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番外編 『未来へ向けて 2』

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 リアン達のお手伝いも終わってうろちょろしていると、前方にアランとカインとシャルルを見つけた。

「お~い! 三人共こんな所で何してるの~?」
「あ、アリスさん! ちょうど良かった!」
「お~、すっげータイミング。今呼びに行こうと思ってたんだよ」
「これはやはりアリスのお仕事ですね」
「なになに~?」

 タイミングが良いと言われて気を良くしたアリスが二人に近づくと、アランの側に置いてあったベビーカーにリリーが寝かされている。

「ねぇ、本当に何してるの?」

 赤ん坊を三人して真剣に覗き込んでいる光景が流石のアリスも怖くて尋ねると、三人ともその絵面の悪さに気付いたように、苦笑いして布を数枚手渡してきた。

「これ、おしめ?」
「ええ。リリーのおしめを替えようと思ったんですが、やっぱりどう考えてもおしめを大量に持ち歩くのは現実的ではないな、と思って」
「私達は二人で周辺を見て回っていたんですけどね」
「ここでアランがおしめ握りしめて立ち尽くしてたからさ、声かけたら何か良い案は無いかって聞かれたんだよ。アリスちゃん何か思いつかない?」
「なるほど……おしめか……これはもしかしたらオムツの開発に着手すべきでは!?」
「おむつ? なんです、それ」
「使い捨てのおしめだよ! 兄さまともその話が出た事があるんだけど、すっかり忘れてた!」

 赤ちゃんグッズの開発中に確かにおむつの話題は出たのだが、その時既にノエルもアミナスもおしめが取れていたので、そのまま子供用グッズの開発に移ってしまったのだ。

「使い捨てのおしめ……それは便利ですが、そんな事が可能なのですか?」
「僕にもちょっと想像出来ないんですけど」
「出来る! 多分!」
「多分か。それはどういう物なの? 現状おしめの難点は吸水性が無いから一回ずつ変えないといけない、嵩張る、外で洗えない。その3点なんだけど」
「おむつはそれを全て解消しますぞ! ふむ……吸水性は防災頭巾の応用で、使い捨てた後の事を考えないと……」

 理想は肥料になったりしたらすごく良いが、難しいだろうか。アリスが腕を組んで考え込んでいると、突然リリーが泣き出した。

「ああ、すみません、リリー。そろそろご飯の時間ですね。カイン、ありがとうございました。それからアリスさん、商品開発の際にはリリーを参加させますね」
「うん! そだ! だったらサシャもちょうどいいかも! それじゃあバーベキューが終わったら早速取り掛かるよ!」
「ええ、お願いします。それでは三人共また後で」

 アランはそれだけ言ってベビーカーを押していそいそとその場を離れた。

「あいつ、すっかり父親だなぁ」
「本当ですねぇ」

 そんな後ろ姿を眺めながらカインがポツリと言うと、隣でアリスもシャルルもうんうんと頷いている。

「アラン様は何でもそつなくこなしますからね! 基本的にはお人好しだしおっとりしてるし、良いパパになるに決まってます!」
「だな。案外俺らの中で一番良い父親かもな」
「モブとどっこいどっこいですね! でもそれは他の皆にも言えますよ。子どもたちに聞いたら皆、今の両親が良いって言うと思います!」

 だって、皆アリスの自慢の友人だ。そうに決まっている! アリスがカインを見上げてニカッと笑うと、カインとシャルルは照れたように笑う。

「そうだな。俺の仲間たちは最高だった。誰が一番とか無いよな」
「全くです。愚問でしたね」
「はい! さて、それじゃあ次はどこ行こっかな~?」
「そろそろ始まるんだから、あんまちょこかますんなよ?」

