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第四章 文月(七月)

61.七月二日 放課後 ティータイム

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 昼休みに寒鳴綾乃さむなき あやのがわざわざやって来てくれて、仲の良い友達二人を紹介出来たことに八早月やよいはとても満足していた。時間が無くてあまり話せてはいないが、それでも第一印象はお互い悪くなさそうだ。

 これも板山美晴と寒鳴綾乃の社交性が高いことが要因だろう。とにかくどちらもコミュニケーション能力に長けているのだ。引っ込み思案な夢路や、現代人らしからぬ言動をしがちな八早月と比べたら月とすっぽんである。

 そんな年頃の乙女たちが四人も集まったのだから、昼休みの短い時間ではあいさつ程度で時間切れとなっていたのは当然の話だ。かと言って大人のように、帰りは街のカフェでゆっくりと過ごすなんてことも出来るはずはない。

 と言うわけでやって来たのは、中等部棟と高等部棟の間にある図書室棟一階のフリースペースだった。テストが終わって間もないと言うのに教科書を広げて勉強しているグループもいるが、常識的な範囲であればおしゃべり自由な空間である。

「ここは二、三階が図書室になっているけど、一階は自由に使っていいのよ。
 はしゃぎ過ぎなければ黙っていなくてもいいというのがポイントね。
 私はここでミルクティーを飲むのがお気に入りなのよ?」

「八早月ちゃんってば初めてミルクティー飲んだ時ビックリしてたよね。
 缶の紅茶に感動しすぎだってばー」

「でも日本茶と違って色々入れてもいいのは嬉しいよね。
 フルーツのジャムを溶かしてもおいしいんだよ?
 パパなんて洋酒を垂らして飲むことだってあるしね」

 いくら話をしてもいいスペースだと言っても限度はある。周囲からジロリと冷ややかな視線が注がれて、四人は肩をすくめながら飲み物を買い、それから図書室へと上がる階段から一番遠いテーブル席に陣取った。

 意外と言うか想定内と言うか、美晴と綾乃は同じグレープソーダを選んでおり、ミルクティーの八早月、カフェ・オ・レの夢路とは好みが大分違う。それでも楽しい話が好きだという共通項のおかげでささやかな放課後のティータイムが過ぎて行った。

 話題は綾乃の前の学校のことから始まって、制服の話や設備の話、当然恋の話まで様々だったが、友人関係についてはあまり触れたく無さそうに見える。聞いた話では、陰で不幸体質と言われていたので他人とは距離を取るようにしていたらしい。

 しかし今はそれほど気にすることはない。八岐神社から施与せよされた護符には十分な防護力が備わっていて身の安全に役立っているはず。そしてまもなく引っ越しと聞いている新しい寒鳴宅には神杭も打ちこまれているのだから。もちろん、この学園にも何本もの神杭が撃ち込まれており、学園全体が結界で覆われている。

 願わくば、綾乃がこれから過ごす学園生活が健やかで楽しいものであることを願わずにはいられない八早月であった。考えていることは話題になりやすいのか、いつの間にか話は転入してきた理由へと進んでいた。

「あ、ごめんね、言いたくなければ無理に聞き出そうなんて思ってないの。
 一学期の途中からなんて大変かなって思っただけ。
 別に理由なんて知らなくても力になれそうなことは何でも聞くからね」

「うん、ありがとう、みんなはオカルトとかそういう話は苦手じゃない?
 実は私って変なものが見えちゃう体質なんだよね。
 霊とかお化けみたいなそういうのが見えたり変なことが起きたりするのよ」

「ええっ!? マジで!? やっぱりそう言うのってあるんだね。
 TVの心霊特集とかには写ってないから嘘っぽいって思ってんだけどなぁ。
 ねえねえ、どんな感じなの? やっぱりヒンヤリしたりするの?」

「それに変な事ってどういうことが起きちゃうの?
 髪斬りにやられたり銭洗いの声が聞こえるとか?」

「その二つは出会ったことないけど、急に体が動かなくなったりとかはあるよ。
 なにか聞こえるのはないけど、黒い影みたいなのは時々見えるんだぁ。
 でも善人っぽい霊もいて、最近だと家を建ててるところにオジサンが出た!」

「オジサン!? そんな具体的な感じに見えることもあるんだね。
 脚はあった? やっぱりもやもやってなってるの?」

「そのオジサンには脚有ったよ、それで大工さんたちと一緒に働いてたね。
 きっと働き者の幽霊なんじゃないかな」

 綾乃が話しているのは六田櫻むた さくらの呼士である弧浦こうらのことで、地鎮祭での一件についてなのは間違いない。一目で善悪を見切ったのかたまたまなのかはわからないが、ただ見えるだけではないからこそ妖憑あやかしつきへも抵抗できていると考えられる。

 それにしても明るく振舞い、まるで楽しそうな出来事として語っているが、過去、妖に魅入られ相談しに来たり祓ったりした人たちと同じだとするととんでもない。金縛りもそうだが、夢見が悪く満足に睡眠がとれていなかったり、急に躓いて道路へ押される感触があるなんてものもあった。

 きっと今までどれほど恐ろしい目にあって来たのか想像もつかない。そう思いながら話を聞いていると、綾乃は突然涙を零した。

「えっ!? 寒鳴さん、突然どうしたの?
 辛いなら無理に話さなくても良かったのよ?」

「ううん、違うの、なんて言えばいいんだろう。
 凄く嬉しくて、みんなちゃんと話を聞いてくれるんだもん。
 私が言っていることをはなから嘘だって決めつける人多かったしね」

 やはり今までの生活は相当辛かったのだろう。人づきあいの上手くない八早月だけでは支えられなくとも、美晴と夢路が一緒ならきっと大丈夫、そんなことを考えながら綾乃へハンカチを差し出した。
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