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八話

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 サイラスが首を振るのに合わせ、彼の黒髪が揺れる。シェリルはそれをきょとんとした顔で見つめた。
 シェリルからしてみれば意見を述べただけで、それ以上でも以下でもない。なのに違うと言われても、何が違うのかがわからなかった。

「俺が聞きたいのは、お前がどう思っているかということだ」

 そう問われても、シェリルはただ首を傾げるしかない。

「どう、とおっしゃられましても……今述べたばかりですが……」
「お前が言ったのは周囲に与える影響であって、お前自身がどう思っているかではない。俺は、相互理解を深めたうえで婚約を破棄したいと言ったはずだ」
「周囲に与える影響が少ないのですから、婚約を破棄しても支障はない……それが、私の意見です」

 何を問われているのかわからない。そんな顔でシェリルが答えると、サイラスは考えるように唸った後、口を開いた。

「たとえば……俺との婚約がなくなるのは、お前にとって嬉しいのか悲しいのか……どちらだ」

 どちら、と聞かれてもシェリルにとってはそのどちらでもない。嬉しいとも悲しいとも思わず、しかたないと考えただけだ。

「そのどちらでもない場合は、どうすればいいのでしょう」
「怒っているとかでもなんでもいい。お前は俺の話を聞いてどう思った」
「……しかたない、とそれだけです」

 実際、そうとしか思わなかったのだから、他に答えようがない。
 またもや唸るサイラスを前に、シェリルは困惑しながら瞳を揺らす。

 シェリルとサイラスの茶会は、最近何があったのか、何を学んだのかを話すだけで終わっていた。
 互いに何を思い、考えたのかなどこれまで話したことがない。

 それなのにどうして今さらこんなことを聞くのかと、シェリルの頭の中は疑問でいっぱいだった。

「……よし、わかった」
「わかっていただけましたか」

 短く言うサイラスに、シェリルはようやくわかってもらえたかと安堵の息を漏らす。
 よくわからない問答がついに終わるのだと安心したからだ。

「ならば次の休みの予定は変更だ。街中に出かけるから準備しておくように!」
「え?」
「それでは鍛錬の時間だからこれで失礼する」

 シェリルがぱちぱちと瞬きを繰り返している間に、サイラスはさっさと席を立ち、去ってしまった。
 残されたシェリルはただぽかんと、空いた席を見つめるしかできない。

「……どうして、そうなったのかしら」

 婚約破棄をサイラスから言い渡されたからというもの、シェリルの頭の中は疑問でいっぱいだ。
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