 既にスキップを始めているアリスを見て苦笑いしたカインが言うと、アリスは振り返って親指を立てて走り出した。

 
「忙しい忙しい!」

 アリスはあちこち走り回りながらそこかしこでバーベキューの準備を手伝っていた。そこへたまたま通りかかったのはルイスとシャルだ。

「おや、アリスこんな所で何をしているのですか?」
「アリス、そろそろ始まるぞ?」
「お手伝いしてるんだよ! 皆一斉に始めるのにここだけ遅れたら可哀想でしょ!」

 アリスが言いながらグリーン家の炭に火を送っていると、後ろでグリーン夫妻が申し訳無さそうに顔を出した。

「ごめんなさいねぇ、お嬢。炭を外に放ったらかしだったのをすっかり忘れていたのよ」
「いいよ! 乾かせばすぐつくよ!」

 そう言ってアリスはうちわで一生懸命あおぐが、炭はうんともすんとも言わない。

 そこにシャルがやってきて、炭にスッと手を翳す。

「おお! す、炭が……蘇った!」
「凄いな、シャル! グリーン夫妻、これでもう安心だぞ!」

 あまりにも鮮やかなシャルの魔法にルイスが手を叩くと、グリーン夫妻も嬉しそうに頷く。

「さ、それじゃあ最後の仕上げはルイス様にお願いしてっと! シャル、実は他にも炭が濡れちゃってる所が結構あったんだよ! ちょっと手伝って!」

 アリスは持っていたうちわをルイスに渡してシャルの服を引っ張った。それを受けてルイスもシャルも素直にそれに従う。アリスに逆らうとろくな事にならないという長年の付き合いから導き出した、たった一つの答えだ。

「シャル、終わったら壇上に集合だぞ!」
「ええ。遅れないようにしてくださいね、ルイス」
「もちろんだ! さあ、グリーン夫妻! 気合を入れて炭を焼くぞ!」

 何度も何度もバーベキューに参加してきたルイスは、最早火熾しも完璧である。意気込んだルイスにグリーン夫妻は手を叩いて喜んだ。

 そんなルイスとグリーン夫妻を見てシャルがポツリと言う。

「……ここの人たちは本当に、誰一人として遠慮の文字を知りませんね」
「どういう意味?」
「いえ……王に火熾しをしてもらうなんて、聞いた事も見たこともありません」
「そりゃ仕方ないよ! ルイス様はまだ王子様の頃からグリーンさん達と顔見知りだもん! 王になった後もちょくちょく来てはグリーンさん家の畑手伝ってるよ」
「なるほど。もう親戚のようなものなのですね。ああ、でもそれはこの領地全員がそんな関係ですもんね」
「うん! もちろんシャルもだよ!」

 そう言ってアリスはシャルを見上げてニカッと笑うと、シャルは珍しく目を細めて頷いた。

 それから二人であちこちの湿気った炭を乾燥させてグリーン家に戻ると、ルイスは未だに楽しそうにお茶を飲みながらグリーン夫妻と話し込んでいる。

「ルイス様! まだここにいたの!?」
「おお、おかえり、お前たち」
「おかえり、ではありませんよ! 火熾しだけして満足してどうするんですか! そろそろ始まりますよ!」
「そ、そうだった! すまん、二人共! 俺はそろそろ行ってくる!」
「ええ! ありがとうございました、王」
「いやいや! ではな。城に戻ったら王都観光ツアーを組んでチケットを送ってやるからな! そこで存分に買い物をするといい」
「そりゃ嬉しいですねぇ。お待ちしてます。あとこれ、キャシーのチーズ。持って帰ってやってください」
「おお! これはありがたい!」

 そう言ってルイスはグリーン夫妻からチーズの塊をもらって、それを小脇に抱えてアリスとシャルの後を追ったのだった。
 
 
 ルイスとシャルを無事に会場まで送り届けたアリスはその後もバセット領の中を走り回って至る所でお手伝いを終えると、バセット家とは真反対にある丘の上に一本だけ生えている木の根本で一休みをしていた。

 ここはアリスの秘密の場所だ。バセット領の全てが見渡せて、風がよく通り明るい場所だ。

「ふぅ」

 裸足になって足を投げ出し、目を閉じると木々の囁きや森の動物達の声が聞こえてくる。風が優しく体を撫で、ようやく日常が戻ってきたのだと心から思えた。

 アリスはキリに回遊魚だと言われるほどいついかなる時でもじっとしてはいられないと思われがちだが、結構こういう時間も好きだ。

 目を閉じて深呼吸をして何も考えない時間は、心の中を回復させてくれる。

 どれぐらいそうしていたのか、本格的に瞑想しそうになっていた所に、パキリと小枝を踏む音が聞こえた。

「兄さまだ」

 アリスが目を開けずに言うと、小枝を踏んだ犯人が小さな笑い声を漏らす。

「よく分かったね」
「ローズマリーの匂いがしたもん」
「そっか。もうじき始まるよって言いに来たんだけど、ここからでもよく見えるね」
「うん。私の特等席だよ。誰にも教えてなかったのに、どうして兄さま知ってるの?」
「僕は君の事なら何でも知ってるよ。隣いい?」
「もちろん」

