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第714話

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「ここらへんはこれぐらいで良いでしょう」
「本当に助かるよ! まさかこの銅像まで直してもらえるなんて!」
「ありがとう、アラン。助かるよ」

 水に沈んでしまっていた初代メイリング王の銅像を皆で引っ張り上げ、最後の設置をアランにしてもらったアンソニーとニコラは懐かしい気持ちで長い間放置されていた父親の銅像を見上げて微笑んだ。

「すみません。引っ張り上げないといけないと思いながら、国民同志の争いにかまけてなかなかここまで手が回らなくて」

 メイリングの騎士団長がアンソニーに頭を下げると、アンソニーはそれを聞いて笑顔で手を振った。

「構わないよ。こんな物よりも皆の命の方が最優先だ。それに、これを壊したのはアメリアだろう?」
「分かりません……ただ、黒い服を来た奴らが一晩で台座から根こそぎ倒したという目撃情報は入っていました……」
「うん、アメリアだね。君たちは本当によく今まで堪えてくれたよ。ありがとう」

 アンソニーが言うと、騎士団長と騎士たちは揃って胸に手を当ててアンソニーに頭を下げる。

「この銅像はね、僕たちの父親なんだ。彼は姉妹星から来た人だった。ディノの友人で、あちらに戻りたくても戻れなかった人だ。彼はこの土地にメイリングと言う国を築き、長い間たった一人で右も左も分からない土地を治めていたんだよ」
「そう……だったのですね。そんな偉大な方の銅像を我々は……」
「良いんだって! 優秀な人や偉大な人の銅像なんて待ち合わせ場所ぐらいに使えば」
「叔父さん、流石にその言い草はどうかと……」
「だって、それが平和な証拠だよ? 国の歴史はもちろん大事だけど、いつまでも昔の偉人に頼ったりその存在を求めたりしてるばっかじゃ発展はしないからね」
「ニコラの言う通りだね。皆、これから思う存分この銅像を待ち合わせ場所として使っておくれ」
「ではもっと目立つ場所に移動しますか? 広場とか」

 何だか辺鄙な所に立っている銅像だ。アランが言うと、アンソニーもニコラもカールでさえも首を振って三人同時に言った。

「いや、それは邪魔だから」

 と。

 そんな三人を見てアランも騎士団の皆も一瞬キョトンとして笑う。

「大事にしているのか雑に扱っているのか分かりませんね!」
「ははは! それぐらいで良いんだよ、もう大分過去の人なんだから!」
「そうそう。こうしてここから皆を見守ってくれてる。それぐらいがちょうどいい」
「そうですね。お祖父様はそういう人でした。皆がしたい事をすれば良い。その生活を守るのが自分の役目なんだ、といつも言ってました」
「とても良い統治者だったのですね。そんな統治者の息子たちが治めるメイリングのこれからの発展が楽しみです」

 アランが言うと、騎士たちも頷いた。

 メイリングにもとうとう、日が昇りそうだ。
 
 
「どうした? アーロ」
「ん? ああ、すまない。ミアから写真が送られてきたんだ。ほら、これ」

 そう言ってアーロは作業の途中で手を止めてやってきたエリスに写真を見せた。

「おお、ユアンとリズさんか」
「ああ。良い写真だと思わないか?」
「そうだな。もう受け入れられてんのか、ユアンは。流石だな」

 相変わらずなバセット領にエリスが苦笑いすると、アーロは満足げにコクリと頷いた。

「ちょっとそこの二人~いつまでサボってんのぉ~?」

 いつまでも作業場に戻らないアーロとエリスにユーゴが言うと、アーロが無言でユーゴにそっと写真を見せた。

「おお~ユアンじゃ~ん。ちゃんと無事に送り届けられたんだねぇ~」
「ああ。良い写真だと思わないか?」
「思う思う~。へ~こうやって見るとエリザベスさんとユアンって本物の親子みたいじゃ~ん」
「そうだろう? 俺もそう思う」

 そう言ってアーロはまた写真を覗き込む。そこへ今度はルーイが眉を釣り上げてやってきた。

「おい! ミイラ取りがミイラになってどうする! 三人とも早く戻れ!」
「なぁ、良い写真だと思わないか?」
「は? 写真?」
「ああ。リサとユアンだ。至高の一枚だと俺は思う」

 眉を吊り上げるルーイなど無視して写真を見せるアーロにエリスとユーゴが引きつる。

「ああ、良い写真だな。それはそうと早く作業場に戻れ」
「……それだけか?」
「なに?」
「それだけかと聞いている。こんなにも素晴らしい写真を見ても特に何の感想も抱かないなんて……そんな事で結婚生活をやっていけるのか?」
「な、なんでお前の写真と俺の結婚生活が関係あるんだ?」
「結婚とはそういうものだからだ。互いの感性、理解、趣味、そういうものが合致して初めて成り立つ。女性の方がこういったものに対する共感を求めやすい傾向にあるが、この写真を見てそんな感想しか抱けないようではこの先が思いやられる」
「な、なんなんだよ!? おい、ちょっと通訳してくれないか?」

