かしい! へぇ、本当にちゃんと地球のサイト見られるんだね。で、問題はこれがいつの時代のサイトなのかって事なんだけど、観測者さん、これはどこの時代のネットに繋がってるの? そういうのも選べたりするの?」
「もちろんよ。これはあなたが居た時代のだと思うわよ。ブックマークにそれぞれの時代の検索バー入れてあるの♪」
「へぇ、面白いね。じゃ、シャル始めようか」
「ええ」
「久しぶりだからちゃんと覚えてるかな」

 ノアはパソコンに向き直ると大きく息を吸った。久しぶりに叩くキーボードの感触が懐かしい。思えば地球に居た時はほとんどの時間をこのキーボードを打つ事に費やしていた気がする。

 無言でカチカチとキーボードを操作するノアを観測者が後ろからじっと見つめている。

「はっや……よく見ないで打てるわね」
「これは慣れだよ。あっちでの僕の本職だったからね。でも案外覚えてるもんだね。あ、良かった。槇さんちゃんと読んでくれたんだ」

 槇から無事にメールが届いていたのを確認したノアは、次に槇から送られてきたリンクに飛んだ。リンク先で警告文が出たけれどそれを無視して了承すると、今度はとても懐かしい画面が現れる。

「シャル、繋がったよ。僕のパソコンに」

 ノアは画面を見て目を細めた。画面には花咲く聖女の花冠のラフ画が所狭しと並べられている。これは当時のノアのパソコン画面だ。

「懐かしいですね、この画面」
「ほんとにね。良かった、まだシャルルが強制終了する前だ。ここからどれぐらいでシャルルは強制終了したっけ?」
「半日ぐらいでしょうか? ギリギリですね。間に合います?」
「間に合わせるよ。はい、シャル交代」
「分かりました」

 ノアに言われて今度はシャルが机の前に座る。アバターを作るのは当時シャルの仕事だった。ノアの具合が悪くなってからは、ほとんどのアバターをシャルがパソコン内で量産していた。何だかあの時の事を思い出して鼻の奥がツンとする。

 自分はあくまでただのアバターで、中身はAIだったはずなのに、いつの間にか懐かしむという感情を覚えていたのだと言うことに驚いた。

 何だか感慨深い思いをしているシャルとは裏腹に、ノアは観測者ににじり寄っている。
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