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第511話 ルールがある理由

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「君には僕がそんな風に見えていたの? 僕は常に周りを客観的に見ているだけだよ。だから自分を賢いとも思わないし、自分自身もこの世界のただのちっぽけな歯車でしかない事を理解してる。僕の思考や理念はあちらの世界とこちらの世界の両方で培われたものだ。僕が持っている情報もそう。他の誰かが書いた本を読んで僕なりに解釈をしたに過ぎない。僕は賢くないよ。ただ誰かが発信した情報を得て考えるのが好きなだけ。本当の天才はね、アリスみたいな人の事を言うんだよ。誰に言われた訳でもないのに彼女はこの世の理を知っている。この世の根源になるものを知っている。生まれた時からね。彼女にとってそこに理屈はいらない。だって、既に全てを知ってるから」

 ノアの言葉を聞いてアメリアは思い切り吹き出した。

「あのお花畑の娘に何が分かってるというの?」
「分からない? アリスはいつもそうやって皆に笑われるけれど、彼女はそれを曲げない。どうしてだと思う? アリスにとって僕たちは皆平等だから、誰かの考えや理想に流される事がないんだ。彼女には上も下もない。だからいつだって彼女は自由だ。でもそれが一番難しくて、それこそが本来の生き物の姿なんだよ」
「自由? 好き勝手するのが自由ではないわ。そんな事をしたら秩序が無くなる。世界はあっという間に崩壊するわ」
「秩序を真っ先に破った人の台詞だとは思えないね。そして本来の自由の意味も分からないから君は所詮その程度の人間なんだよ。僕が言いたいのは、秩序は君みたいな人間の為にあるって事。アリスみたいな人間には秩序なんてそもそも必要ない。さっきも言ったでしょ? アリスは全てを知っているって。それは、どうすれば全ての生物が幸せに暮らせるのか、それしか考えていないからだよ。そういう事をナチュラルに考える人間は決して間違いを侵さない。他者をむやみに傷つけない。たとえ自分がどれだけ笑われようともね」
「……お嬢様は結構、法を破っていると思うのですが、それは……」

 ノアの言葉に黙っていた方がいいのだろうと思いつつもつい口を挟んでしまったキリを、ノアはニッコリ笑って窘めた。

「キリ、僕の言う秩序は人間が人間の為に決めたしょうもないルールの事じゃないよ。生き物が生きていく上での暗黙のルールの事を言ってるんだよ」
「なるほど。それなら確かにお嬢様は破りませんね。何せ食欲しか無いような人ですから」

 アリスは確かにお花畑だが、ノアの言う通りどれだけ周りに馬鹿にされても始めた事を貫く。そういう所はキリも尊敬している。

「そうだよ。アリスはいつも言うよね。これは自分の為なんだって。見返りなんていらない。だって、自分の幸せの為にやっているのだから。どうして皆が感謝してくれるのか分からない。だって、そんな事は出来る人がやって当然だから。勲章だって何が凄いのか分からない。大して役に立たないんだから、それならお肉貰った方がいい。いくらお金が沢山稼げてもすぐに次の商品に使う。だって、そうした方が皆も自分も楽しいし幸せだから。だからいつまでもうちの領地は潤わない。でもこの考え方こそが世界に本当に必要な物なんだよ。だから秩序なんて言うものは僕やアメリアみたいな人間の為にある。利己的で他者の事なんてどうでもいいと思っているような人間にこそね」
「……あなたがどれだけあの子を褒めても私の見解はただの馬鹿娘でしかないわ。それを変えようとも思わない。それに、この世界には圧倒的に私達のような欲にまみれた人間の方が多いのよ、ノア。だから誰かが先頭に立って導かなければならないの。大勢の人間が少数の犠牲のおかげで助かるの。これが世界の真理よ。この理屈があなたには分からないのでしょうね」
「分かるよ。何せ僕は大勢の人間を踏みつけて出し抜いて成功した人間の一人だったからね。それからもう一つ言っておくと、世界に一番多いのは何も知らない人間だよ。目の前に提示された物だけを見てそれが誘導だとも気づかずに手を伸ばしてしまう善でも悪でもない人間だ。そして君はそういう人間を食い物にする側の人間なんだよ。僕と同じようにね。君はさっきからまるで自分の事を神か何かのように言うけど、むしろ真逆だよ。君は大半の人間を唆し、利用して自分の自我を、自尊心を保とうとするとても矮小で愚かな生物でしか無いんだよ。そんな生き物はアリスの敵ですらない。彼女の前では余計にそれを実感すると思うよ。君は、残念だけどアリスよりもずっと劣っている。それは君についてくる人たちを見れば分かるはずだよ。誰もが君を利用しようとした。君も皆を利用しようとした。そんな関係しか築けないような人間は、限りなく底辺の人間でしかない。そうでしょう?」

 そう、自分のように。ノアはそんな言葉を飲み込んだ。

 あちらの世界に居た頃に夢の中で見ていたアリスと今のアリスは全然違う人間だ。それでも今のアリスの方がノアは好きだ。幼い頃から何度も何度もアリスによって物理的にも精神的にも殴られてきたが、今のアリスと出会った事こそが、ノアへの試練だったのだろうと今は素直に思える。
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