限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第五章 葉月(八月)

117.八月三十一日 夜半過ぎ 夢枕(閑話)

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 ほんの数日前のことを真っ暗闇の中で思い出す。水竜に永遠とわの命を授かったと言う白蛇からの懇願を受け目を覚まして見れば、例の娘と一緒だったとは面白いめぐりあわせだ。

 白蛇曰く、旦那が先に亡くなり祀られてしまったが、水竜に呑みこまれたので神格を得られず贄になったようだと聞かされた。その水竜も千年以上前に役目を果たし眠りについていると言う。

 数十億年前、われがこのたまより産み出された時には、水どころか大地すらないただの球体であった。そこへ炎をまき散らし、地竜、水竜を多数放ったのがつい先日のようにも思える。やがて炎の上に大地が作られ、更にその全てが水で覆われた。閉じ込められた炎は大地の裏側を溶かし、さらには破裂するように地上を隆起させていった。

 冷えた大地は緑で覆われ、水の中には細かな生命が産まれていった。長い長い年月を飽きることなく眺めていると、いつしか自我を持った生命体までもが産み出されていた。

 遠く離れた大地では、我と同じくして珠より産まれ出た存在が、自分の姿に似せて人と言うものを作っていた。興味を持った我は、同じように自分に似せて作った蛇と言う生命体といくつか交換したのだった。

 強大な自然の中でか弱き存在であった人だったが、どういうわけか繁殖力と創意工夫だけは得意な様子とみえる。自分たちよりもはるかに凶暴で力強い動物へ無謀にも挑み、命のやり取りを重ねる姿を頻繁に見かけた。

 この億を超える年月の間、あらゆる生命体は年月と共に形を変え、生き方を変え、環境に適応するよう進化していった。しかし人はそれほど変わっていない。それどころか、脅威となるものを排除することで身を護ると言う方法を最優先に考えている。

 凶暴な動物がいればそれを殺し、住まうことに邪魔な森林があれば斬り倒す。それは当然のように同族へ向かっても適用され、人同士が殺し合うことなぞ当たり前の日常で、場合によっては果実一つを取り合って身内で争う事さえある。

 いつしか我は地上の様子を見ることに飽いてしまった。だがそんな時にあの面白いものを見つけてしまったのだ。

 我が管理している大地の中でも小さな島に住む者たち。その中でも広い大地に目もくれず、好き好んで貧相な糧しか得られないような山奥に居を構えている変わり者たちをみつけてしまったのである。

 そやつらは、我が数百年前にくしゃみをして出来てしまった容易に消えぬ猛火の山を、天からの授かりものとして崇め続けていた。山から流れる溶岩から武器や道具を作り、皆で協力し狩猟と農耕をして食いつないでいるらしい。

 そして驚くことに、一度も我を見たことが無いのに八頭八尾の大蛇を神と呼び崇め祀っていたのだ。我はそれが気に入ってしばらくこの地へ住むことを決めた。いや、もしかしたら単純に嬉しかったのかもしれない。

 だが楽しく暮らしているようなこやつらにも悩みがあった。この地に限らず人が願い続けると珠は応え、神と呼ばれる存在を産み出してきた。神は人の願いに応え雨を降らせたり、稲をたわわに実らせたりする。願いすぎればすべては叶わず、結局は差し引きで等価になる仕組みではあった。

 それでも人は欲のままに願い続けた。そして神は叶えつづけた。等価から差し引かれた負の部分が世へ溢れかえり、その結果産まれ出たのが妖である。

 妖は様々なものへと憑りつき、その願いの振り戻しの分だけ悪を働く。田畑のために雨を願えばその恵みを受けた分だけ水害に見舞われる。氾濫が収まることを願えばやがて日照りがやってくると言うものだ。それでも等価に足らない場合には妖として人や家畜を襲い、何かしらを奪っていく。

 我の気にいる村でも同じように妖の被害はあった。それは必ずしも村人が原因で無いこともあるが、襲われたのなら抵抗するしか道は無い。こやつらはそのために武器を鍛えていたのだった。

