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第608話

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「なぁ、ユアン達遅くね?」

 神妙な顔をしてテーブルを囲む仲間たちを見渡してカインが言うと、ハッとしたようにキャロラインが顔を上げた。

「本当ね。まさか何かあったのかしら?」
「何かって何さ。今地下には誰も入れないはずだけど? オズ以外は」

 青ざめるキャロラインにリアンが冷静に言うと、キャロラインはそれもそうだと思い直したのか、もう何度目かも分からないため息を落とした。

「大丈夫ですよ、キャロライン様! パパ達はきっと道にでも迷ってるだけだから!」
「いや、ユアンが地下で迷うなんて相当っすよ?」
「えー、でも私のパパだもん!」
「あ、なんか妙に説得力あるね、それ」

 アリスの言葉にリアンが言うと、仲間たちはようやく少しだけ笑うことが出来た。

「それにしても暇だね」

 ひとしきりアリスの方向音痴っぷりをネタに笑ってはみたが、何も動けない状態はもどかしくて仕方ない。

 テーブルに両肘をつきながらノアが言うと、途端にシャルルとカインが眉を釣り上げた。

「暇って、お前な」
「そうですよ! どうしてあなたはそんなにも呑気なのです?」
「だって、実際何もする事無いじゃない。地上はレプリカ組が頑張ってくれてるし、こっちは妖精王待ちだし、観測者も戻って来ない。僕たちに何か出来る事ある?」
「いや、無いけど……だからってお前、暇とか言うなよ!」
「そうですよ! せめて何か思案してる振りぐらいしててください!」
「シャルル、振りは駄目だろう、振りは。まぁでもノアの言う通り動けないのがもどかしくはあるな」

 腕を組んでそんな事を言うルイスに、仲間たちは今度こそ全員が頷いた、その時だ。突然ノアのスマホが部屋に鳴り響いた。

「あ、ノエルからだ。ディノは無事に目覚めたってさ。あー……やっぱそうなんだ」
「なんです? ノア」

 ノエルからのメッセージを読んで困ったような顔をしたノアにアランが問いかけると、ノアは皆に見せるようにスマホを机の上に置いた。

「リゼを今起こすのは難しいみたいだよ。どうやらオズの力が必要みたいだね」
「え、それはヤバくない?」
「まぁ順番が前後するだけだからそんな問題じゃないとは思いたいけど――どうだろうね」

 オズワルドとヴァニタスが離れた時点で果たしてエネルギーがどう動くのか、それが全く予測できない。

「万が一、ノア、万が一だぞ? ヴァニタスの元にエネルギーが集中してしまったら……どうなる?」

 オルトの言葉に仲間たちは全員顔を見合わせて顔面蒼白だ。そんな中、ノアだけはいつも通り淡々としていた。

「ヴァニタスがエネルギーを全部飲み込んでアメリア側について星が砕ける、もしくは何かの奇跡が起こってヴァニタスが正常に機能を取り戻す。どっちかかな?」
「……そうだよな」

 聞かなければ良かったと思いながら視線を伏せたオルトの肩を慰めるようにカインが叩いている。

「ところでオルト兄さん」
「なんだ?」
「そろそろあなたもレプリカに移動してください。あと、アルファさんも」
「ど、どうして?」
「何故ですか!?」

 突然の戦力外通告にオルトとアルファが目を丸くすると、ノアはきっぱりと言いきった。

「え、邪魔だから。計画はもう今更どこも変えられない。アルファさんは最後の犠牲にはならないし、オルト兄さんの頭脳もいらないからだけど?」
「……お、お前だけは本当に……」
「お、仰るとおりです……」

