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第722話
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『バセット領にて2』
「ええい! 流石アリスの母親だな! よくそんな雑さで子どもを一人育てたものだ!」
「ちょっと雑いぐらいがいいんです! ユアンを返してください!」
「駄目だ駄目だ! お前に任せたらそのうちユアンの腹が爆発するぞ!」
「僕、歩けるよ……二人共」
ユアンの体は宙に浮いていた。右半身をエリザベスが、左半身をポリーが離さないからだ。
「リサ! ユアン!」
アーロが珍しく声を弾ませると、それに気付いたエリザベスとポリーが足早にユアンを抱えたままやってきた。
「おい! この娘の料理は一体どうなっているんだ! 君たちは二人共味覚がどうにかなっているのか!?」
「聞いて、アーロ! ポリーさんってば私の料理がおかしいってずっと責めるの! そんな物を食べたらユアンがお腹を壊してしまうですって! 失礼しちゃうわ!」
「リサの料理を食べることが出来るのは選ばれた者、もしくは鍛え上げた者のみだ。ポリー殿、安心してくれ。普段の料理は俺が担当している」
「君が? そう言えば君は確か元々公爵家の人間だったな。しかし、そんな人間が料理など作れるのか?」
「大丈夫だ。公爵家を廃嫡されてから俺は漁師もやったしコックもやった。配管工、医者、刀鍛冶、ありとあらゆる分野を網羅している」
「……つまり、器用貧乏という事か?」
「いや、ちゃんと全ての免許を取っている。安心してくれ。ユアンは絶対に死なせなどしない」
「それは恐れ入ったな。君の評判は確かによく聞くが、そのどれもトンチンカンなものだったから心配していたんだ。まぁ、この娘と結婚するぐらいだ。まともではないだろう」
そう言ってポリーはちらりとエリザベスを見ると、エリザベスは頬を膨らませてポリーを睨んでくる。
「しかし、エリザベスの心根が良いのは知っている。ユアンを守れ、アーロ。間違えても同じ轍を踏ませるなよ?」
ユアンの出生から生い立ちをルカから聞いたポリーが言うと、アーロは真顔で頷いて言う。
「当然だ。それしか俺がユアンにしてやれる事はないからな。ユアン、初めまして、というべきか?」
果たしてユアンの記憶が残っているのかどうか。アーロがしゃがんでユアンに尋ねると、ユアンは少しだけ恥ずかしそうに指を擦り合わせて頷く。
「初めまして……あの……地上に残されてた所を助けてくれてありがとう。それに引き取ってくれた事も……。でも、僕には記憶が何も無いんだ……だから、これから迷惑をかけちゃうかも……」
「馬鹿を言うな。迷惑だなんて事があるもんか! お前はもう立派なバレンシア家の人間だ。いいな?」
アーロがユアンの肩を掴んで言うと、ユアンは驚いたような顔をしてアーロを見つめてくる。
「バレンシア家? バセット家じゃなくて? あの細い目のお兄さんはそう言ってたけど」
「ハリーか。そう言えばまだハリーには話していなかったな。俺はバレンシア家の名前を取り戻す。お前はこれからユアン・バレンシアになるんだ。いいな?」
「分かった。名前なんて何でも良いって思ってたけど、バレンシアって格好いいね。好きな名前だな」
胸の奥が不思議と震えるバレンシアという響きにユアンが目を細め言うと、何故かアーロが泣きそうな顔をしてユアンを強く抱きしめてくれた。
「これからよろしく、ユアン」
「うん。僕もよろしく。……パパ」
「パ……パ……ユアン!」
まさかのパパ呼びにアーロは感極まってもう一度強くユアンを抱きしめたのだった。
「ねぇ兄さま……もしかしてパパ、私達の事覚えてないの……?」
広場の隅でアーロ達が感動の再会をしているのを見てアリスがポツリと言うと、ノアも神妙な顔をして頷いた。
「みたいだね。誰か何か知ってる?」
ノアが子どもたちに問いかけると、子どもたちは全員泣きそうな顔をして俯いた。そんな子どもたちの様子を見て察する。
「なるほど。ユアンはアーロを庇ったって聞いてるけど、体を留めはしたものの、その代償に記憶を無くしたって事か」
「そう考えるとよくぞ体は残りましたね。あのタイミングだとオズでしょうか?」
キリが言うと、意を決したようにノエルが頷いた。
「そうだよ。お祖父ちゃんはアメリアのあの光からアーロを守ったんだ。それに気付いてオズが急いで体と魂を再構築したって言ってた。でも新しい体を構築すると、転生になるからもしかしたら記憶は無くなるかもって……そうだよね? ディノ」
「ああ。だがユアンは地下に送られてすぐ、一度目を覚ましたんだ。そして子どもたちに挨拶と、アリス達の事をよろしくと言ってそのまま……」
