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第679話

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 それを聞いていたテオがライアンを押しのけて言った。

『話は分かった。ディノ、一歩引くのも親心だってうちの父さまと母さまは言ってたよ。そうやって姉さま達のやる事を見守ったって』
「……」
『それに、ジャスミンとローズが二人同時に同じお告げを出してきたんだ。これはもう、やるしかないよ』
「……」
『ここで失敗したら今度はアメリアが星を丸焼けにしちゃうかも~』
「!」
『あらあら、それは大変ね。だって、ディノはまだパスタしか茹でられないのよ?』
『こ、こら! 二人共! そんな訳だから、俺たちからもお願いだよ、ディノ。レックスと同じ時を俺たちに過ごさせてよ』

 レプリカの子どもたちは、そう言って誰からともなく頭を下げた。それを見てこちら側の子どもたちもディノに頭を下げてくる。

「……レックス、お前は今、幸せか?」
「うん、とても」

 たった一人で色んな所をディノの目をして歩き回った。美しい場所や醜い景色も全て見てきた。そんなレックスは、ようやく居場所を見つける事が出来たのだ。

「これは僕の物語だ。最後の決断は、自分の心に従いたい」
「……そうか」

 レックスの目は真剣だった。青いラピスラズリで出来た瞳の奥に輝く、金色の光が期待に瞬いたのをディノは見た。

 ディノはゆっくり目を閉じて深呼吸すると、胸の奥がチクチクするのを堪えながらレックスを見つめてその胸を指さした。そして静かに言う。

「賢者の石よ、そなたの役目は終わった。今まで長い間、本当にご苦労だったな。そなたに与えた私の魔力を私に返還しておくれ」

 ディノの言葉に反応したように、突然レックスの服の間から眩い光が漏れ出した。

「レックス、苦しくはないか!?」

 創った時と同じように光を放ったレックスに思わずディノが問いかけると、レックスはおかしそうに笑って頷く。

「そんな顔しないで、ディノ。僕は大丈夫。君の中に還るだけだから」
「!」

 レックスはそう言ってディノに手を伸ばしてきた。その手を取ったディノは、堪らなくなってレックスを抱き寄せる。

「ありがとう、ディノ。僕を蘇らせてくれて、本当にありがとう。おかげで僕は普通の人には味わえないような体験が沢山出来たよ。そして、信頼出来る友人も沢山出来た。僕はディノの元に生まれて来る事が出来て本当に……幸せだった」
「レックス……私の息子……たった一人の……私の子ども……」

 伴侶を作らずに過ごしたディノの、唯一で最愛の息子、レックスは笑顔を浮かべて満足気に頷いた。そして振り返り、子どもたちに向かって大きな声で言う。

「皆、またいつか!」

 本当は離れるのは寂しいし、これからどうなるのか不安が無くなった訳でもない。
 けれど、レックスの心はもう決まっていた。

 レックスはこの星が好きだ。この星に住む皆も好きだ。だからもう迷わない。何よりも最後までディノの息子として生きられた事を、レックスは誇りに思うことが出来た。

「レックス、僕は何も心配してないよ。ここから先は僕たちが頑張るから、応援してて」
「レックス、私はオズとばっかり居たからあんまり一緒に遊べなかったけど、戻ったら色んなお話を聞かせてね」
「レックス、戻ったらまずはお嬢様にまつわる教本をお渡ししますので、それを一週間で丸暗記してくださいね」
「その後は私が実技の稽古をつけますので、もしも予定よりも早く戻ってきてしまったら、走り込みをしておいてください」
『お前らは鬼か! 戻ったらまずはバーベキューだぞ! レックス』
『そう言って何かにかこつけてバーベキューをしようとするな、ライアンは。レックス、そういう訳だから、戻ったらまずはこっちに来てくれな』
『君たちは本当に好き勝手言うね。レックス、次に戻る時は君は生身になってるんだから、まずはポリーさんの所に行ってそれから――』
『テオ、今はそういうのはいいのよ。レックス、待っているわ。また遊びましょう』
『落ち着いたらね~うちの領地にも遊びに来てね~冷たいお菓子い~っぱいあるよ~』