 淡々と責め立ててくるアーロにルーイが引きつりながら言うと、エリスとユーゴは顔を見合わせて言った。

「要はもっと褒めろって事だよ~。団長は本当に鈍チンなんだから~。そんなんじゃアーロは褒めてもらえるまでここからテコでも動かないよ~」
「そうそう。とにかく褒めてりゃ良いんだよ、深く考えるな。こいつはこういう奴なんだ。いつかの予行演習だと思って、ほれ」
「そ、そうか……えっと、凄く良い写真だな! ユアンも何の憂いもない顔をしているし、エリザベスさんも嬉しそうだ! これは何を食べてるんだ? うまそうだな!」
「ああ、そうだろう? 俺もそう思う」
「……え? それだけ?」
「何がだ?」
「いや、これだけ褒めさせといて返事それだけ?」
「それ以外に何がある? さあ、最後の仕事だ。あと一息だな」
「……」

 ルーイはその場に固まったままスタスタと作業場に戻るアーロの背中をしばらく見つめて、ユーゴとエリスを振り返った。

「あいつ、叩き切ってもいいか?」
「止めときな。互角で痛み分けが目に見えてる」
「そうだよ~。最悪どっちも負傷するからさ~。イライラするの分かるけど、こういう時に唯一渡り合ってたのがユアンなんだよ~」
「それはそうだな。ユアンの心の広さを持ってアーロとは付き合え。ついでに言うと、リズさんもあんなだぞ。むしろあれの更に斜め上を行くからな」
「……ユアンの将来が急に心配になってきたな……」

 あの夫婦に育てられるユアンは、果たして真っ当に育つのだろうか? ふと作業場を見ると、アーロは誰よりも仕事をしていた。


 キリとシャルはそれぞれドンとスキピオに跨って、上空からの被害状況を確認していた。

「レヴィウス北、異常なし」
「はい」
「レヴィウス東も異常なし」
「はい」

 淡々と繰り返される会話にドンが飽きてきた頃、ふとシャルが言った。

「そうだ、忘れる所でした」
「なんでしょう?」
「これをあなたに」

 そう言ってシャルがキリに手渡したのは何か小さな箱だ。

「これは?」
「AMINASが無事に生まれてきたら渡してやってください」
「……はい」

 キリはまだ見ぬアリスとのノアの第三子を思い浮かべて曖昧に頷いた。

「嫌そうな顔ですねぇ」
「別に嫌な訳ではありませんが、アミナスに引き続いてさらにAMINASという明らかにおかしな能力を持った子どもがバセット領に増えるのか、と今から憂いているだけです」
「なるほど。確かに想像すると恐ろしい事ですが、であれば余計にそれが役に立つと思います」
「そうなのですか?」
「ええ。私も普段はつけているのですが、私達はノアには内緒で魔力の部分を相当弄っているのですよ。だから私はあれほど沢山の攻撃魔法を一斉に撃てるのです」
「……は?」
「何か有事の際にその力を発揮できるように、との考えだったのですが、普段はまぁ使わないですから。AMINASも私と同じ時に弄っていたので、もしも彼女が生まれて桁違いな魔力を発揮しそうであれば、これをつけてやてください」

 そう言ってシャルはキリに渡した箱を指さした。

「魔力封印の指輪です。その指輪は成長と共にサイズが変わる仕組みになっているので、赤ん坊の頃からつけられますよ」
「どうしてあなた達は毎度毎度そんな余計な事を?」

 シャルルと言いシャルと言い、何故こうも余計な事をするのか! 白い目をしてシャルを睨んだキリを見てシャルが苦笑いを浮かべる。

「そんな顔をしないでくださいよ! そのおかげで今回は助かったでしょう?」
「まぁ、そうなんですが」
「AMINASがあんなにも大量の魂を一瞬で保護出来たのだって、その力のおかげです。科学と魔法はほぼ同義ですからね」

 知識をどんどん溜め込んでそれを発揮するには自身の根本的な部分を弄らなければ不可能だった。ノアはそれに怒っていたのだが、あの時の自分たちの判断は最善だったのだと今は思える。

「ちなみにシャルルがアリスのステータスを振り切ったのは予定外でした。あれは私のせいではありません」
「そうなのですか? では俺のステータスは?」
「あ……それは私ですね。ちょっとした遊び心ではないですか! それに案外役に立つでしょう?」
「まぁ、そうですね。これのおかげで本質が見えるので。ちなみにあなたとAMINASはほとんどが黒塗りになっていましたが、これは? この期に及んで正体を隠したいとかそういう事ですか?」
「まさか! ただ単に私達のステータスがこの世界のステータスに変換されていないだけですよ!」
「なるほど……よく分かりませんが、まぁもう何でも良いです。さっさと終わらせて次に行きましょう」

 キリは言いながらシャルに貰った箱をポシェットに仕舞う。

 アリスとノアの第三子に、レックスももうじき戻ってくる。そうしたらまたバセット領はさらに賑やかになるのだろう。

 少しだけ先の未来を想像したキリは、知らぬ間に口の端が上がっている事に自分では気づかなかった。
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