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第2章

第32話、人造人間

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 ひたっひたっ。

 全員の視線がその湿った音がする方向に集まる中、階段を下りてくる者の姿が足元から順に見えてくる。
 やはり素足、白のワンピース。
 そして腰のあたりからは長い金髪も見え出す。
 そう、魔術師の洋館を彷徨う者、不死者シェリーであった。
 ダンジョン内を彷徨っているって話だけど、こんな深部まで来ていたのか。
 そして床を走る光の筋が、階段を登りシェリーを一直線にさしている事に気付く。
 またシェリーの後ろの階段には光が伸びていない。

 え?
 いや、まさか?
 動いているけど、……そうなのか!?
 そしてこんな言葉が頭に浮かぶ。

 自律式移動型迷宮核。

 つまり不死者シェリーが迷宮核、なのか。
 このダンジョンの迷宮核はダンジョン内を動いていた!
 予想外の真実に言葉を失う。

「助けて」

 その時聞こえた。
 聞き間違いなんかじゃない、シェリーの口から微かに言葉が漏れている。
 感情のこもらない低い声で、ぽつぽつと何度も助けを求めている。
 気が付けば脚が動いていた。
 胸が締め付けられる中、助けねばと思った。
 俺には何故かは分からないけど、魔法関連の封印の解除、そして迷宮核の記憶を剥がす事が出来る特殊能力がある。
 早く迷宮核を、不死者シェリーという存在をダンジョンから解放してあげないと。

 シェリーはゆらゆらと横に揺れながら、廊下を進みこの部屋へ入ってきた。俺も歩を進めると、そんなシェリーと最接近する。
 改めて間近でまじまじと見て、あまりの姿に脚が止まり、奥歯を噛み締め、また胸が再度締め付けられる。

 露出している両腕の表皮は細かく縦に裂け、その皮膚の下には無数の球体、目玉みたいのが見える。
 また頭部は円形脱毛症のような部分が長いブロンドの髪の下にいくつもあり、そして顔面には、前回見た時は縦の切れ目しか分からなかったが、ここも腕と同じように切れ目の下にはこれでもかといった程のギョロギョロした目玉が見えている。

 なんて酷い姿なんだろう。
 そして、なんて可哀想な姿なんだろう。
 シェリーさんは、この姿に近い状態でこの世界に存在をしていたはずなんだ!

 男の研究の犠牲者なのか、はたまたその娘なのか。
 一つ言える事は、生きた人間がある日を境にこの姿に近い状態になってしまったなら、正常な精神ではいられないだろう。

 俺の横を通り過ぎ、なおも彷徨い歩くシェリーさんの背中に、俺はスッと手を伸ばした。
 そしてその身体に触れた瞬間、電流が走り視界が光に包まれる。
 前回と同じだ。
 遠い先に生まれた小さな黒点が、猛スピードで迫る事によりその体積を増していく。
 しかし今回は切り取られたような真四角の映像が近づいてきても、その中は真っ暗闇で他にはなにも見えない。
 そして俺は、その暗闇の中に飛び込む形で入っていった。


 ◆


 重いまぶたを開くと、無機質な天井が見えた。

「ここは? 」

 意識が鮮明になる中、ゴリゴリと骨へと響く、呼吸をするのさえやめてジッと痛みに堪えたくなるような鈍い痛みが、頭部からしている事に気がつく。

 やっ、やめて!
 あぁぁ、いたい!
 いたい!
 いたい!

 そこで気がつく、声が出ていない事に。
 そこで気がつく、口が動いていない事に。
 指を動かす事も出来ないどころか、目蓋の瞬き、眼球さえも動かせない。
 ゴリゴリという痛みがずっと続いているのに。

 やめて!
 助けてお父さん!
 助けてお父さん!

