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第四章 文月(七月)

62.七月六日 午前 球技大会

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 七月に入り最初の金曜日は、八早月やよいにとって憂鬱を全て集めたような一日だった。本格的に梅雨入りしたこともあって、すでに三日も雨が続いており髪の毛は跳ねっぱなしだ。

 しかも授業は時間割変更により朝から体育、全生徒が体育館に集合しての球技大会である。こうして生徒たちを校内から追い出しておいて、戻ったころにはさらし首が並べ終えられていると言う算段らしいと聞いた。

「まったくこの雨ったら嫌になってしまうわ。
 どうしてこう毛先がクルクルと跳ねるのかしらね!」

「ホント八早月ちゃんは雨の日機嫌悪くなるよねぇ。
 後ろで束ねて縛ってみたら? 私がやってあげようか?」

「夢路さんがそう言って下さるのは嬉しいけれど、動いたらどうせ……
 そうだ、球技大会が終わったらお願いしてもいい?」

「うんうん、そうしよう、ハルもやってあげようか?
 カーラー持ってきてるから外巻きなんてどうかなー」

「アタシはそういうのいいよ、髪型とかどうでもいいしね。
 そんなの気にするくらいなら朝からちゃんととかしてくるっての」

 いつものように授業をそっちのけでおしゃべりに夢中になっていると、男子の中でもひときわ目立つ、人気者の一人である郡上大勢ぐじょう たいせいが近づいてきた。顔立ちはすっきりしていて体も大きい、いわゆるイケメンってやつだ。

「お前たち、しゃべってばかりいると怪我するぞ?
 それにクラス対抗なんだから不真面目にやって足引っぱたりするなよ?」

「なに言ってんのよ、まだ始まってもいないのに決めつけないでもらえる?
 それにアンタたち男子の中にだって戦力にならない子がいるでしょうに」

「そ、そうだよ、ハルの言う通り! 女子だから劣ってるって決めつけないで!
 なんなら男子と女子で勝負したっていいんだからね!」

 美晴の言い分はよくわかるしもっともだ。しかしなぜ夢路はそんなケンカ腰で勝負を持ちかけるようなことを言ってしまったのか。その答えはおそらく正面に姿が見えている直臣の前でカッコつけたかったから?

 でもそういうのは、男子が女子に対するアピールとして宣言するものではないだろうか。先日夢路に貸してもらった学園物の少女マンガに似たような展開があったような気がして、八早月はその場面を思い返していた。

「ちょっと夢? 何言っちゃってんのよ……
 それって『恋3』でレミがローキに言うセリフそのまんまじゃないの!」

 どうやら本当にそう言う場面があるらしい。恋3はまだ借りていないが、今少女コミック誌で連載中の人気漫画で、夢路の一推しだと聞かされている『恋に落ちるまであと3秒』のことだ。

 強気で素直になれない主人公が、クラスの一番人気で優等生の男子にやたらと勝負を持ちかけるドタバタラブコメ(夢路談)だと言う。しかしここで夢路が間違えてしまったのは、勝負を挑む相手は自分が好意を寄せている相手でないと意味がないと言うことだ。

「なんで俺が女子相手に勝負受けなきゃいけねえんだよ。
 そんなバカなことしないでちゃんと協力して他のクラスに勝つぞ、いいな?」

「あ、まあそれでもいいわよ? 足を引っ張らないでね?
 郡上君って実は運動神経そんな良くないって知ってるんだからさ」

「なっ! 誰に聞いたんだそんなこと!
 畜生、おな小のやつらはホントに口が軽いんだからなぁ。
 今はそんなことないってば、同じ陸上部の板山は知ってるだろ?」

「え? 知らないけど? 確かに脚はそこそこ早いよね。
 でも球技は別じゃないのかな、自慢じゃないけどアタシも苦手だ!」

 先行き暗そうな雰囲気だが所詮は学校行事、命を賭けるわけではないので気楽にやればいいのだ。ちなみに八早月はボール遊びはまあまあ得意である。形が大分違うとは言え、力の入れ方はクナイや小刀を投げるのとそう変りないし、ドッジボールを避けることなんて木刀での剣技よりはるかに手ぬるい。

 その中で苦手意識があると言えば、サッカーやバスケットのように大きなボールをゴールへ入れるものくらいである。特にサッカーは蹴ったボールをどこかへ狙わないといけないのが難しい。力任せならお手のものなのだが。

 こうして時には一生懸命、時には周囲にあわせて力を抑えながら頑張った結果、三年生の二クラスについで全校三位と言う立派な成績を収めることに成功した。

 担任の松平吉宗まつだいら よしむねは、事前に男子生徒と約束していたらしく、三位以内に入ったご褒美として全員にジュースをご馳走する羽目になり明らかに涙目になっていた。

 だが次に涙目になったのは、球技大会の結果に満足しご機嫌で校内へ戻ったところ、廊下へ貼り終えられていた期末考査の結果を見た生徒たちだった。
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