上 下
655 / 746

第653話

しおりを挟む
 あちこちで問題が発生している中、アーロ、ユアン、エリスのチームは比較的穏やかな時間を過ごしていた。

「ところでユアン」

 アーロは出動命令が出るまで体力を温存させるべく、近くにあった洞穴の中の大きな石に腰掛けながら言うと、それまで外を見渡していたユアンが振り返りもせずに返事をしてきた。

「なんだよ」
「一つ聞きたいのだが」
「ああ」
「お前、結局のところリサの事はどう思っていたんだ?」
「ぶふっ!」

 アーロの隣でエリスも同じように体力を温存しようと座ってお茶を飲んでいたのだが、突然のアーロの爆弾に思わず口に入っていたお茶を全て噴き出してしまった。

「汚ねぇな。ほら、使えよ」
「あ、ああ、ありがとな」

 ユアンに差し出されたハンカチで口元を拭いながら出来るだけ平静を保とうとするエリスを無視して二人の会話は続く。

「突然何だよ」
「突然ではない。ずっと考えていた事だ」
「別に何とも思ってねぇよ」
「嘘だな。男女の愛では無いにしても、それなりに好意はあったはずだ」
「そりゃ、多少はあったさ。でなきゃそもそも結婚なんかしてねぇよ。でもそれは他の奴らよりはマシってだけだ」
「なるほど。では、別に俺が憎いから復讐の為だったという訳ではないんだな?」
「それこそ何の話だよ!」
「……」

 いたたまれない。エリスはそんな事を考えながら出来るだけ二人の会話を聞かないようにしようと務めるが、それは無理である。

「お前は学生の頃から俺に好意があったという事はもう色んな所から聞いている。それがいつしか憎しみに変わったという事もな」
「ごほっ!」

 それを聞くのか? 本人に? エリスは俯いたまま視線だけをユアンにやると、案の定ユアンの顔は真っ赤だ。熟れた林檎よりも赤い。これは照れなのか怒りなのかどちらの赤面だろう。

「お前、自意識過剰も大概にしろよ!? エリザベスに手を出したのは、あくまでも作戦の一貫だったからに決まってんだろ! 大体いつまで俺がお前の事を好きって話になってんだよ!」

 もちろん今もだが、それは癪なので言わない。

 ただ、以前のような恋情ではない事は最近アーロと話しているとよく思う。

 いつだったかアンソニーがもっとアーロと話しをするべきだと言ったのは、もしかしたらユアンの中のアーロの存在をもう一度見つめ直すべきだという意味だったのかもしれない。

「違うのか? お前は俺と同じ元はバレンシア家だ。バレンシアの人間は一途が売りなんだが」
「知らねぇよ、そんな事! たとえ俺が元々バレンシア家だったとしても、そんなもん個人調べだろうが! バレンシア家のヤバい所はな、そういう所だぞ!」
「そういう所とは?」
「主語がでけぇんだよ! どうやったらそんな風に思い込めるんだ。不思議でしょうがない」
「……」

 それはその通りだ。エリスは深く納得したように頷くと、アーロはきょとんとした顔をして首を傾げた。

「どうしてだ? 一人の人間を生涯愛するのはそんなにも難しい事か?」
「いや、それは論点がズレてんだ。俺が言ってんのは、お前がそうだからって俺もそうだと思うなよって事だよ。あとその論法でいくと、俺が未だにお前に未練タラタラみたいに聞こえんだろうが」
「それこそ違うのか?」
「ごふっ!」

 頼むから! もう止めてやってくれアーロ! エリスは心の中で叫びながらどんどん縮こまる。もう一時も早くこの場を離れたい。

「ちげぇよ! 何なんだよ! お前、俺をどうしたいんだよ!?」
「別にどうしたい訳ではない。万が一お前がリサに好意があったのなら、俺たちはライバルになるな、と思っただけだ」
「お前とライバルになんてなる気ねぇから安心してろ。あと、俺にエリザベスの事でマウントとっても無駄だぞ」
「マウントなど取った事ないだろう? そう言えば唐突に思い出したんだが、アリスが以前バレンタインだと言ってチョコレート菓子をくれたんだ」
「……突然何の話だよ」
「バレンタインというのは、愛する者に贈り物を送る尊い日らしい。それを聞いた俺はもちろんすぐにリサに贈り物をしたが、もうすぐその時期だな」
「だから! 突然何の話なんだよ!? あと、それをマウントっつうんだよ! エリザベスが駄目だからアリスで、とか思ったんだろ!?」
「ユアン……お前、学生の頃からこれを相手にしてきたのか?」

 哀れみの視線をユアンに向けると、ユアンは疲れ切った顔をして無言で頷いた。それを見てエリスは何だか一気にユアンと親近感が持てた。

 アーロのこのトンチンカン振りはアリスとどことなく似ている。こちらの話を聞かず、どんどん一人で話を進めていくのだ。

 アリスにはまだノアとキリが居たが、アーロにはきっと誰も居なかったのだろう。孤高のアーロというあだ名はその容姿もあったのだろうが、間違いなく性格も大いに関係していたに違いない。

