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第680話

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 世界は混沌としていた。アメリア軍はアメリアがどんどん増殖させていくおかげで減るどころか増えるばかりだ。このままでは埒が明かない。

 ノアがチラリとアリスを見ると、流石のアリスにも疲れが見え始めていた。

「ノア!」

 後ろから声が聞こえて振り返ると、そこにはエリス達がいる。

「皆! どうしたの?」
「敵が分散しすぎてもうどうにもならない! こうなったらもうアメリアを倒さない限り無理だ! 他の仲間にも連絡した。すぐに集まってくると思う」
「分かった。まぁ確かにこのままじゃどうにも出来ないね」

 ノアの脳裏にふと、最悪のシナリオが過る。このままではノアはやはり最終地点からアンソニーに手紙を送る事が出来なくなってしまうのではないだろうか、という不安が。

 けれど、そんなノアの不安など一掃するかのようにアリスが空を指さして叫んだ。

「我が女神がやってきたぞ! これで勝ったも同然ですな! はははははは!」

 皆がゴリラに見えるのに、ノアとキリ、そしてキャロラインだけはいつだって人間に見える。

 アリスが叫ぶと同時に、どこからともなくシャルル達もやってきた。

「メッセージを読みました! ここに居たのですね」
「前方50キロメートル辺りからアメリアは妖精と共に真っ直ぐこちらに向かってやってきています。どうやら海を目指しているようですね」

 シャルの言葉にノアは頷く。

「海、か。源の木に向かっているみたいだから、地上から行くとしたら海の中から向かうのが妥当なのかな」
「そんな呑気に構えてる場合じゃないぞ、ノア」
「ルイス、君まで来たの」
「と、当然だろう! キャロライン一人を危ない目に遭わせられるか!」
「とか言って聞かないからさ、とりあえず連れてきたんだけど、今どうなってんの?」

 絶対に行くのだと駄々をこねたルイスを仕方なく連れてきたカインが言うと、ノアは腕組をしてため息を落とす。

「どうもこうもないよ。アメリアは調子に乗ってオズの真似して兵士を量産してるよ。あれ、使いすぎるとヤバいと思うんだけどなぁ」

 そう言ってノアは妖精王の錫杖を思い出した。

「そうなん?」
「そうだよ。どうして妖精王は普段からあの錫杖を使わないんだと思う? 使いすぎるとその反動がヤバいからだよ。バラがその負担をいくらか軽減していたとしても、元はバラだって恐らくあの錫杖で創られた物でしょ?」
「確かにそうだよな。肩代わりをするっていうよりも、分担させるだけって事か。え、アメリアまじで放っておいても破滅するんじゃね?」
「多分、いずれね。でもさ、その前にこれ以上ぐちゃぐちゃにしてほしくないんだよ。こっちにだって限界はある。これ以上長引いたら、それこそレプリカの皆が持たなくなる」

 星だけが残ればいい訳ではない。人や生物が居てこそなのだ。

 ノアの言葉にカインは頷いた。

「で、こっから先の作戦は?」
「妖精王達の報告待ち。でもシャルの言葉で少なくとも古代妖精のうちの一体は失敗したっていうのが確定した」
「マジか。はぁ、上手くいかねぇな」

 もはやこれ以上何をどうしたらいいのだ。そんな事を考えていたその時、突然キャロラインが叫んだ。

「皆! しゃがんで!」

 その声に全員がハッとしてその場にしゃがみむ。その瞬間、頭の上を金色の光が通過していった。

 その光景を見たアランがずり落ちそうになった眼鏡をかけ直してポツリと言う。

「まさか、地上の全てを見境なく薙ぎ払うつもりですか!?」
「そのまさかだよね、どう考えても」

 リアンは言いながら膝を叩いた。すると、またキャロラインが叫ぶ。

「またよ! きゃあっ!」

 キャロラインを乗せたニケが、さっきよりも太い幅の光を避けようと身を翻した途端キャロラインの体が大きく傾いだ。

 それを見てアリスが一目散に光に向かって駆け出して行く。

「アリス!」

 それを見てノアは思わず立ち上がろうとしたが、腰を思い切りキリに押さえつけられてそれは叶わなかった。

「キリ! 離して!」
「駄目です! またあなたは同じことを繰り返すつもりですか!」
「っ!」

 アリスが居なくなったら、この世界に居る意味など無い。ノアはそんな事を考えながらギュッと目を瞑ったその時だ。

「そいやぁっ!」

 アリスは剣を地面に突き刺してそれを駆け上がると、全身のバネを最大限に使ってキャロラインを受け止めた。そしてそのままキャロラインをティナの方に力一杯放り投げる。

「アリスっ!」

 キャロラインはアリスに放り投げだされて宙を舞っている状態で落ちていくアリスを見下ろして叫んだ。もしもここでアリスに何かあったら、作戦は確実に失敗する。それ以上にアリスが居なくなるのは嫌だ。

 キャロラインはスローモーションのように逆さまになって落ちていくアリスを見ると、アリスはこんな時でもいつもの調子で叫んだ。

「推しの幸せは! オタクの幸せ! ですぞ!」

 そう叫んでアリスは考えた。心残りは山程ある。ノアの事、子どもたちの事、領地の事、作りたかった物だってまだまだ一杯だ。それでも、仲間が欠けるのはもう嫌だった。前回のような想いをもう誰にもしてほしくない。

 だから! アリスは! 諦めない! 最後の瞬間まで、絶対に諦めない!

 あの金色の光にさえ当たらなければそれでいい。アリスはポケットの中から真新しいドラ笛を取り出して思い切り吹いた。

 そしてはためくドレスを手繰り寄せてムササビのように裾を広げ、少しでも空気抵抗を作る。逆さまに落ちているのでキャロラインからはアリスの足とパンツしか見えないだろうが、今はそんな事には構っていられない。

 すると、それまでじっとアメリアに見つからないように雲の上に隠れて地上の様子を見ていた真っ黒のドラゴン、ドンが物凄い速さで滑空してきた。

 金色の光まであと僅か、ドンが速いか光が早いか、光はもうアリスの直ぐ下を通過していた。
 
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