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第607話

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「その通りだ。そなた達と出会った時のレックスはまだ私の要素が強かった。話し方も態度も、レックスは私を真似ていたにすぎない。けれどそなた達と親密になるにつれて、レックスは本当の自分というものを構築していったのだろう」
「全然気づかなかった。自分の事なのに」
「人が変わるという時はそういうものだ。流れる水に削られる石のように少しずつ変化していく。それを成長というのだよ、レックス」
「せい……ちょう」

 体の変化は微々たるものでも、心は大きく変化していた。これが成長だったのかと気づいてレックスが思わず嬉しくなって微笑むと、ディノはレックス以上に嬉しそうに目を細めた。

「何だか私まで泣きそうになってきちゃった!」

 アリスではないが、色んな所に色んなカップリングが転がっている。そしてそういうのを見た時胸の中が熱くなるようなウズウズするような不思議な気持ちになる。これがカップリング厨か! などとアミナスが納得していると、横からレオがぽつりと言った。

「とりあえずディノを目覚めさせる事には成功しましたが、リゼはどうやって起こすのです?」

 ノアに言われた通り、とりあえずディノを目覚めさせる事には成功したけれど、この先どうすればいいのか分からない。

「それなんだよ。父さまはリゼを起こせって簡単に言うけど、その方法って誰か知ってる?」
「リゼはバラの刻印を持っていますが、それはアメリア達がつけた奴隷の刻印なのですよね?」
「そうらしいね」
「であれば、他の人達と同じように目覚めるはずなんですが……」

 奴隷の刻印を持っていて気を失っていたのは地下の子どもたちだけで、地上に居た人たちはカサンドラのように今もピンピンしている。地下の子どもたちも逃がす時に怖がらないように眠らされていただけのようで、実際は救出された後すぐに目覚めたそうだ。それでもリーゼロッテだけは今も目覚めない。

「ディノは何か方法知ってる?」

 ノエルの問いかけにディノは腕を組んで、ベッドの上で眠り続けるリーゼロッテを見て言った。

「姫は過度なエネルギーの負荷によって体力が著しく低下している。核へ行かなければ」
「それは……また父さま達との約束を破る事になっちゃうな」

 苦笑いを浮かべたノエルにレオとカイも頷いたが、アミナスだけは鼻息を荒くして言う。

「そんな事言ってる場合じゃないよ! このままだとどっちみち星が砕けちゃうかもなんだよ!?」
「それはそうだけどね、アミナス。よく考えて。星がリゼを目覚めさせる事が出来るって確証がある訳じゃない。それに核に万が一アメリアが来たら? オズが来たら? アミナスでも勝てないよ?」
「……それはそう……だけど……」
「父さまは僕に言ったんだ。初めの頃に。何かしようとする前に、解決策を沢山見つけろって。それが出来ない時は絶対に動いてはいけない。それは僕もそう思う。無茶をして何かあってからでは遅いんだよ」
「そうですよ、お嬢様。何とかしたいという気持ちは分かりますが、せめてオズがこちら側に戻ったという確証を得られるまでは動かない方がいいです」
「アミナスごめん、僕もそう思う。ノア達は僕たちにディノを目覚めさせたらそこから動くなって言ってた。リゼを起こすのにここから動かなければならないのなら、優先順位を考えてリゼの事は一旦保留の方がいいと思う」
「……うぅ……」

 ノエルとレオどころか、レックスにまで反対されたアミナスはその場に縮こまった。こんな時、アリスならどうするだろう? きっと無茶を言って動くに違いない!

「で、でも母さまだったら絶対に行くよ!」

 声を張り上げたアミナスに、とうとうカイがコイツマジかの視線を送ってくる。

「お嬢様、本気で言ってます? 確かにこんな時奥様は間違いなく動こうとするでしょう。しかし、結果としては旦那さまと父さんに止められるのが目に見えています。奥様は確かに無茶なお願いは沢山しますが、最終的には旦那様の決定に従います。なぜなら、この世で本当に一番怖いのは旦那様だからです」
「そうだよ、アミナス。だから僕の意見を聞けって言ってる訳ではないけど、この話を父さまにしたら、間違いなく叱られるよ?」
「え……」

 それは嫌だ。アミナスはニコニコしながらゆっくりねちっこく責め立ててくるノアを思い出して縦揺れしだした。

「皆、ノアは怖い」

 ポツリと言ったレックスに、子どもたちは全員頷く。そんな子どもたちをまるで観察するかのように見ていたディノが声を出して笑った。

「ははは! そなた達、怖い物があるのは良い事なのだぞ。それがなければ生物はあまりにも無謀になってしまう。すまなかった、少しだけそなた達の事を知りたくて意地悪をしてしまった。確かに姫の事を思えば核に行った方がいい。だが、今それをした所で姫が目覚めるとは限らないんだ」
「どういうこと?」
「姫の負担は核に行けば和らぐだろう。けれど、それで目覚めるかどうかは分からないということだ」
「リゼが目覚めるには核に行くだけじゃ駄目って事?」
「そうだ。姫が目覚めたいと自ら思わなければ、姫の眠りは妨げられない。姫を目覚めさせるには、姫がそう思うような何かが必要だということだ」
「星にはそれが出来ないのですか? 星は言わばリゼの親のようなものなのですよね?」
「どうだろうな。姫は転生を繰り返している。その度に自分が星の姫の魂を継ぐ者だと言う意識は薄れてしまっているだろう。そんな姫にたとえ親であったとしても星の呼びかけに姫が答えるとは思えない。それは私もそうだ。私の声も、今はもう姫には届かない」

 現にディノはリーゼロッテが目の部屋に運ばれてから今もずっとリーゼロッテに呼びかけているが、何の反応もない。それはリーゼロッテの魂がもうディノの事を求めては居ないということだ。

 ディノはそう言ってそっと視線を伏せた。認めたくないけれど、もしかしたらこれが自分への罰なのかもしれない。

「えっと……だとしたらリゼを起こせるのは一人しか居ないと思うんだけど……」
「オズ、ですね」

 オズワルドとリーゼロッテはお互い無意識かもしれないが惹かれ合っていたのだ。この状態のリーゼロッテを目覚めさせる事が出来るのは、恐らくオズワルドしか居ないだろう。

「だとしたら、やはり我々はここで待つべきです。オズがヴァニタスと引き剥がされるのを」
「そうだよね。それしか無いかも」
「でも大丈夫なのかな? だって、その間にヴァニタスがご飯一杯食べちゃうかもだよ!」

 そもそもリーゼロッテをこのタイミングでどうしても起こしたいのは、妖精王が開放した魂を一箇所に集めたいからだったはずだ。それなのに順番が逆になってしまっては元も子もないのではないだろうか。

 珍しくまともな事を言うアミナスにノエル達も頷いて考え込む。

「そうなんだよね……困ったな。とりあえずディノが目覚めた事は父さま達に報告しなきゃだね」

 ノエルはそう言ってスマホを取り出し、ノアにメッセージを送った。
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