「まぁな。こいつと話してるとイラっとするだろ?」
「いや、まぁ……そういう事もある……かもな」

 本人を目の前にして流石にはっきりとは言い切れなかったが、エリスは曖昧に頷いて苦笑いを浮かべる。

「何故だ。俺にとっては日常会話なんだが」
「お前の日常会話はエリザベスの事か、明らかに義理って分かる天気の話ししかしねぇじゃねぇか」

 人見知りだと言うだけあって、アーロは昔からほぼ天気の話しかしない。それに戸惑った同級生を幾人も見てきたユアンだ。

「もしかして孤高のアーロってあだ名つけたのはユアンなのか?」
「おお、よく分かったな。こいつこんなだから浮くんだよ、どこ行っても。だからいっそ、孤高ってつけときゃ誰も話かけないだろうって思ったんだよ。そうしたら下手にアーロのマウント会話で嫌な思いをする事も無いし、こいつだって無理に天気の話題を何度も馬鹿みたいにしなくて済むだろ?」
「何て良い奴なんだよ! お前!」

 ユアンに一気に親近感が湧いてきたエリスが思わず涙を拭う振りをするが、当の本人はどこか不服そうだ。

「失礼な。俺はお喋り上手だし聞き上手だ。リサにいつも言われるぞ」
「そりゃあっちはお前以上に喋るからな。お前が口挟む隙がねぇんだよ。お前とまともに話せるのなんざ、エリザベスとハリーぐらいだろ」

 ユアンが言うと、途端にアーロが眉間にシワを寄せた。

「ハリーを知ってるのか? 何故?」

 ハリーはアーロの従者だが、学園には連れていなかった。それなのに何故ハリーの存在をアーロが知っているのか。

 突然鋭くなったアーロの視線にユアンは頭をかいてため息を落とす。

「何故って……ああ、ヤバ。口が滑ったな」
「口が滑ったとは? まさかとは思うが、ハリーはお前と繋がってたのか?」
「まぁな。そもそもハリーは元々スチュアートの人間なんだよ」
「……は?」

 突然のユアンの言葉にアーロは珍しく固まった。そんなアーロにユアンは言う。

「ハリーはお前らバレンシアを監視する為に送り込まれたスパイだ」
「なるほど。それで?」
「あいつは元々バレンシアに隠されている古代の技術を盗み出す為に送られたが、あいつがついた任務は手違いでお前のお守り役になったんだよ」
「ほう?」
「後になってハリーが言ってたが、多分バレンシアには最初からバレてたんだ。だからお前のお守りをさせてた。きっとバレンシアの奴らはハリーがいつか改心すると思ってたんだろ。まぁ、実際その通りになった訳だが」

 元々雇われスパイだったハリーは、ユアンにスチュアート家とバレンシア家の待遇の違いが凄すぎると手紙に書いて寄越した事があった。

 その頃には既にユアンはスチュアート家を陥れる為に動いていたので、それをどこかから聞きつけたハリーとも必然的に親交を深める形になったのだ。

「なるほど。では俺はずっとハリーに騙されていたのか」

 ユアンの話を聞いてアーロが深い溜息と共に言うと、エリスが慌てたように言う。

「そ、そんな顔すんなよ! そりゃ騙されてたのはショックかもしれんが」
「いや、別にショックではない」
「ん?」
「俺が見抜けなかった間抜けだと言うことにショックは受けているが、別にハリーがスパイだった事には特に何の感想もないな」
「……マジか」

 それを聞いてエリスがポカンと口を開けた。自分であれば近しい人物から裏切り者が出たら真っ先に怒りそうなものだが、どうやらアーロはそうでもないらしい。

「それに結果として全て上手くいったんだから、帰ったらチクチクと言葉責めをするぐらいで済ませておこう」

 真顔でそんな事を言ったアーロを見てユアンは腕を組んで苦笑いする。

「な? 大らかなのか心が狭いのか良く分かんねぇだろ? でも多分、これがこいつの良いとこなんだよ。唯一のな!」
「何故いちいち念を押すんだ。俺には長所しかないぞ」
「自分で言ってりゃ世話ねぇよ。お前が長所だらけだったら、俺なんて聖人だぞ」
「……お前らってさ、大親友なんだな」

 顔を突き合わせて喧嘩を始めた二人を見てエリスはため息をついてお茶を飲んだ。洞窟の外では激しい雷が鳴り始めていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,614pt お気に入り:1,563

限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:1

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,867pt お気に入り:1,875

B型の、B型による、B型に困っている人の為の説明書

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:6

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,062pt お気に入り:4,073

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,036pt お気に入り:825

追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:3,603

処理中です...