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第630話

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「マズイね。皆、ここから一端引くよ」

 ノアは真顔で言うと荷物をまとめだした。それに倣って無言でリアンとオリバーが動き始める。

 ノアが理由も告げずに動く時は従った方がいいという事を長年の付き合いの中ですっかり学習しているのだろう。

 ノアは考えていた。リーゼロッテが起きるきっかけを与えるのは間違いなくオズワルドだと予想はしていたが、まさかオズワルドを助けるためにリーゼロッテが目を覚ますとは思っていなかった。

 いや、あれはリーゼロッテが目を覚ました訳ではない。目覚めたのは星の姫の方だ。彼女はもしかしたらヴァニタスの異変を感じ取ったのかもしれない。

 最悪の場合、このままでは恐らくリーゼロッテが犠牲になり、オズワルドは間違いなくキレる。

 それをどうにかする算段をつけなければ、最悪オズワルドによってこの星は破壊されてしまうだろう。

 ノアはパチリとモニターの電源を落とした。それを見て仲間たちはギョッとした顔をする。

「おい! ノア、何も消すことはないだろう!? 逃げる前にリゼを助けないと!」

 憤慨したルイスにノアはピシャリと冷たく言い放つ。

「そっちはもう手配してあるよ。いいから早く。ここは安全じゃない。ディノもレックスもだよ。君たちだけはあちらに奪われる訳には絶対にいかない」

 珍しく真剣なノアの顔を見てアリスとキリも動き出す。

「分かった。どこに向かう? 兄さま」
「核かな。あそこは流石の初代妖精王も入れない……って、信じたい」
「万が一の時の為に私達で結界を張りましょう。初代妖精王とヴァニタスの前では無意味かもしれませんが」

 シャルルが言うと、アランとシャルも頷く。それを見てカインが言った。

「いや、十分だ。ありがとう、三人とも。で、俺たちは核に行ったらどうするんだ?」
「アメリアの動向を探る。観測者さん」
「あら、なぁに?」
「あなたはあの妖精王の本みたいなのは無いの?」
「もちろんあるわ。アメリアを探すの? でもざっくりとした場所しか分からないわよ?」
「そうなのですか? 以前オズはお嬢様をあの本で探し当てていましたが」
「妖精王の本は真名書と言って生物全ての本当の名前が載っているの。だから誰がどこに居るか探すことも可能なのだけれど、私のはそうじゃない。追ってる人しか場所は特定出来ないのよ。それ以外の人たちはざっくりとしか分からないわ」
「それでもいいよ。アメリアを探してみてくれる?」
「ええ。ちょっと待っててね」

 観測者はノアに言われるがまま本を取り出してアメリアを探した。すると、アメリアは星の地表には存在しない事になっている。

「地上には居ないわ。検索が出来ないもの」
「では、地下と言う事ですか?」
「そのようね。でも地下は今妖精王ちゃんの許可が無いと入ることが出来ないはずなんだけど……」

 不思議な事が起こっていると思いつつ観測者が本を仕舞うと、キリがノアに尋ねた。

「またあの坑道でしょうか?」
「いや、どうかな。アメリアに初代妖精王の力が味方しているのだとしたら、地下に入る事も可能かもしれない」
「ノア、それはどういう事だよ?」
「妖精王の力の源は全てソラだからだよ。ディノの加護しか無かった人たちにとって地下は唯一の住処だった。それはディノの魔力と共鳴してたからだよね? でも今は違う。ディノの管理から妖精王の管理になった。マズイな……もしかしてアメリアは最初からこれを狙ってたのか……?」
「これって何なの?」

 リアンが尋ねると、答えてくれたのはアンソニーだった。

 アンソニーは腕を組んで考えをまとめるかのように話し出す。

「地下の管理が妖精王に移る事だよ。ノアの言う通りかもしれない。アメリアは何らかの方法で初代妖精王の力を手に入れようとしている。それは恐らくヴァニタスが開放される事で完成するんだろう。君たちも見たように、ヴァニタスには初代妖精王の魔力が留められている。それを一旦オズワルドと融合させ、初代妖精王の魔力開放のスイッチを押したんだ」
「それは……相当ヤバいんじゃないんすか?」

 オリバーの言葉にノアは頷く。

「相当ヤバいよ。しかもリゼがあちらに向かってしまったし。僕の考えうる最悪のシナリオはリゼが犠牲になってオズがブチギレてヴァニタスを消滅させてしまう事だよ。流石にそれはしないと思いたいけど」

 オズワルドにも理性は残ると信じたいけれど、もしも自分がオズワルドならどうするだろうと考えると、確実にヴァニタスなどどうでもいいと考えるだろうから、あまり期待は出来ない。