あの時の事を思い出したディノは悔しさに拳を震わせた。
あの時、自分に力が戻っていたらもう少しどうにか出来なかっただろうか。そんな事を考えたが、妖精王にも出来なかった事をディノが出来るわけがない。
ディノの言葉にアリスとノア、そしてキリは無言で頷いた。
「アーロはそれを伝えてくれなかった……怪我は無い、元気だって言ってたのに……」
「お嬢様、アーロは珍しく空気を読んだのですよ。あのタイミングで本当の事を知らされていたら、お嬢様は全くの腑抜けになっていたでしょう。腑抜けになったお嬢様など、部屋の埃と同じぐらい役に立ちません。あなたはゴリラで居てこそ価値があるのです」
「ねぇ! ねぇ! しんみりしてるのに酷くない!? あんまりじゃない!?」
「まぁまぁ、アリス。キリはこう見えてアリスを慰めようとしてるんだってば。それにキリの言う通り、あの時それを聞いていたら君は動けなかった。そうでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど!」
「あの時、僕たちは何も間違える事が出来なかった。アーロの選択は正しかったんだよ。それに、記憶は無くしても彼が君の親なのには変わりない。違う?」
「……違わない」
「そうでしょ? だったらこれから沢山思い出を作ろうよ。年齢が逆になっても何も問題無いよ」
「そうです。どうせあなたはユアンに記憶があろうが無かろうが、嫌がるユアンを連れて森を駆けずり回った挙げ句迷子になり、我々が探す羽目になるのです。そういう鮮烈な記憶を植え付けて、もう二度と記憶を失わせないようにしてください」
「ぎでぃ(キリ)……ぶん(うん)……ぞうずどぅ(そうする)……」
アリスはアーロとエリザベスに代わる代わるに抱き抱えられて顔中にキスされまくるユアンを見て目を細める。
「案外、ユアンは今の方が幸せかもよ?」
ノアはされたい放題されているユアンを見て苦笑いを浮かべると、アリスとキリも無言で頷いた。
ふとバセット領を見渡すと、戻ってきた領地の皆が動物を柵に戻したり、農地を点検していたりしている。
「さあ、アリス! キリ! 僕たちも最後の仕事頑張ろうか! もちろん、君たちもだよ」
そう言ってノアは子どもたちの頭を一人ずつ撫でて歩き出す。そんなノアの後ろから、楽しげな子どもたちと、まだ喧嘩をしているアリスとキリがついてきていた。
「ええい! 流石アリスの母親だな! よくそんな雑さで子どもを一人育てたものだ!」
「ちょっと雑いぐらいがいいんです! ユアンを返してください!」
「駄目だ駄目だ! お前に任せたらそのうちユアンの腹が爆発するぞ!」
「僕、歩けるよ……二人共」
ユアンの体は宙に浮いていた。右半身をエリザベスが、左半身をポリーが離さないからだ。
「リサ! ユアン!」
アーロが珍しく声を弾ませると、それに気付いたエリザベスとポリーが足早にユアンを抱えたままやってきた。
「おい! この娘の料理は一体どうなっているんだ! 君たちは二人共味覚がどうにかなっているのか!?」
「聞いて、アーロ! ポリーさんってば私の料理がおかしいってずっと責めるの! そんな物を食べたらユアンがお腹を壊してしまうですって! 失礼しちゃうわ!」
「リサの料理を食べることが出来るのは選ばれた者、もしくは鍛え上げた者のみだ。ポリー殿、安心してくれ。普段の料理は俺が担当している」
「君が? そう言えば君は確か元々公爵家の人間だったな。しかし、そんな人間が料理など作れるのか?」
「大丈夫だ。公爵家を廃嫡されてから俺は漁師もやったしコックもやった。配管工、医者、刀鍛冶、ありとあらゆる分野を網羅している」
「……つまり、器用貧乏という事か?」
「いや、ちゃんと全ての免許を取っている。安心してくれ。ユアンは絶対に死なせなどしない」
「それは恐れ入ったな。君の評判は確かによく聞くが、そのどれもトンチンカンなものだったから心配していたんだ。まぁ、この娘と結婚するぐらいだ。まともではないだろう」
そう言ってポリーはちらりとエリザベスを見ると、エリザベスは頬を膨らませてポリーを睨んでくる。
「しかし、エリザベスの心根が良いのは知っている。ユアンを守れ、アーロ。間違えても同じ轍を踏ませるなよ?」
ユアンの出生から生い立ちをルカから聞いたポリーが言うと、アーロは真顔で頷いて言う。
「当然だ。それしか俺がユアンにしてやれる事はないからな。ユアン、初めまして、というべきか?」
果たしてユアンの記憶が残っているのかどうか。アーロがしゃがんでユアンに尋ねると、ユアンは少しだけ恥ずかしそうに指を擦り合わせて頷く。