 アリスはようやく目を開けて体を少しだけズラすと、そこにノアが座り込んでアリスと同じように裸足になって足を投げ出す。

「気持ち良いね」
「うん。やっと戻ってきたって感じがするよ」

 静かすぎた生物の居なくなった世界は、アリスの望む世界ではなかった。あちこちから領民たちや生物の声が常に聞こえる。それがアリスの世界だ。

 アリスは言いながらノアにもたれかかると、ノアがにこやかに言う。

「本当だね。今日でようやく一区切りだ。また明日から忙しくなるよ、アリス」
「うん。そうだ! アラン様がリリーのおしめで困ってたんだ。そろそろおむつの開発しよう、兄さま」
「おむつか……そうだね。うちも三人目生まれるだろうし、必要かもね」
「え!?」

 ノアの言葉にアリスが驚いてノアを見ると、ノアはにっこり笑って言った。

「ソラが言ってたでしょ? AMINASが縁を繋ぎたがってるって。パパ、ママ、早くしてねって言われたじゃない」
「あ、あれってそういう意味だったの!?」

 どういう意味だかよく分からなかったアリスが驚くと、そんなアリスを見てノアが笑って頷いた。

「それ以外に無いでしょ?」
「そっか、そうだよね。AMINASはそういう形で戻ってくるのか! はっ! それじゃあ名前どうする!?」
「それも考えないとね。いや、もしかしたらまたノエルの時みたいに勝手にキリが決めちゃうかも」
「確かに! でも良い名前だよ、ノエル」
「そうだね。それじゃあキリに任せちゃうか!」

 アリスとノアが笑っていると、また枝を踏む音が聞こえてきた。振り向くとそこには今しがた噂をしていたキリが呆れたような顔をしてこちらを見下ろしている。

「今回はそんな事しませんよ」
「なんで?」
「彼女はノア様が名付けるべきだと思うからです。もしくはシャル」

 言いながらキリはノアの隣に腰掛けると、いそいそと裸足になる。そんなキリにノアが苦笑いしながら言った。

「あれ? 呼び戻しに来たんじゃないんだ?」
「探しには来ましたが、別にあなた達が居なくてもバーベキュー大会は時間通りに開始されるので」

 そう言ってキリは大の字で草の上に寝転んで目を閉じる。

「ねぇねぇ、ここ私の秘密の場所なのに、なんでキリまで知ってるの?」
「あなたはバカですか。あなたとノア様が知っているということは、俺も知っているということです。何ならこの木をここに植えたのは俺とノア様ですよ」
「そうなの!?」

 アリスはそれを聞いて目を丸くして木を見上げると、それを聞いてノアが苦笑いを浮かべる。

「駄目だよ、キリ、ばらしちゃ」
「もう時効です。師匠もティナを連れて戻ってくるし、この場所の役目も果たし終えたというものです」
「師匠が居なくなった後、私がここで隠れて泣いてたのも知ってたの!?」
「もちろんです。あなたは幼い頃から無鉄砲で破天荒でお花畑で向こう見ずですが、たまに、ごく稀にですがヘコみます。その時は我々の前であっても意地を張るので、バセット領全体を見下ろせるこの場所に比較的成長スピードの早いこの木を植えたんですよ。それを今まで知らずにのうのうと秘密の場所だなんて、鼻で笑ってしまいます」
「ひ、酷くない? 良い話だと思ってたのに!」

 相変わらずしっかり嫌味を言ってくるキリにアリスは抗議しながら、木を見上げて笑った。

 どうやらこの木はノアとキリがアリスの為に植えてくれた木だったようだ。そんな事も知らずに秘密の場所だなんて、確かに笑ってしまいそうである。

「ありがとう、二人とも」
「いいえ、どういたしまして」
「別に、あなたの世話をするのが俺の仕事なので」
「もう! キリは素直じゃないなぁ!」

 そう言ってアリスはキリと同じようにその場に寝転んで空を見上げた。色んな形の雲が今日も頭上をゆっくりと流れていく。

 そんなアリスのお腹の上に突然真っ白なウサギが一羽上ってきた。

 アリスはその人懐っこいウサギを見てニカッと笑って人差し指を口に当てると、ウサギはコクリと頷いてアリスと同じように空を見上げる。

 そんなアリス達をニコニコしながら見下ろしてくるのはノアだ。昔からそう。こうやってアリスとキリが寝転んで嫌味の応酬をして、ノアはそれを見守る。今日はどうやらウサギに扮したソラも一緒にそれを楽しんでくれているらしい。

 キリの言う通り会場では時間きっかりに全世界バーベキュー大会開始の放送が流れてきた。

 それでもしばらくの間、バセット三兄妹とソラは広場には戻らずにただ流れる雲を見ていた。
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