 代わる代わるにレックスに仲間たちが声をかけてくる。

 最後にアミナスが涙目でレックスの服を握りしめて見上げてきた。

「レックス、またね! ずっとずっと待ってるからね! 絶対絶対バセット領に帰って来てね!」

 と。そんなアミナスを見てレックスは笑顔で頷くと、少しだけしゃがんでアミナスの頬にキスをして声を張り上げる。

「これは僕の物語だ! 物語の最後は、自分で決める!」

 レックスはそう言ってディノの手を掴み、願う。

『賢者の石よ、今までありがとう。君と共に旅をした事を、僕は絶対に忘れない。いつかまた会えたその時には、また一緒に旅をしよう』

 そう願った途端、レックスの体の中で何かピシリと割れる音が聞こえる。その音はまるで鳥が孵化する時の殻を割る音に似ていた。
 

 カラン、と辺りに乾いた音が響き渡る。

 アミナスが足元を見ると、レックスが今まで着ていた服と、レックスを形どっていたであろう宝石が地面に散らばっていた。

「ぅぇ……ひっ……ぅぅ……」

 アミナスはその場にペタリと座り込んで、散らばったレックスの残骸をかき集めた。そんなアミナスをノエルと双子、そしてリーゼロッテも無言で手伝ってくれる。

「……」

 そんな光景をディノはただじっと見つめていた。それははるか昔、星の姫が泣きながらヴァニタスの残骸を拾い集めていた光景にとても良く似ていた。あの時もディノはただそんな姫を呆然と眺めていただけだった。それは、今もだ。

「……レックス……」

 ただあの時と違うのは、レックスが居なくなった事でまるで胸に風穴が開いたようにスカスカしている事だ。姫が攫われた時にも感じた事のない感情に戸惑ったが、泣きながらレックスの残骸を拾うアミナスを見て気づいた。

「これが……悲しみ……」

 気づいた途端、泣くことのないディノの目から涙が染み出す。その涙は金色に輝き、地面を染めた。

 次に湧き上がったのは怒りだ。どうしてこんな事になったのか、一体誰が悪かったのか、そんな事を考えた途端、大地が揺れ始める。

「ディノ!?」

 地面が突然揺れ出した事に驚いてノエルがディノに声をかけたが、ディノはまるで聞こえないかのように金色の涙を流し続けたまま、レックスの残骸を見下ろしている。

『ディノが暴走を始めてしまう!』
『どうにか子どもたちを余所へ――』

 海と空は怒り狂う一歩手前のディノを見て恐怖を蘇らせた。全てがリセットされたあの日もディノは怒ったのだ。そして地上には何も無くなってしまった。

 海と空がどうしようかと慌てていたその時、アミナスが青い石を握りしめて、ディノに近寄った。

 そしてそれをディノの手に握らせる。

「ディノ、レックスの声をちゃんと聞いて!」
「……」

 ディノは受け取った石をじっと見下ろして涙を零す。こんなに小さくなってしまった我が子にディノの心はざわめくが、そんなディノの心に語りかけてくるように青い石が淡く光った。

「これは……レックスの心か……」
「そうだよ。持ってると嬉しくなる。悲しくならないよ。レックスは、ずっとそんな風に感じてたんだよ。最後の最後、その瞬間までレックスはそんな風に感じてた」
「ああ、本当だ……笑っている……レックスは泣いてなどいない……」

 ディノは石を握りしめた。それと同時にレックスが今まで感じていた心がディノに流れ込んでくる。

 レックスの心にはこの星を守りたい。皆と一緒に生きたい。ディノが好き。それだけが詰まっている。

「ディノ! 目覚める時だよ! 一緒にバラを引っこ抜こう!」

 アミナスが言うと、ディノはようやく涙を止めて頷き、レックスの青い石を飲み込んだ。

「行こう、子どもたち! 世界を、レックスを取り戻そう! 今度こそ、永久に続く平和な世界を!」
「うん!」
「そうだね。早くレックスが戻って来られるようにしとかなきゃ!」
「また叱られますね」
「そんな事が怖くてお嬢様の面倒など見れません」
「わ、私も行く! 今度は絶対に私も行くから!」

 ディノの気持ちがよく分かるリーゼロッテは、そう言ってディノの手をしっかりと握りしめる。

 ディノは頷いてリーゼロッテの手を取り、空と海の妖精を頭に乗せ、子どもたちを連れて飛び立った。
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