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第661話

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『はいはぁ~い』
「あ、観測者さん。何も考えずにちょっとアリスとルイスの人生の冒頭だけ追ってみてくれる?」
『なぁに? 突然』
「ちょっと調べたい事があって。冒頭だけでいいよ。そうだな……産声を上げたぐらいまででお願い」
『何なのよ、もー! ちょっと待ってなさい』

 そう言って切れたスマホをノアが仕舞おうとすると、そこにすぐさまルイスから連絡が入った。

『何だか分からんが読み上げるぞ。その日、空は曇天だった。次第に雨風が強まり、空には曇だと言うのに三重の虹がかかった。これは吉兆か、はたまた凶兆か、それは誰にも分からなかった。虹が消えた頃、バセット領のバセット家に、家を揺らすほどの産声を上げたのが、アリス・バセットである。次は俺だ。天気は快晴、風は穏やかで、日差しは冬にも関わらず柔らかで暖かい日だった。ステラは前夜から苦しみに耐えていた。ルカは心配そうにステラに寄り添い、額の汗をこまめに拭って手を握っていたが、それでもステラの苦しみは少しも拭えない。ルカはどうしてステラがこんな思いをしなくてはならないのかと自問自答を繰り返していた。こんなにもステラが苦しむ必要があるのならば、子どもなどいらない。そう思った時、とうとう自分にそっくりのルイス・キングストンが控えめな泣き声と共に生まれ落ちた。そして後悔する。ステラがルイスを抱きしめて嬉しそうに泣くのを見て、一瞬でもそんな事を考えてしまった――なぁ! これ、俺は一体何を読まされているんだ!?』

 とうとう耐えきれなくなったのか、ルイスが叫んだのと同時にノアは「やっぱり」と呟いて、ルイスにお礼だけ言ってスマホを切った。

「何がやっぱりなの? 兄さま」
「おかしいんだ。アメリアの人生は何故かモルガナの妊娠から始まってる。これって――」

 それだけ言ってノアは妖精王を呼びつけた。

「おい! 我をいつも軽々しく呼びつけるのはお主ぐらいだぞ!」
「ごめんごめん。ねぇ妖精王、君たちの錫杖って誰でも扱えるの?」
「そんな訳あるまい! 開放の為の呪文と、錫杖の持ち主の加護が必要不可欠だ」
「なるほど。それじゃあその加護を持ってない人がそれを使えばどうなるの?」
「いずれ飲み込まれるぞ。錫杖は言わば血との契約なのだ。その血が流れていない者が使えば、使った全ての魔力は使った本人に跳ね返る。それがどうした?」
「そっか。それじゃあもしかしたらアメリアは自滅するかも」
「は?」
「アメリアは、初代の聖女の血を引いていないかもしれない」
「なん……だと?」
「ここを見て欲しいんだ。アメリアの一生を生まれる前から今までの人生を観測者さんが書き出してくれたんだけど」
「そ、そんな事が出来るのか、観測者は!」

 自分たちに錫杖があるように、観測者にも何か特別な物があってもおかしくは無いと思ってはいたが、まさかそんな事が出来るとは思ってもいなかった。

 妖精王は感心しながらもそれを読んで首を捻る。

「なかなか波乱万丈な人生を送っているな、アメリアも。で、これがどうした?」
「観測者さんに他の人でも試してもらったんだけど、アメリアだけなんだよね。モルガナの妊娠から始まってるの」
「ふむ。それはアメリアの魂がその頃から数奇な運命を辿る事を物語っていたのではないか?」
「それはそうだね。そしてこれを見る限り本物のアメリアは、もしかしたら本物のモルガナと一緒にこの川に落ちた時に死んでるのかも」
「どういう事だ?」
「観測者はアメリアの人生を追ったんだよ。少なくともこの手紙から分かるのは、観測者が認識しているアメリアは二人いる。一人はモルガナが妊娠中に一緒に川に落ちたアメリア。それからもう一人は今のアメリア。この二人は別人の可能性があるって言ってるの」
「何だと!? では、あれは誰なのだ!」
「知らない人。いや、アメリアに取って代わった人」
「でもさ、変態。それって証拠がなくない?」
「証拠は無いね。でも一つだけこれで謎が解けるよ」
「なに?」
「モルガナがどうしてあれほど死を恐れたかって事」
「それはあれでしょ? 負の願い事をしたからバラのお仕置きがあったんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど。そもそもモルガナの願いは叶ったのかな?」
「え……?」
「モルガナの背中のバラは開く寸前にアメリアに移った。だからモルガナの願いは叶っていない。それでもモルガナは酷い死に方をした」

 ノアの言葉に仲間たちはハッとした。

「ほんとっすね……モルガナの願いは何だったんすかね……」

 今となってはそれはもう分からないが、少なくともモルガナの願いは果たされてはいない。何故ならバラは願いを叶える前にアメリアによって無理やり毟り取られてしまったのだから。

「もしかしたらモルガナは、バラに自身に降りかかるであろう錫杖の呪いを解かせようとしていたのか? けれどそれを叶える前にアメリアにバラを奪われたというのか?」

 妖精王の言葉にノアは頷いた。

「さっきの妖精王の言葉が正しいのなら、あの錫杖は初代聖女の末裔でなければ使いこなす事は出来ない。それ以外の者が使えば、使った全ての魔力が呪いになって使った本人に降りかかるんでしょ? モルガナは自分が悲惨な死に方をする事を知っていた。つまり、錫杖を使った事があるって事だよね?」
「何故そんな事に……偽モルガナがバラ欲しさに聖女の末裔を名乗ったのか?」
「それは分からないけど、その地位を乗っ取ろうとした人が居たことは確かだよね。モルガナが死んだことでバラは誰かの背に移り、その誰かをモルガナとして崇めた。初代聖女の末裔は、最後まで高潔だったのかもしれない」
「でもそれはなかなかの賭けっすよ。だって、誰の背中にバラが移るか分かんないんすから」

 オリバーの言葉にアリス以外が頷いた。アリスはと言えば、あまりにも不憫なモルガナの人生に鼻を鳴らしている。

「そっかぁ……本物のモルガナはバラも錫杖も守ろうとしたのかぁ……それは可哀想だな……」

 何気なく言ったアリスに、ハッとしてノアが振り向く。

「アリス、今何て言った?」
「え? 本物のモルガナはバラも錫杖も守ろうとしたのかなって」
「それだよ! 錫杖を使ってモルガナから自分にバラを移したんだよ、偽モルガナが!」
「そう言えばモルガナは幼い頃に攫われているのだったか? その時のモルガナは本人だったという事か?」
「多分ね。本当のモルガナは新教会の為だけに攫われ、利用された。割と早い段階で錫杖も取り上げられてたのかもしれない。けれど高潔な初代聖女の魂は教会の思い通りにはならず、教会はモルガナが妊娠したのを機に他の誰かとすげ替えようとした。わざわざ転落って表現してることから、恐らくこれは誰かが突き落としたんじゃないかな」
「では錫杖の呪いを新教会の人間はその時点で知っていたという事か?」
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