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第462話 揺れる心
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妖精王が地下からフォルスの源の木に移動するべく魔法陣を床に書くと、子供たちがドヤドヤと勝手にその魔法陣の中に入り込んできた。
「お祖父様たちもだよ!」
「あ、こら! 俺たちは別に――」
「そろそろ諦めましょう、ユアン。あなたもまだ迷っているのでしょう?」
「それは……」
迷ってなどいないとはっきり否定出来ない時点で迷っているのだ。長年思い描いてきた暗い未来など、濃厚な時間に比べれば足元にも及ばない。
そんなユアンの心を読んだかのように、ユアンと同じように戸惑うレックスが言った。
「僕も行っていいのかな? 僕はまだ皆とさほど長い時間を過ごしてないし、今思えば良くない事も沢山してきた気がする。僕は……鉱石で出来てるから人の気持ちはよく分らない。それでも君たちと一緒に居る事は許されるのかな」
明後日から戦争が始まる。そんな時が来るなんてレックスは今まで考えた事もなかった。ましてやその戦争に自分が深く関わる事になるだなんて思ってもいなかったのだ。
けれどアミナス達と出会って毎日が楽しくなればなるほどその日が近づくにつれて何だか不安になってきた。今まで悪い事も生きるために沢山してきたレックスだ。
何だかそんな自分が急に恥ずかしくなっていつまでもアミナスの手を掴めないレックスの手を、アミナスは何の躊躇いもなくいつものように掴んだ。
「もちろんだよ! 仲の良さなんて時間じゃ測れないもん! それに母さまが言ってたんだ。どんなに暗い道をそれまで歩いてきても、明るい所にはどんなに頑張っても勝てないよ、って。お日様が沈んで真っ暗になっても、またお日様が出てきたら暗闇なんてすぐに消しちゃう。人間も一緒なんだって」
「同じ?」
「うん。悲しくて悲しくてずっと泣いてても、楽しい事や嬉しい事には勝てないんだって。辛い思い出もいずれ風化して、楽しかった時の事しか思い出さなくなるのはそういう事だって言ってた!」
「……そう……かも」
百年以上色ん場所を転々として色んな人に出会ったレックスだが、嫌な思い出よりも優しくしてくれた人達の方がよく覚えている。
それをアミナスに伝えると、アミナスは満面の笑みで頷いた。
「私もそうだよ。可愛がってたアヒルが歳取って死んじゃった時にもう無理だって思ったけど、その後違う子が生まれて可愛がってたら気づいたらその子の事は楽しかった時の事しか思い出せなくなっちゃった。母さまはそれを、次のお日様が昇ったからだって言ってた。何回も何回も生きてるうちに日は昇るし沈むよって。だからね、私思ったんだ! 今が夜なんだよ! でも全部終わったら今度はお日様の番だよ!」
「今度はお日様の番……か」
何気なく聞いてたユアンがポツリというと、そっと誰かがユアンの手を掴んだ。見下ろすと、アリスと同じ笑顔を浮かべたノエルが、ユアンの手をしっかりと握っている。
そんなノエルに何かが胸にこみ上げてきそうになったその時、ふとレオが言った。
「今の話を聞いてふと疑問に思ったのですが、奥様のようなポジティブモンスターに果たして夜など訪れるのでしょうか?」
「さあ? どうなんだろう。僕も母さまが悲しんでるのあんまり見たこと――あ、そう言えばちょっと前にローストビーフ作ってる最中にオーブンが壊れて号泣してたっけ」
「ああ、そう言えばあの時は「もう真っ暗だ! このお肉に朝なんて来ないんだ! ごめんね! 最高の状態で食べてあげられなくて本当にごめん!」なんて言って大げさに泣いてましたね。その後すぐに旦那様が直したので事なきを得ましたが」
「でも結局お肉はドンちゃんに表面焼いてもらってむしろ良い出来だったって喜んでたもんね。「お日様は誰にでも何にでも均等に昇るんだ!」って言ってたけど、そっか、母さまのあの時の言葉がアミナスにはあんな風に聞こえてたのか」
大変良い解釈だと思う。と、ノエルは正直でとても素直なアミナスを見て感心していたのだが、その半面その話を聞いたユアンは何とも言えない顔をする。
「出来ればネタバレは聞きたくなかったな……ちょっと心揺れかけちまったじゃねぇか」
「ユアン、心が揺れかけたということは、迷いがある証拠です。ノア様ではないですが、その選択こそがもしかしたら私達が選ぶべき選択なのかもしれませんよ」
「どういう意味だよ」
「消えて終わり、では許されないということです。私たちは今まで蔑ろにしてきた様々なものに今度こそ目をきちんと向けなければいけないのかもしれません」
アルファの頭に真っ先に思い浮かんだのはメリー・アンとアーバンの屈託のない笑顔だ。最後になるかもしれないという時にもあの二人はアルファの事を考えてか、全ての感情を隠して笑顔でキスをして送り出してくれた。その時に思ったのだ。自分はこの二人に今までどれほどの我慢を強いてきたのだろうか、と。世界を守るためにこの生命を投げ出す覚悟をしたけれど、それならばメリー・アンを巻き込むべきではなかったし、アーバンにも会うべきではなかった。それでもアルファはそれをしたのだ。迷いが……あったのだ。
「あのね、明るい未来と暗い未来だったら、きっと明るい未来が勝つと思うな! だって、暗闇は太陽には絶対に勝てないから」