 無意識のうちにいつも優しく頼りになる父親の顔が頭に浮かび、その名を連呼していた。
 そして程なくして痛みが治まると、視界に人が写り込んできた。
 それは父親、私のお父さんの姿であった。
 先程からずっと私の頭に死ぬほどの痛みを与えていたのは、お父さんであった。
 そして声が聞こえる。

「今回も失敗なのか? 人造人間ホムンクルス生成手順は完璧なはずなのに。
 ……くそっ、どうすれば魂を呼び戻せるのだ?
 外見はそのままだというのに」

 伝わる落胆と憤り。

 私は生きてる!
 お父さん、生きてるよ!

「……いや、私は今まで外見にとらわれすぎていたのかもしれない。
 シェリーが戻ってくるならば、どんな見た目でもいいではないか。
 ……闇と光を転じさせしことわりを歪めし青白い渦よ、我に奇跡を、奇跡を起こしたまえ。
 メディカリバデトゥルゥブルゥ」

 お父さんの周囲に発生した煙が、吸い込まれるようにしてお父さんの手のひらに収束していく。
 そして鶏の卵程の真っ黒な球体が生まれた。
 その球体の外周には光り輝く魔法文字が帯状に浮かび、それらが高速で回転をしている。
 そしてその球体は、私の頭部に開けられた穴へと入れられた。

 絶叫!
 しかし身体は何も動いてくれない。

 ズキズキした痛みが走る。
 そしてその球体が熱を帯びていると気付いてから程なくして、焼ける匂いと白い煙、そして頭部の中から焼かれる感覚。

 あがっ!
 熱い、熱い、痛い!
 やめて、やめて助けて!

「もう一つ入れてみるか」

 お父さんの声。
 視界には新たに生まれた、別の黒い球体を握りこむ手が見える。

 やめて!
 やめてやめて!

 や"がっ、や"ぐっ!

 頭の中にある球体と入れられた球体が当たり、ゴチッと金属音が頭の中で響いた。
 そして眼球が熱で焼かれ何も見えなくなり、それからさらに暫くしてから、やっと私の意識が途切れた。

 それから何度目だろう?
 幾度も目が醒めると、私はこの拷問のような仕打ちをずっと受け続けている。

 自身がなにものであるのか?
 身体はどうなっているのか?
 なぜこんな仕打ちを受けないといけないのか?
 そのような考えは、私の中ではもうどうでもよかった。
 ただただ、目の前に毎度現れるこの人間を、いかに殺してやろうかと考える日々が続いていく。

 それからさらにどれくらいの月日が経ったのだろうか?
 男の『成功した! 』という言葉を聞き、私はベットから上体を起こす。
 そして私は、泣いて喜ぶ男を逃さないよう抱きしめると、じっくりと時間をかけて生きたまま少しずつ食べていく。
 男がのたうち回るのをやめて何日が経ったのだろう?
 私の顔面と頭部、そして腕が高熱になっている事に今更ながらに気付く。
 腕の見た目は最悪である。
 おそらく私の首から上も同じような有様になっているはず。

 終わらせたい。
 こんな酷い私の生を終わらせたい。
 椅子の脚を折ると、切っ先の尖った部分を自身に向け一気に引き寄せる。
 心臓は貫いた、それから鼓動も聞こえなくなった。
 身体も全く動かなくなり、呼吸も止まった。
 それなのになんで?
 なんで私の意識はあるの?
 人は死んだら天国にいくんじゃないの?

 私は……生き物じゃない?

 ……。

 ……物?

 それから月日が流れ、私の呪われた肉体を食べ物と認識した虫たちが群がる中、一筋の強烈な光が私を照らし出す。

 暖かい。

 それが神の救いの光である事が、私には直感で感じ取れた。
 そして——

『シェリー、ことわりから外れてしまったあなたを救うには段階を踏まねばなりません。
 それにはこれからある役目を全うする必要がありますが、あなたはそれを受け入れますか? 』

 神の声に、私はこれからどのような役目、存在になるのかが理解できた。

 私がダンジョン?
 噂には聞いた事がある。
 その噂の一つに、ダンジョンが崩壊する時、周辺の土地が豊かになる事を。

 私の呪われた生が何かの役にたつのなら、私は喜んでそれを受け入れたい。
 すると私を照らし出す光が更に強くなっていき、私の意識がそこでやっと途切れてくれたのだった。
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