限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第五章 葉月(八月)

116.八月三十日 早朝 豹変

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 本日は木曜日、と言うことは早朝訓練の日である。六田楓は疲れが取れていなかったため、不気味だと思いつつもありがたいと感じていた。この一週間ほどは夏休みの宿題を終わらせるために夜遅くまで起きていて寝不足なのだ。

 まだ高校一年生とは言え、できれば都市部の大学へ行って羽目を外し、楽しい学生生活を送りたい。卒業後にはどうせ家に戻り鍛冶の修行をするか、鍛冶師の婿を探すかを選ばなければならない。それだけに高校生活、特に成績は重要だと言える。

 そんな想いを知ってか知らずか、今日の八早月は少し丸く見える。鍛錬のメニューは大差ないが、山道を走る速度は抑え気味、終わってからは休憩時間を取り、打ち込みにかける時間も以前より短いはず。

 まさか体調でも悪いのだろうか。もしかして楓と同じように夏休みの宿題に難儀し、寝不足なのでは無いだろうか。とにかくらしくない。だが立ち合いを始めて気が付いた、どうやら気のせいだったらしい。

「てやあっ、はあああ、きえええ! たあああっ!」

「はい、はい、ほっ、えい!」『がしゃん』

「ま、参りました…… はあ、はあっ」

「では楓はこの辺にしましょうか。
 先週はお休みにしたけれどちゃんと励んでいたようですね。
 きっと櫻さんも喜んだことでしょう」

「はあ、ええ、やっぱり弱いのは悔しいから……
 それにしても今日は随分と控えめな鍛練でしたね」

「物足りなければ増やしますが、体を壊しても困りますしね。
 適度な鍛錬量が必要なのではないかと考えたのですよ。
 その足りないと感じた分がこれまで積んできた修練と言う事でしょう」

「なるほど、自主性にまかせるようなものなのかな。
 それならばあの丸太を分けてもらっても構いませんか?」

「いい心がけですね、後ほど何本か運んでおきましょう。
 直臣とドリーの家にも運んでおきますね。
 あの練習を行っている流派は、一日千回以上振って半年ほどで立木が細くなりダメになるそうですよ」

「はあ、最低でもそのくらいは出来ないといけませんね。
 いくら呼士が戦ってくれていても、本体が先にやられては意味がないですし」

「直臣はすぐに諦めがちなので、精神力を中心に鍛えるといいでしょうね。
 その点はドリーに見習うところがあると感じます。
 しかしドリーはドリーで剣術がいまいちです。
 楓は調和のとれている強さ、剣術も体術も優れていますし精神面も問題ない。
 でもそれは逆に得意がないとも言えるし、全てを鍛えていく必要があると言うことでもあります」

「ナルホド、そう言った分析、必要デスねー
 ワガハイは負けず嫌いデスからいい面もありそう、デモ剣術はまだ短く未熟」

「焦ることはありません、じっくりやっていきましょう。
 妖退治には呼士が頑張ってくれますし、それには精神力が一番大切ですからね。
 自分が感じた痛みは呼士も感じているもの、我慢するのではなく共有していると考えた方が耐えやすいと考えます」

「わかりました、来年までの課題として肝に銘じておきます。
 今年は紅羽くれはに悔しい思いをさせてしまいましたからね」

「私なんてもっと酷かったわよ…… あいつ全然いうこと聞かないんだもの。
 それもこの鍛錬で改善されるのかなぁ」

「もちろんですよ、自然との調和に自己鍛錬が最重要ですからね。
 森林浴も効果があるはずですし、祈祷はもちろん欠かしてはいけません。
 楓も去年までは平気だったのですから、生活態度の変化でもあったのでは?」

 明らかに何か思い当たることがあるといった表情を見せた楓に、八早月はにこりと笑いかける。楓はマメだらけの手のひらをとネイルをしている甲側とを交互に見てから後ろ手に隠した。そうは言っても年頃の少女なのだから自然と戯れるより、他のことに時間を取られても仕方ない。


 そんな八早月の笑顔と突然甘くなった鍛錬メニューを鑑みると、当主筆頭に初恋でも訪れたのではないかなどとドロシーは考えていた。ここ最近で変わったことと言えば泊まりがけでどこかへ遠出していたらしいし、その時にひと夏のロマンスでもあったのかもしれない。

 鍛錬を終えて帰宅し、シャワーを浴びてスッキリしていたドロシーが勝手な想像をしていると、表でドサドサッと音が聞こえた。何事かと窓から覗いてみると、庭には数本の丸太が投げ出されており、甘くなったのは自分の頭のほうらしいと反省したのだった。
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