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第527話 救いの定義

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「何故? あれが何かお前には分かっているのか?」
「分からないよ! でも良くない物だって事は分かってる!」

 オズワルドはアリスの言葉を聞いて鼻で笑った。

「良くない、か。そうだな。お前たち生者にとっては良くないな。だがこいつらにとっては別だ。あれは救いであり、未来でもある」
「どういう……事?」
「あれは異次元への入り口だ。生身で入れば毒でも、魂しか無いこいつらが入れば違う次元へと運ばれる。まさかこんな所にあるなんてな。どこかで次元が開いたのが分かったからずっと探していたんだ」

 そう言ってオズワルドは堪えきれずにくつくつと笑った。

 オズワルドは別に意識が無くなった訳じゃない。ヴァニタスと融合した時は一瞬記憶が混濁したが、今はもう妖精王との約束も思い出したし、自分の役割もきちんと理解している。

 けれど、別にオズワルドは善人ではない。オズワルドの願いはただ一つだ。リーゼロッテと共に居たい。それ以外の事など、別にどうでもいい事だ。

「……違う次元に運ばれたらどうなるの? その後ちゃんと生まれ変わる事が出来るの?」
「さあ? 異次元に飛ばされた後でその魂がどうなろうが知ったこっちゃない。俺の役割はお前らも知っているように、この星に充満したエネルギーを開放することだ。お前たち生者の為にな。それがどれほど傲慢な事かお前たちに分かるか? その為だけに俺はこの星に呼ばれた。どんな方法を取ろうと俺の勝手だろう?」
「そ、それはそうかもしれないけど……でも、本当にちゃんと違う場所に行けるの? 途中で消えちゃったりしない?」
「さあな。流石の俺もそこまで面倒は見られない。こいつらが消えたくないと考えているように、俺だって消えたくない。ここで少しでも量を減らしておきたい。ヴァニタスだけで運べるぐらいにまでな」

 オズワルドは自分の役割をよく知っていた。全てのエネルギーが開放されたら、ヴァニタスと共にオズワルドもこの星を放り出されるのだろう。そうしたらソラに強制排除される事など目に見えている。誰もこの事をオズワルドには教えてくはくれなかったが、それが箱から勝手に出た元妖精王の未来なのだ。

 オズワルドの言葉にアリスは息を呑んだ。どうやらアリスもそれを知っていたようだ。それはアリス達を信頼したかったオズワルドにとっては知りたくなかった事実だった。仲間だと思っていた人間たちに裏切られた時よりもずっと虚しさを感じる。

 オズワルドは自嘲気味に笑って俯いていた顔を上げた。

「誰もが自分の生命を望んでいる。それは俺もだ。リゼと共に生きたい。そう願うのはそんなにも罪深い事なのか?」
「罪深くなんか……私……私は、オズとリゼのカップリングも大好きなんだよ……」
「?」

 意味が分からない、と首を傾げたオズワルドをアリスは睨みつけてきた。

「このバカチン! 私はカップリング厨を立ち上げた会長として、オズにそんな役をやらせる訳にはいかないって言ってるの! この世の全ては誰にでも何にでも幸せになる権利がある! だから私もずっと探してるんだよ! 良い方法を! それなのに何でオズが先に自暴自棄になっちゃってるの!?」
「……どうして俺が叱られるんだよ? 意味が分からない」
「叱るよ! 当たり前でしょ!? 自分が助かりたいから他の物はどうでもいいなんて考え方してたら、いつか自分が切り捨てられる側になるんだよ!」
「ふぅん。切り捨てられる側ね。生憎、それは生まれた時から味わってる。今度は俺が切り捨てる番だ」

 自暴自棄と言われたオズワルドが自分の境遇を思って自嘲すると、そんなオズワルドにアリスがさらに怒鳴った。

「ダメだよ! それをしたらオズはそれをした人たちと同じになっちゃうんだからね! その時点であなたの価値が下がる! リゼの側には居られなくなるよ!」
「……だったらどうすればいいって言うんだ! このまま消えるのが俺の価値か!?」

 価値が下がる。オズワルドはその言葉にとうとう怒鳴り返した。

 ではどうすればいいのだ? 皆の、世界の思う通りこのままオズワルドは大人しく妖精王に引導を渡されたら満足なのか。リーゼロッテと一緒に世界を回るという夢も、次もまた必ずリーゼロッテを見つけるという約束も果たす事も許されないのか。

 思わず怒鳴ったオズワルドにアリスはさらに追い打ちをかけるように怒鳴り返してきた。

「違う! オズは消えていい人じゃない! だから考えるんだよ! どうすればいいか、どうやったらオズとリゼがこれから一緒にいられるのかを! それなのに何で一人で全部片付けようとするの! バカなの!?」
「バ、バカにバカと言われるのか、俺は」
「バカはバカなりにあれこれ考えて生きてるの!」
「バカがいくら考えたってロクな答えなんて出ないだろ!? 俺には時間が無いんだ。そんな悠長な事は言ってられないんだよ!」
「だからって短絡的に異次元に放り込まなくてもいいでしょ!? 言っとくけどバカと天才は紙一重なんだから!」
「自分で言ってりゃ世話ないな、本当に!」

 オズワルドはそう言って手を振り上げた。それと同時に身構えたアリスとは裏腹に、それまでその場に居た人形たちが一斉に天井めがけて戻っていく。

 次にオズワルドが手を振り下ろすと、それまで暴れ倒していた妖精の樹がまるで何かに満足したかのように大人しくなった。
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