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第721話

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『ちょっとした嫌がらせ』

 忙しいフォルスの大公シャルルとは違い、ほぼ分身のようなシャルはと言えば。

「よくぞここまでゴミばかり溜め込みましたね」
「掃除しないとって思うんだけど、ネット見ながらやってもちんぷんかんぷんなんだもの! こっちにはパソコン扱える人も居ないし」
「まぁ、大体このデスクトップを見るとその人の性格が分かりますから。あなたは大雑把で片付けが凄く苦手。おまけに取捨選択も苦手で時間にルーズ。合ってます?」
「うっ……ま、まるで見てきたかのように合っているわ」

 シャルの言葉に息をつまらせた観測者を見てシャルは笑った。

「まぁ、ですが基本的には大らかであまり怒らない心の広い人なのではないでしょうか」
「やだ! 褒められたじゃないの!」
「褒めてはいません。良い所は伸ばして悪い所は直す努力をしてください」
「……はい」

 しょんぼりと項垂れる観測者は、物凄い速さでキーボードを打つシャルを見て感心していた。真っ黒の背景によく分からない記号の羅列が先ほどから延々並べられているが、パソコンに疎い観測者には彼が今、一体何をしているのかさっぱり分からない。

「ね、ねぇ、それさっきから何してるの?」
「お掃除ロボットを組んでます。あなたはどうも自分で掃除出来ないようなので」
「お、お掃除ロボット?」
「ええ。さあ、これからいくつか質問するので答えてくださいね」
「え、ええ」
「まず初めに――」

 それから小一時間、シャルは観測者を質問攻めにし倒した。最後の方は流石の観測者もぐったりしていて、気づけば彼はソファにうつ伏せになって倒れている。

「出来ましたよ。これであなたがお気に入りをつけたページは全てここに移動します。そしてイラストや写真などはここ。ページの方は半年間開かなければ自動的に削除されます。よく使うソフトはデスクトップに順番に並ぶようになっています。そして全く使わないソフトも自動で削除されるようにしたので、滅多な事がなければこれでサクサク動いてくれますよ」
「ありがとう! 何をしてたのかさっぱり分からなかったんだけど、素晴らしいわ! 私に絶対に必要な機能じゃないの!」
「そうですか? とは言え一つ不思議な事がありまして」
「なに?」
「以前使った時はあれほど重たかったのに、今は爆速なんですよね……それに、パソコンのバージョンが聞いた事の無い物に変わっています。あなたが自分でOSを入れ替えられるとは思わないので、もしかしてこれがソラのあなたへの祝福なのでしょうか?」

 不思議そうにシャルが首を傾げると、それを聞いて観測者は顔を引きつらせる。

「そんなしょうもねぇ祝福があってたまるか! マジかよ!? 嘘だろ!?」
「観測者さん、素が出ていますよ」
「あ、あら嫌だ、私ったら! でもまさかそんな……あんなに頑張ったのに私への祝福はOSだけ……?」
「分かりませんけど……他に何か変わった所あります?」
「えー? パッと見る限り特に何も――なんだこりゃ!?」

 観測者はシャルに言われて部屋を見渡したが、ある事に気付いて猫のお手伝いロボットに駆け寄って愕然とした。

「なんですか? あれ? それ……」
「お、俺の可愛いミンクちゃんが……ビロードみたいなミンクちゃんがハチワレ猫に変わってるじゃねぇか!」
「そんなどうでも良い事わざわざ変えます? ていうか、それは最早嫌がらせでは?」
「そうだよ……嫌がらせだよ! 俺がソラの邪魔したから……どうして……ミンクちゃん返して……」

 ハチワレ猫も可愛い。愛嬌もあるしとても良いが、観測者が大事にしていたミンクちゃんの代わりなどどこにも居ないのだ!