 あまりにもはっきりと言い切るノアに二人は黙り込んでしまう。

 長い沈黙が仲間たちの間に落ちた。今更どう足掻いても計画を捻じ曲げる事はもう出来ない。これは最終決戦なのだ。

 そんな長い沈黙を破ったのは、ここには居る筈のない人物だった。

「おや、君たちのこの覇気の無さはどうした事だろう?」
「アンソニー王!」
「珍しいですね、こんなふうにあなた達が落ち込んでいるのは」
「カールさんも!」

 アリスは突然の声に立ち上がって振り返ると、その場で飛び跳ねた。この二人がここに居るという事は、妖精王も戻ってきたということだ。

 そんな二人を見てノアが怪訝な顔をした。

「待って。僕、まだ手紙出して無いんだけど?」

 そう、まだこの二人にノアは戻れという手紙は出していない。それなのに何故この二人がここにいるのだ。それに、ニコラはどうした?

 怪訝な顔をするノアを見てアンソニーがいつものように爽やかに微笑んだ。

「いいや、君からの手紙はちゃんと僕たちに届いたよ。けれど事情を聞く限りどうやら一筋縄ではいかなさそうだと判断して、妖精王に頼んでここへ送ってもらったんだよ」
「つまり、未来の僕からの手紙を受け取ったということ?」
「そういう事だね。君は実に優秀だよ。これを見越して僕たちに手紙を書いたみたいだ。ノアからの手紙にはここで起こった事が書いてあった。未来の君たちがした事をこれから僕たちにしろという指示だ。そしてそれはもうすぐやってくる」

 言いながらアンソニーは部屋の入り口を見た。すると、廊下の奥の方から数人の声が近づいてくる。

「おいアーロ! 頼むからフラフラすんな! あとむやみに壁触んな!」
「俺が触った訳じゃない。犯人はニコラだぞ」
「僕じゃないよ! ていうか君たち初対面なのに馴れ馴れしすぎない?」
「全くだ。何が人見知りだ! 嘘も大概にしろよ!」
「嘘じゃない。俺は人見知りが激しい」
「パパ! パパの気配がする!」
「……」

 何だか声が増えている。アリスはだんだん近づいてくる声に聞き耳を立てていたが、明らかに声が2つほど多いし、そのうちの1つは聞いた事もない声だ。あともう一つ、少女のような声だけが無性に気になる。

「ねぇ、何か凄く楽しそうなんだけど。もしかしてあいつらピクニック気分なの?」

 その声に呆れたような顔をしたリアンを見て、ライラが苦笑いを浮かべてリアンの背を撫でながら言う。

「それよりも気になるのは女の子の声がした気がするのだけれど……」
「ライラにも聞こえた? 私にも聞こえたわ!」
「私もだ。地下にまだ残っている子がいたのか?」

 ライラの言葉にキャロラインとティナが顔を見合わせると、アリスがポツリと言った。

「多分……人間じゃない。この声……知ってる」

 どこかで聞いた声だ。

 けれどどこで聞いたか思い出せない。アリスの言葉にノアとキリが首を傾げた。

「人間じゃない聞いた事のある声って、ちょっと怖いこと言わないでよ」

 思わず突っ込んだリアンにアンソニーが不敵な笑みを浮かべた。

「いや、あながち間違いではないよ」

 そんな事を言いながらアンソニーが部屋を出て廊下を覗き込むと、声を張り上げる。

「君たち、時は一刻を争う! 急いでくれ」

 アンソニーがそう叫んだ途端、廊下から聞こえる足音が徐々に近づいてきたかと思うと、部屋の前でピタリと止まり勢いよく部屋に駆け込んできたのは――。

「パパ! お兄ちゃん! やっと見つけた!」
「!」

 見知らぬ少女に突然飛びつかれたノアはその場で固まった。

「!?」

 そしてその少女を見て名前を呼ばれたシャルも目を見開く。

「パ……パパ? に、兄さま? 一体どういう事?」
「え……いや、僕に聞かれても僕にも何がなんだかさっぱり……」

 珍しく動揺するノアを他所にアンソニーが少女に近づいてきた。そして少女の前でしゃがみこみ、にっこりと笑って言う。

「はじめまして、AMINAS」

 と。
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