何だか自分たちが余計な事を言ってしまったのだと気づいたノエルが言うと、アルファとユアンは困ったように笑った。その笑顔には、先程の戸惑いはもう無かった。
「お祖父様たちもだよ!」
「あ、こら! 俺たちは別に――」
「そろそろ諦めましょう、ユアン。あなたもまだ迷っているのでしょう?」
「それは……」
迷ってなどいないとはっきり否定出来ない時点で迷っているのだ。長年思い描いてきた暗い未来など、濃厚な時間に比べれば足元にも及ばない。
そんなユアンの心を読んだかのように、ユアンと同じように戸惑うレックスが言った。
「僕も行っていいのかな? 僕はまだ皆とさほど長い時間を過ごしてないし、今思えば良くない事も沢山してきた気がする。僕は……鉱石で出来てるから人の気持ちはよく分らない。それでも君たちと一緒に居る事は許されるのかな」
明後日から戦争が始まる。そんな時が来るなんてレックスは今まで考えた事もなかった。ましてやその戦争に自分が深く関わる事になるだなんて思ってもいなかったのだ。
けれどアミナス達と出会って毎日が楽しくなればなるほどその日が近づくにつれて何だか不安になってきた。今まで悪い事も生きるために沢山してきたレックスだ。
何だかそんな自分が急に恥ずかしくなっていつまでもアミナスの手を掴めないレックスの手を、アミナスは何の躊躇いもなくいつものように掴んだ。
「もちろんだよ! 仲の良さなんて時間じゃ測れないもん! それに母さまが言ってたんだ。どんなに暗い道をそれまで歩いてきても、明るい所にはどんなに頑張っても勝てないよ、って。お日様が沈んで真っ暗になっても、またお日様が出てきたら暗闇なんてすぐに消しちゃう。人間も一緒なんだって」
「同じ?」
「うん。悲しくて悲しくてずっと泣いてても、楽しい事や嬉しい事には勝てないんだって。辛い思い出もいずれ風化して、楽しかった時の事しか思い出さなくなるのはそういう事だって言ってた!」
「……そう……かも」
百年以上色ん場所を転々として色んな人に出会ったレックスだが、嫌な思い出よりも優しくしてくれた人達の方がよく覚えている。
それをアミナスに伝えると、アミナスは満面の笑みで頷いた。
「私もそうだよ。可愛がってたアヒルが歳取って死んじゃった時にもう無理だって思ったけど、その後違う子が生まれて可愛がってたら気づいたらその子の事は楽しかった時の事しか思い出せなくなっちゃった。母さまはそれを、次のお日様が昇ったからだって言ってた。何回も何回も生きてるうちに日は昇るし沈むよって。だからね、私思ったんだ! 今が夜なんだよ! でも全部終わったら今度はお日様の番だよ!」
「今度はお日様の番……か」
何気なく聞いてたユアンがポツリというと、そっと誰かがユアンの手を掴んだ。見下ろすと、アリスと同じ笑顔を浮かべたノエルが、ユアンの手をしっかりと握っている。
そんなノエルに何かが胸にこみ上げてきそうになったその時、ふとレオが言った。
「今の話を聞いてふと疑問に思ったのですが、奥様のようなポジティブモンスターに果たして夜など訪れるのでしょうか?」
「さあ? どうなんだろう。僕も母さまが悲しんでるのあんまり見たこと――あ、そう言えばちょっと前にローストビーフ作ってる最中にオーブンが壊れて号泣してたっけ」
「ああ、そう言えばあの時は「もう真っ暗だ! このお肉に朝なんて来ないんだ! ごめんね! 最高の状態で食べてあげられなくて本当にごめん!」なんて言って大げさに泣いてましたね。その後すぐに旦那様が直したので事なきを得ましたが」
「でも結局お肉はドンちゃんに表面焼いてもらってむしろ良い出来だったって喜んでたもんね。「お日様は誰にでも何にでも均等に昇るんだ!」って言ってたけど、そっか、母さまのあの時の言葉がアミナスにはあんな風に聞こえてたのか」
大変良い解釈だと思う。と、ノエルは正直でとても素直なアミナスを見て感心していたのだが、その半面その話を聞いたユアンは何とも言えない顔をする。
「出来ればネタバレは聞きたくなかったな……ちょっと心揺れかけちまったじゃねぇか」
「ユアン、心が揺れかけたということは、迷いがある証拠です。ノア様ではないですが、その選択こそがもしかしたら私達が選ぶべき選択なのかもしれませんよ」
「どういう意味だよ」
「消えて終わり、では許されないということです。私たちは今まで蔑ろにしてきた様々なものに今度こそ目をきちんと向けなければいけないのかもしれません」
アルファの頭に真っ先に思い浮かんだのはメリー・アンとアーバンの屈託のない笑顔だ。最後になるかもしれないという時にもあの二人はアルファの事を考えてか、全ての感情を隠して笑顔でキスをして送り出してくれた。その時に思ったのだ。自分はこの二人に今までどれほどの我慢を強いてきたのだろうか、と。世界を守るためにこの生命を投げ出す覚悟をしたけれど、それならばメリー・アンを巻き込むべきではなかったし、アーバンにも会うべきではなかった。それでもアルファはそれをしたのだ。迷いが……あったのだ。
「あのね、明るい未来と暗い未来だったら、きっと明るい未来が勝つと思うな! だって、暗闇は太陽には絶対に勝てないから」
何だか自分たちが余計な事を言ってしまったのだと気づいたノエルが言うと、アルファとユアンは困ったように笑った。その笑顔には、先程の戸惑いはもう無かった。
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