「まぁまぁ。種族は同じですよ、観測者さん。そして私はいつ戻れるのでしょうか?」

 落ち込む観測者にシャルはポンとその肩を叩いた。そんなシャルを睨むように観測者がこちらを睨んでくる。ミンクちゃん改、ハチワレちゃんを抱きしめながら。

「そろそろだと思うわ。あの鏡を使ってちょうだいな。触ってフチが緑になったら使えるわ」

 そう言って観測者が顔も上げずに部屋の隅を指差すと、そこには布がかけられた大きな鏡が置いてある。

「ありがとうございます」

 シャルは観測者にお礼を言って鏡の布を取ると、縁にそっと触れてみた。

 すると、途端にフチが緑に輝く。それを見たシャルは自分専用に割り当てられた魔法陣を描いてそれを鏡に貼り付けた。

「それでは観測者さん、ごきげんよう」

 まだ悲しんでいる観測者にシャルが一応声をかけると、観測者は片手だけ上げて挨拶をしてくれる。

 それを見てシャルは一歩鏡に足を踏み入れた。

 と、次の瞬間鏡の外から観測者の悲痛な叫び声が聞こえてくる。

「バージョンが落ちてるぅぅぅぅ!!!!!! うわぁぁぁぁぁ!!! ソラぁぁぁぁぁ!!!!!」
「……」

 そんな叫び声を聞きながら、シャルは時空の流れに身を委ねたのだった。
 
 
『孤独な大黒柱』
 

 この屋敷の中で一番地位が低いのは誰か。それは間違いなくリアンだ。そもそも生まれてくるのが娘二人だと分かった時点で、こうなる事を覚悟していた。

 けれどそれはもう少し先でも良かったのではないか?

 星を揺るがす戦争が終わり、ライラと共に屋敷に戻ってきたリアンが一息つく間もなく、事件が勃発した。

 ライラとリアンが屋敷の中の後片付けをしている所に、ジャスミンとローズ、そして何故かテオが一緒に戻ってきたのだ。

「あれ? テオじゃん。どしたの?」
「うん、ちょっとちゃんと話しておこうと思って」

 かしこまったテオにリアンは首を傾げて頷くと、ふとジャスミンとテオが手を繋いでいる事に気づく。

「ねぇ、何で家の中で手を繋ぐの? 仲良しすぎない?」
「まぁまぁリー君! 皆、おかえりなさい。私だけ先に戻ってしまってごめんなさいね」

 ライラが言うと、テオはハッとして首を振る。

「ううん。ライラさんはアリス部隊でしょ? だから仕方ないよ」
「ありがとう、テオ君。リー君、お茶とお菓子の準備しましょ」
「えー……まだ片付けがあるんだけど?」
「部屋の片付けと娘の未来なら、娘の未来の方が断然大事でしょう?」
「……どういう意味?」

 不穏すぎるライラの言葉にリアンが思わず訝しげに尋ねると、ライラは何も言わずにコロコロと笑ってローズと一緒に部屋を出て行ってしまった。

 そんな二人の後を追ったリアンは、どうにかライラに追いついて早口で言う。

「ねぇ、もしかして何か見えてる? ローズも。何か見えてるんならパパに言ってみて? 怒らないから」
「え~嫌だよ~だって父さま絶対に怒るも~ん」
「怒っても事態は変わらないと思うけれど、そうねぇ……案外上手くいくと思うわ! だから大丈夫。安心して、リー君」
「不安しかないよ! 待って、嫌だ。聞きたくない。戻りたくない!」
「そうは言っても、いつかは聞かなきゃいけないのよ? そんな逃げていても仕方ないわ」

 困ったようにライラが言うと、リアンは拳を握りしめて下唇を噛みしめる。そんなリアンを見てライラは笑った。若返っているからか、そんな仕草が可愛くて仕方ない。

「分かった。先に戻ってる」
「ええ。私達もすぐに戻るわ。ローズはお手伝いしてね」
「うん!」
「……」

 それだけ言って二人は意気揚々とキッチンに引っ込んでしまった。仕方なくリアンはとぼとぼと廊下を戻って客室の前までやってくると、中から何やらジャスミンとテオの声が聞こえてくる。

『これ以上考えてても仕方ない。僕はもう心を決めたから』
『それは私もよ。この後オーグ家にもお伝えするんでしょ?』
『ああ。でも父さまが何て言うか……最悪地下に……』
『それは駄目よ。ちゃんと話し合ったでしょ? 未来が無いわ』
「……」

 やっぱり不穏すぎる二人の会話を聞いて、リアンは我慢出来ずにドアをぶち破る勢いで開くと、部屋に足を踏み入れた。

「早まらないで、二人共! 言っておくけど、まだ人生は長いよ!? そんな短絡的に決めるような事じゃないんだからね!」

 叫びながら部屋に飛び込んだリアンが目にしたのは、何故か抱き合うジャスミンとテオの姿だ。そんな二人を見てリアンはその場に崩れ落ちた。

「ね、ねぇ……まさかとは思うんだけどさ、その……あんた達……」

 リアンが何か言う前に、テオとジャスミンが二人してリアンに頭を下げる。

「ごめんなさい、リー君。事後承諾みたいな形になっちゃうんだけど……」
「父さま、怒らないでね。私達、もうこれしかなくて……」

 そう言ってジャスミンは何気なくお腹を撫でた。小さくお腹が鳴ったのだ。そう言えば今日はこちらに帰る準備で忙しくて、まだ何も食べていない。

 そんなジャスミンを見てリアンは青ざめたかと思うと、何を思ったかテオに飛びかかる。

「うわっ!?」
「許さないから……絶対に許さないから! 公爵家の長男だろうと構うもんか! テオの事ずっと信頼してたのに、まさかこんな手段を取るなんて……そういう年齢になったら僕だって賛成しようと思ってたのに、むしろオーグ家に頭下げに行こうと思ってたのに……最悪だ!」