「でも、どうして彼女にそんな事が出来るのでしょう? それに開放された初代妖精王の魔力が何の関わりも無いアメリアに従いますか?」

 魔力の本質を理解しているアランが不思議そうに首を傾げると、シャルルも隣で頷いているが、そんな意見を否定したのはシャルだ。

「彼女にはバラがあります。初代妖精王が最初の聖女に捧げたと言うバラが。魔力にはそれぞれ眷属という概念がありますよね? それに従うのであればアメリアは初代妖精王の眷属になる訳です。そして初代妖精王には体が無い状態です。だとすれば自分の力をアメリアに預ける事は必然でしょう」
「……そうだった……あいつはモルガナからバラを奪ったのだったな……」

 ルイスは視線を伏せてポツリと言った。レプリカへ移動した後、ルカから入った一報を思い出したのだ。

 背中のバラを無理やり剥がされたモルガナは、結局レプリカに移ってすぐにポリーを始めとする医師団の治療も虚しく亡くなってしまった。その最後は壮絶で、あのポリーですら目を覆ったという。

「モルガナは何よりも死を恐れていた。それは俺がスパイをしていた頃からだ」

 何かを思い出したかのようにアーロが言うと、ユアンとアンソニー、カールも頷く。

「彼女はなかなか壮絶な最後だったようだが、まだ誰かに看取られただけマシだよ。歴代のバラの持ち主は最後の時を一人で過ごさなければならなかったそうなんだ。それは、モルガナのように壮絶な死が迎えにくるからだと言われていたよ」
「それは違う、アンソニー。私は幾人もの聖女達の末裔を見てきたが、非業の死を遂げたのは実際には数人しかいないのだ」

 アンソニーの言葉にディノが静かに語り始めた。ディノがまだ幼い頃、初代妖精王が聖女にバラを与える瞬間を隣で見ていた。

「初代妖精王は最初の聖女を愛していた。彼女は教会の掟を守りとうとう最後まで初代妖精王の伴侶になる事はしなかったが、そんな彼女に初代妖精王は願いが叶うバラを授けたんだ。彼女はそのバラを最初は拒んだ。それは人の理に反する、と。けれど結局彼女はそれを受け入れたのだ。その時、市井には謎の病気がまん延し、ありとあらゆる生物が死に絶えていた。彼女はそれを収める為にそのバラを受け取ったのだ」
「……それって、自分が犠牲になるかもしれないっていうのも分かってたって事?」

 アリスが神妙な顔をして言うと、ディノは静かに頷く。

「彼女は真の聖女だった。バラを使い、世界に蔓延っていた病を封じた。それを知った初代は悲しんだ。どうして自分の為に使わなかったのか、と。けれど彼女は言った。間違いなく自分の為に使ったのだと。聖女は生物が目の前で息絶えていくのをこれ以上見ている事は出来なかったのだ。結局、聖女は祈りと引き換えに穏やかに眠りにつくように息を引き取った。初代妖精王の腕の中でな」
「待ってくれ。聖女は生涯独身だったのか?」

 何かに気付いたようにティナが言うと、ディノはコクリと頷いた。それを聞いてキャロラインが口元を覆って青ざめる。

「だとしたら、アメリアは誰の子孫なの?」

 キャロラインの問いかけにディノが視線を伏せた。何か事情があるのか、その顔がどんどん険しくなる。そんなディノにレックスが言う。

「ディノ、もう全て話してしまって。僕たちは過去に囚われすぎた。仲間たちは皆未来を描いているのに、僕たちだけずっと同じところをぐるぐるしていたんだ。でも、それはもう止めよう。もしかしたらそこに何か解決に繋がるヒントがあるかもしれない」
「レックス……そうだな。過去は過去だ。私はもう初代妖精王の眷属ではない。あのリセットの日、初代妖精王は私を眷属から切った。当時は見捨てられたのだと思ったが、今思えばもしかしたらあれは開放だったのかもしれないな」

 そう言ってディノは大きく息を吸って吐き出した。

「今からする話は賢者の石にも登録されなかった。私と初代だけの秘密だ。そしてこれをヒントに私はレックスを創る事が出来たのだ」
「……」
「はは、そんな顔をしないでくれ、レックス。恐らくノアやシャルは想像がついているのではないだろうか。当時、初代はホムンクルスという技術を使ったのだ」
「なんだ、それは。ノア、分かるのか?」

 ルイスの問いかけにノアはさほど不思議そうな顔もせずにコクリと頷いた。

「分かるよ。でもどちらかと言うとホムンクルスというよりはクローンじゃないかな。簡単に言うと、生物をそのまま複製する技術だよ。ホムンクルスって言うのは錬金術で創る人造人間の事」
「どう違うのです?」
「ホムンクルスは一から人間を創るけれど、クローンは元のオリジナルを模倣して創るんだよ。アリスとかシエラさんみたいな存在だね」
「……なるほど。よく分かりました」

 さらりとそんな事を言うノアを睨みつけながら複雑な思いでシャルルが頷く。
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