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第517話 様子がおかしい火口

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 核に残ったノエルと妖精王は幻のディノと一緒に樹の影に隠れてその時を待っていた。ライアン達からの情報では、まずヴァニタスが人形たちを連れてこちらに向かっていたと言う。続いて先程、そこにさらにオズワルドも加わったかもしれないという連絡が入った。

「妖精王、オズも来るかもって」
「ああ、聞こえていた。マズイな。今ここであまり騒ぎを起こしたくないのだが――」

 妖精王がそんな事を言いながら天井を見上げたその時だ。突然、天井を覆っていた薄い膜のような物が弾け飛んだ。

「来たぞ! ノエル!」
「うん!」

 オズワルドに破られた薄い膜のような物がだらんと垂れ下がり、天井にはぽっかりと大きな穴が開いた。ノエルが首を伸ばしてその穴を覗き込もうとしたが、それを妖精王が手で制した。

「妖精王、何か見える?」
「いや、まだ何も降りてはこないな。いいか、我がいいと言うまでそこから顔を出すなよ」
「う、うん」

 よくは分からないが、妖精王がそう言うのならここから動かない方がいいのだとう。こうしてノエルと妖精王は、ヴァニタスとオズワルドがやってくるのを静かに待っていた。

 しばらくして2度目の爆発が起こった時、ダランと垂れた薄い膜の向こうから、黒いフードをすっぽりと被った人形たちが次々に姿を現した。

「ん? どうやらヴァニタスとオズは居ないようだな」

 何故か天井からは人形しか降りてこない。

「いくら待っても人形だけみたい。妖精王、どうしたらいい?」
「ふむ……とりあえず水をかけておくか。妖精の樹は一度水を吸い込むと三日三晩暴れまわる。万が一これからオズ達がここへやってきても、恐らく妖精の樹の餌食になるだろう」

 妖精王はノエルを安心させる為にそう言ったが、実際は妖精の樹などオズワルドの手にかかれば一瞬で消滅してしまうに違いない。

 今回の目標はオズワルドを捕まえる事ではない。あくまでもリーゼロッテをここから逃がす時間稼ぎだ。そこまで考えて妖精王はハッとして顔を上げた。

「ノエル! 今すぐ水を撒け! そしてすぐさまディノの部屋に戻るぞ!」
「え!? ど、どうしたの? 急に」
「我はすっかり忘れていたのだ! 我はオズと魔法の交換をした! いや、正しくはオズの魔力の一部を受け取った! 同時にオズと一瞬でも繋がりを持ったという事だ! そしてそれはディノの部屋へ入る権限を与えたも同じことだ! リゼが危ない! 行くぞ!」
「ええ!?」

 妖精王の言葉にノエルは目を見開いて妖精王を見た。妖精王は珍しく額に汗をかき、本当に焦っているのが伝わってくる。

 そんな妖精王を見てノエルは覚悟を決めた。アミナスとレオとカイ、そしてアニーとお揃いのお守りを握りしめてゴクリと息を飲むと、バケツに汲んだ水を思い切り妖精の樹にぶちまけた。

 その途端、それまでは大人しくドームの形を保っていた樹が勢いよくあちこちから新緑の葉っぱを芽吹き出す。やがて樹の根だった場所は気づけば一体化して太い幹に変わり、ギチギチと音を立てながらその背丈を伸ばして行った。

 その光景に思わず唖然として見入っていたノエルだったが、突然誰かに手を引かれた。ここには妖精王しか居ない。それでも誰か、と表現したのは、ノエルの手を掴んだのが明らかに大人の男性の手だったからだ。

 それに驚いて手を掴んできた人物を見上げて、ノエルは今度こそ言葉を失った。
 
 
 
 アリス達はドラ笛を聞いてやってきたドラゴンの背に飛び乗り、ヴァニタスとオズワルドが向かったオルゾ山の山頂を目指していた。

「もうすぐだよ! 一応マスクしといてね!」
「分かった」
「っす」

 マスクをしながら地上に視線を下ろすと、ずっと後の方に影アリスと影ノア、影キリが自分たちと同じようにオルゾ山を目指して走っているのが見えた。

「ところであいつら置いてきた良かったんすか?」

 そんな三人が気になったオリバーが地上を指差すと、アリスは何故か胸を張って頷く。

「大丈夫! 普段の私は方向音痴だけど、影はあのおでこの紋章のおかげで真っ直ぐにオズを見つける事が出来るみたいだから!」
「あ、いや、そこを心配してる訳じゃないんすけど――まぁいっか」

 オズワルドの側に居ろと命令したのなら、どうせなら一緒に連れてきてやれば良かったのでは? と思ったオリバーだったが、影アリスは体力が有り余っていそうだし、こういう所で細々と体力を削るにはちょうどいいかもしれない。ついでにこっちのアリスの体力もちょっとぐらい削ってくれると嬉しい。

「見えてきたよ! ん……? ねぇ、オルゾ山の火口、何か変じゃない?」

 ドラゴンの頭の上に相変わらず仁王立ちしているアリスにしがみつきながら火口を覗き込んだリアンが言うと、ドラゴンもそう思ったのか、突然スピードを落とした。

「どうしたの?」

 突然のスピードダウンにアリスが問うと、ドラゴンは自信なさげに小さく、キュ、と鳴く。それを聞いてアリスは、ふむ、と口元に手を当てた。
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