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第17話 命拾いしたわねフェルナン、次は容赦しないわよ!

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 振り返りもせず、ユーリスに「行くわよ」と目配せして出口へと一直線に進む。
 
 扉の前に立った時、背後から「待て!」とフェルナンの焦った声が聞こえてきた。
 
 よし!計算通りだわ、とベアトリスは内心ほくそえむ。
 
 
「分かった。お前の言う『お願い』とやらを聞いてやろう。ただし、ひとつだけだぞ」

「五つでお願いします」

「はぁ?! 囚人の言い分を五つも聞くわけがなかろう、馬鹿者め!」

「では、四つ!」

「ダメだと言っているだろうが、強欲者! 譲歩しても、せいぜいふたつが限度だ」

「そこをなんとか! 殿下、もう一声!! 三つでお願いいたします!」

「もう一声って、俺は露天商じゃないんだぞ! 値切り交渉なら余所よそでやれ!」

「では、この件はなかったことに」

「くっ……小癪こしゃくな奴め……。今回は致し方ないか……それで、その三つの条件とはなんだ? 言ってみろ」

 椅子に座り直したベアトリスは、淡々と要求を述べ始めた。

「ひとつ目、私の父にも恩赦をお与えください」

「……いいだろう」
 
「ふたつ目、私と父が処罰された呪具事件について、公平な裁判と再調査の機会をください」

「……分かった。司法部に掛け合ってみよう」

「三つ目は任務遂行後に、改めてご提示させていただきます」

 フェルナンが眉間にしわを寄せ「は? なぜ今言わないのだ」と不審がる。

 三つ目の要求は、ベアトリスの無実を晴らす決定打になるものだ。
 
 自分を陥れた真犯人が分からない状況で迂闊うかつに話せば、こちらが不利になる。

 ベアトリスはあえて年相応の無邪気な笑顔を浮かべた。

「最初からすべて話してしまっては、面白くないでしょう? 三つ目は、任務達成の時までシークレット! ちょっとした遊び心ですわ、殿下♡」

「はぁ? 遊び心だと? まったく、なにをふざけたことを……だがまぁ、いいだろう」

「では、いま申し上げた契約内容を立会人のもと、念書にしたためてくださいませ。身体を張ったのに、完遂後に反故ほごにされてはたまりませんもの」

 フェルナンが手を上げると、背後に控えていた腹心の文官が手早く契約書をしたためてゆく。

 一語一句、間違いがないかベアトリスが確認していると「……お前は、変わったな」と声をかけられた。
 顔を上げると、微笑する元婚約者と目が合う。

「そうでしょうか?」

「あぁ、変わった。以前は威張るしか能のない『お子様』だったが、随分と『したたかな女』になったじゃないか。ふっ、悪くない」

 口の片端を持ち上げて、フェルナンがニヤッと笑う。

「見直した。今のお前ならば、可愛がってやっても良いぞ?」

 言われた瞬間、ベアトリスの背中と二の腕にぞわぞわぞわっと鳥肌が立った。

「丁重にお断りいたします」

「はははっ! 馬鹿め、冗談だ。俺にはセレーナがいるからな。今更お前など相手にするわけなかろう」

(気色ワルッ! なんなの、この俺様変態男!)

 元カレ気取りの上から目線にイラッとする。ヘラヘラしたその顔面を今すぐパンチしてやりたい!

 グッと拳を握りしめて我慢していると、不穏な気配を察したユーリスが、すかさず契約書を持って近づいてきた。そして、ベアトリスにだけ聞こえる小声で囁く。

「あとでご褒美に恋愛小説の新刊と高級スイーツを差し上げますので、もうしばらくご辛抱を」

 別にご褒美につられた訳じゃないけれど……今回ばかりは許してあげましょう。
 ベアトリスは渋々、小さくうなずいた。
 
(ふん! 命拾いしたわね、フェルナン! だけど、次に気色悪いことを言ってきたら、今度こそアンタの○○○ピー○○○ピーして、○○○ピーしてやるんだから!)

 ベアトリスは気を取り直し、例の身代わり任務の詳細を尋ねた。

「影武者が必要なほど、セレーナは危険な立場にある、ということですわよね。いったい、どういう状況ですの?」

「お前が王都を去ってしばらくした頃から、セレーナが何者かに命を狙われるようになった」

 食事や飲み物に異物が混入していたり、深夜に窓の外に不審な人影を目撃したりすることもあったらしい。

 フェルナンは当初、セレーナに嫉妬した何者かによる嫌がらせだと思い、対応は騎士団に一任していた。

 しかし、ついに命を脅かす大事件が起きてしまう。
 
 ──ベッドに毒虫がばら撒かれていたのだ。

 近衛騎士を増やし万全の体制を整えているが、犯人は一向に捕まらず。
 セレーナは心身共に疲弊し、日に日にやつれて公務もままならない状況らしい。

「こうも逮捕に手こずるとは予想外だった。今度はどんな目に遭うか……彼女が心配でならない」

「そこで、犯人が見つかるまでの間、容姿の似ている私を身代わりにする計画を思いついた、ということですね?」

「あぁ、そうだ」

 この冷徹無慈悲なフェルナンのことだ。

 罪人のベアトリスなら最悪、命を落としても構わない。おとりにして犯人逮捕に踏み切ろう、とでも考えているに違いない。


「セレーナは、この身代わり計画に反対しているが、すでに公務にも支障が出始めている。来月には視察と大会議のため、共にヘインズ公爵領へ向かわねばならんのだが……今の彼女には厳しいだろう」

「命を狙われている状況で厳重警備の王宮を出るなんて、それこそ自殺行為ですものね」

「その通り。そこでお前の出番という訳だ。暗殺者が姿を現せば、大いなる逮捕のチャンスとなる。なにも起きなかったとしても、無事に視察を完遂できれば上出来だ」


(やっぱり私を囮にするつもりなのね! なんて酷い奴なのかしら!)

 
 フェルナンへの怒りが再燃した時、ノックとほぼ同時に、ひとりの女性が慌てて部屋に入ってきた。
 
 ゆるく巻かれた赤毛の長髪に、大きな瞳が印象的な、自分とよく似た容姿の人物。
 異母姉セレーナはガタガタと身体を震わせ、驚愕の面持ちでベアトリスを見つめた。


「ベア、トリス……どうして……ここに……? まさか、またわたしにひどいことを……」

「落ち着け、セレーナ。ベアトリスを呼んだのは君の身代わりをさせるためだ。すでに契約も済ませた。恐れることはない」

「身代わり……?」


 フェルナンの説明に、恐慌状態だったセレーナも落ち着くかと思いきや──。

「わたしが……殿下にふさわしくないから……捨てるおつもりなんですね……」
 
 セレーナは絶望した様子で陰鬱に呟いた。


「なにを言っているんだ、そんなわけないだろう!」

「先ほど、ベアトリスに言っていましたよね……? 『今のお前ならば、かわいがってやっても良いぞ』と」

「き、聞いていたのか……! そんなもの冗談に決まっているだろう!」


 フェルナンが大慌てでセレーナを抱きしめる。

 見つめ合い、互いへの愛を再確認するふたりを眺めながら、ベアトリスは思った。

 

(この任務、色々と想像以上に面倒なことになりそうだわ……)
 

 
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