「初めまして……あの……地上に残されてた所を助けてくれてありがとう。それに引き取ってくれた事も……。でも、僕には記憶が何も無いんだ……だから、これから迷惑をかけちゃうかも……」
「馬鹿を言うな。迷惑だなんて事があるもんか! お前はもう立派なバレンシア家の人間だ。いいな?」
アーロがユアンの肩を掴んで言うと、ユアンは驚いたような顔をしてアーロを見つめてくる。
「バレンシア家? バセット家じゃなくて? あの細い目のお兄さんはそう言ってたけど」
「ハリーか。そう言えばまだハリーには話していなかったな。俺はバレンシア家の名前を取り戻す。お前はこれからユアン・バレンシアになるんだ。いいな?」
「分かった。名前なんて何でも良いって思ってたけど、バレンシアって格好いいね。好きな名前だな」
胸の奥が不思議と震えるバレンシアという響きにユアンが目を細め言うと、何故かアーロが泣きそうな顔をしてユアンを強く抱きしめてくれた。
「これからよろしく、ユアン」
「うん。僕もよろしく。……パパ」
「パ……パ……ユアン!」
まさかのパパ呼びにアーロは感極まってもう一度強くユアンを抱きしめたのだった。
「ねぇ兄さま……もしかしてパパ、私達の事覚えてないの……?」
広場の隅でアーロ達が感動の再会をしているのを見てアリスがポツリと言うと、ノアも神妙な顔をして頷いた。
「みたいだね。誰か何か知ってる?」
ノアが子どもたちに問いかけると、子どもたちは全員泣きそうな顔をして俯いた。そんな子どもたちの様子を見て察する。
「なるほど。ユアンはアーロを庇ったって聞いてるけど、体を留めはしたものの、その代償に記憶を無くしたって事か」
「そう考えるとよくぞ体は残りましたね。あのタイミングだとオズでしょうか?」
キリが言うと、意を決したようにノエルが頷いた。
「そうだよ。お祖父ちゃんはアメリアのあの光からアーロを守ったんだ。それに気付いてオズが急いで体と魂を再構築したって言ってた。でも新しい体を構築すると、転生になるからもしかしたら記憶は無くなるかもって……そうだよね? ディノ」
「ああ。だがユアンは地下に送られてすぐ、一度目を覚ましたんだ。そして子どもたちに挨拶と、アリス達の事をよろしくと言ってそのまま……」
あの時の事を思い出したディノは悔しさに拳を震わせた。
あの時、自分に力が戻っていたらもう少しどうにか出来なかっただろうか。そんな事を考えたが、妖精王にも出来なかった事をディノが出来るわけがない。
ディノの言葉にアリスとノア、そしてキリは無言で頷いた。
「アーロはそれを伝えてくれなかった……怪我は無い、元気だって言ってたのに……」
「お嬢様、アーロは珍しく空気を読んだのですよ。あのタイミングで本当の事を知らされていたら、お嬢様は全くの腑抜けになっていたでしょう。腑抜けになったお嬢様など、部屋の埃と同じぐらい役に立ちません。あなたはゴリラで居てこそ価値があるのです」
「ねぇ! ねぇ! しんみりしてるのに酷くない!? あんまりじゃない!?」
「まぁまぁ、アリス。キリはこう見えてアリスを慰めようとしてるんだってば。それにキリの言う通り、あの時それを聞いていたら君は動けなかった。そうでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど!」
「あの時、僕たちは何も間違える事が出来なかった。アーロの選択は正しかったんだよ。それに、記憶は無くしても彼が君の親なのには変わりない。違う?」
「……違わない」
「そうでしょ? だったらこれから沢山思い出を作ろうよ。年齢が逆になっても何も問題無いよ」
「そうです。どうせあなたはユアンに記憶があろうが無かろうが、嫌がるユアンを連れて森を駆けずり回った挙げ句迷子になり、我々が探す羽目になるのです。そういう鮮烈な記憶を植え付けて、もう二度と記憶を失わせないようにしてください」
「ぎでぃ(キリ)……ぶん(うん)……ぞうずどぅ(そうする)……」
アリスはアーロとエリザベスに代わる代わるに抱き抱えられて顔中にキスされまくるユアンを見て目を細める。
「案外、ユアンは今の方が幸せかもよ?」
ノアはされたい放題されているユアンを見て苦笑いを浮かべると、アリスとキリも無言で頷いた。
ふとバセット領を見渡すと、戻ってきた領地の皆が動物を柵に戻したり、農地を点検していたりしている。
「さあ、アリス! キリ! 僕たちも最後の仕事頑張ろうか! もちろん、君たちもだよ」
そう言ってノアは子どもたちの頭を一人ずつ撫でて歩き出す。そんなノアの後ろから、楽しげな子どもたちと、まだ喧嘩をしているアリスとキリがついてきていた。
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