 ある時、大妖が出現したいそう困った村人たちは我に贄を差し出した。だが困ったのは我も同じ、人を捧げられてもそんなものは喰わないからだ。しかしこやつらの願いは切実なものであり、このままでは全て滅んでしまう可能性もあった。

 贄として選ばれた娘はまだ年端もいかぬ童女わらわめであり、祠のそばに縄で繋がれ置いていかれてしまった。仕方なく助けてやったが、贄となった身では帰るところはもう無いと嘆きうるさくて敵わない。

 いい加減にしろと面倒を見る相手をあてがうため、娘に望む相手を呼んでみろと命じ常世とこよから選んでみると、どうにも娘には似つかわない屈強な若者が現れた。なんにせよこれに娘の相手をさせれば良いと考えたところ、娘が願ったことは妖を退治することであった。

 だが武器を見たことの無い童女には、人を望むことしか出来なかったのだ。これまた困った我は、自らの尾を一本切り落とし武器へと変え若者へと与えた。すると武器を手にした若者は娘の望む働きを見せる。

 こうして近隣で猛威を振るう妖の大多数は討伐され、娘は無事に村へ戻ることが出来た。細かな妖は多少出ることもあったが、それくらいは許容範囲と言えよう。娘の体験は村人たちへと伝えられ、小さな祠だった我の住まいはいつしか大きなやしろへと建て替えられた。

 娘はやがて婿を取り子を産み、妖退治が出来なくなるほどの老婆になったが、どういうわけか奇妙な祭りを開き自分の子へ役目を継承させてくれと願ったのだ。我は確かにそれも必要だと考え、贄の子へ継承さすべく常世の若者から剣を取り上げた。

 今まで十分に働いた若者は常世へと帰ってしまったが、尾で作った剣は我の元へと戻り、それは次に子の願いに沿って呼び出した常世の者へと授けた。次も似たような屈強な戦士であり妖退治に優れた若者であった。

 そんなことを数代繰り返すうちに、贄の子孫は分家として社の周囲八カ所へと別れ住んだ。なぜならば、そこには村人たちが長年崇めている、我のくしゃみ跡であるたたら場と呼ばれる製鉄所があったからである。

 我の頭は八つで尾も八つ、こやつらもせっかく八つの家を興したのだから武器も平等に授けてやろうと思いついき、継承の度に手伝うもの面倒になっていたので最初の当主である贄の直系へその技を伝授した。元は大仰なものではなかったが、いつの間にかあのような奇祭になった理由は全く理解できないところではある。

 八家の面々は段々と血が薄くなって行くせいもあって力は弱まって行ったが、それでも妖退治には十分な力を絶やさず伝えているようでなによりだ。

 だが当代当主のこの娘は今までとは違っていた。きっとこやつらが呼ぶところの先祖がえりと言うものであろう。最初の贄と瓜二つな顔立ちに小柄な体躯、そして何より持っている力の大きさがそっくりなのである。

『これも父母の名が偶然にも組み合わさり『道』を『手繰たぐ』ったのかもしれぬ』

 櫛田家までやって来た八岐大蛇は、文机ふみづくえに突っ伏している八早月を眺めながら心の中でつぶやいた。数百年の眠りから目覚めてしまい暇を持て余しているため、呼ばれてもいないのに夢枕へ立とうとやって来ていた。

 しかし夏休み最終日と言うこともあり、八早月が宿題の追い込みで遅くまで起きていたため夢枕に立つ事も出来ず、やむなく立ち去ろうとしながらもう一言つぶやく。

『ふむ、体を壊さぬようおどろかせ注意せよ
 早々月へと帰ると言いそめぬ言いださぬようにぞ?』


ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-
※この話は八岐大蛇ヤマタノオロチ須佐之男命スサノオノミコト、および櫛名田比売クシナダヒメ奇稲田姫クシイナダヒメの神話を元に創作したものですが、古事記等に記された話を貶める意図はありません。子孫や関係者の方々にはご理解のほど、お願いいたします。また、かぐや姫伝説も加えていますが時代が違う等は承知の上ですのでご理解ください。

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