 リアンはテオを組み敷いたまま涙を浮かべた。それを見てテオが青ざめる。

「ご、ごめんなさい……まさかそんなに怒るなんて思ってもいなくて……」
「父さま! テオから下りて! そんなに怒るような事なの!?」

 あまりの剣幕のリアンにジャスミンが言うと、リアンはその手を振り払う。

「怒るような事だよ! ジャスミンもローズも大事な大事なうちの宝物なんだよ! それをこんな……こんな形でなんて……許せる訳ないでしょ!?」

 テオの胸ぐらを掴んで今にも殴りかからんばかりの勢いのリアンの耳にライラの声が聞こえてきた。

「あらあら大きいわね~。そっか、寒い所の子達だものね。スーさん達は」
「……スーさん?」

 庭から聞こえてきたライラの声にリアンがポツリと言うと、まだ組み敷かれたままのテオが申し訳なさそうに口を開いた。

「そうなんだ。ソラの祝福で星の地下に一般の生物も移動できるようになって、スーさん達が戻る場所をスーさんってば他の子達に譲っちゃったんだ」
「……ん?」
「だからあの子達行く所が無くて、寒い地域でしか暮らせないし、ネージュでお願い出来ないかなって思って来たんだけど……ごめんなさい……無理ならやっぱりうちに頼むよ……まさか泣いて怒られるとは思わなかったんだ」

 ようやく涙を引っ込めたリアンを見てテオが言うと、今度は何故かリアンが青ざめてテオを引っ張り起こしてくる。

「待って……ごめん、君たちは僕に何をお願いしに来たの?」
「何って、だから行き場を無くしたスーさん達の住処をお願いしに来たのよ。何だと思ったの? 父さま」
「え、いや、それは……ちょっと待って! それじゃあどうしてさっきお腹撫でたの!?」
「お腹減ったからだけど?」
「お腹……じゃ、じゃあ抱き合ってたのは!?」
「抱き合う? ああ、もしかして私の髪についた埃を取ってもらってた時の事?」
「埃……」

 リアンはそれを聞いて何も言わずにテオの乱れた服を直して頭を下げた。

「ごめんなさい。僕の早とちりでした。そうだよね。テオがそんな事するはずないよね! 結婚もしてないのに手を出すなんてある訳ないよね!」
「……」

 手は出しては居ないが、既にここに戻る前に告白まがいの事をしたテオである。

 けれど、それはもう少し内緒にしていおいた方が良さそうだと判断したテオは、無言で頷く。

「で、スーさんだっけ? もちろん構わないよ! うちは昔みたいに氷で生計立ててる訳じゃないし、好きなだけ使ってよ」
「本当? 良かったわ! ありがとう、父さま!」

 ジャスミンが笑顔で言うと、そんなジャスミンを見てリアンはホッとしたようにほほ笑んだ。そんなリアンに追い打ちをかけるようにジャスミンは続ける。

「それに、将来私達の結婚も認めてくれるのよね? それもありがとう、父さま」
「……え?」
「だって、さっき言ったじゃない。そういう年齢になったら父さまが自らオーグ家に頭を下げてくれるんでしょ?」
「いや、それは……」

 焦ったリアンが必死になって言い訳を考えていると、ライラとローズが後ろから手を叩いて喜んでいる。

「待って! 違うから! さっきのは言葉のアヤだから!!!」
「駄目よ、リー君。ちゃんと皆、聞いてたんだから。今更無かった事には出来ないわ」
「そうだよ~。ちゃんと話を聞かない父さまがいけないんだよ~」
「それはそうね。勝手に早とちりして言わなくても良い事を口走ってしまったのは父さまだものね」
「……」

 この屋敷にリアンの味方は居ない。リアンはそんな事を考えながら項垂れる。

「こら、駄目だよ! 勢い余ってリー君は言っちゃっただけなんだからね! リー君、スーさん達の事ありがとう」
「テオ……」

 前言撤回だ。もしかしたら、ようやくチャップマン家にリアンの味方が出来るかもしれない。

 思わず涙ぐんだリアンにそっとハンカチを貸してくれたのもテオだけだった――。
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