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第3章

第15話、導き出した答え

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 クロさん、魔術師の洋館でもそうだったけど、どうやらキレたらとんでもない力を発揮するようである。
 で、とてつもない力で背負い投げをされ地面に叩きつけられたライトニングはというと、あんぐり口を開けており完全に意識が飛んでいるようだ。

 これは俺も粗相をしないよう、注意をしておいて間違いではないだろう。

 さてと——
 俺とアズ、そして八本の影縫い胡蝶を回収したクロさんは、今回の騒動の主謀者であろう小男を取り囲んでいた。

「お見逃し下だせぇ! 」

 開口一番、小男は地面に這いつくばり土下座をしながらにそんな言葉を吐いてきた。

「あっしも故郷の家族を食わせてくため、泣く泣くこの仕事をしてやして……」

「あははっ、そんなこと知った事ないわ! 」

 ピシャリと斬り捨てるアズ、が突然俺の袖を引っ張ってくる。
 見れば瞳を輝かせながらこちらを見上げていた。

「ねぇねぇ、まずは手足を吹き飛ばすのだったわね! 」

 その言葉に、小男は誰が見ても一目瞭然なぐらい顔を青ざめさせる。

 いやいやアズさん、そんな事の同意を求めてきて、俺がウンと首を縦に振ると思っているのですか?
 と言うか、俺の言葉を間違って解釈しているみたいですね。

「アズ、昨日言ったのは言葉の綾だよ。
 それに昨日と今日とでは、状況が全く違うじゃないか」

「そうなのね。そしたら今回のケース、どうするの? 」

 ん?
 えらく聞き分けがいいな。
 これは俺の意見に従う、って事だよね?
 と言うか、もしかして!?
 アズは俺を通して、……学ぼうとしているのか!?
 場面場面でどのような判断をしていくのかを。

 彼女のそういう前向きな姿勢、やはり好感を持ってしまう自分がいる。
 それに先程から上目遣いで俺の言葉を待っている姿が、小動物のようでとても可愛い。

「ねぇ、どうするのよ? 」

 撫で撫でしたい欲求を一旦抑え込む。
 ……つもりだったのだけど。
 既に撫で撫でしてしまっていた。

 アズは目を細め頭を俺の方に傾けてくる。

「アズ、考えるから少しだけ待っていてね」

「んぅ」

 さてどうしよう?
 お礼参りに来たら返り討ちにする手はずだったけど、その後の事は全く考えていなかった。

 ここに真琴がいれば、なるほどと言った考えを出してくれるんだろうけど——

 いや、何を甘えているのだ。
 いざという時には助けとなりたいし、なにより頼られる男になりたい!

 考える事を放棄せず、頭を働かせないと!

 ……。

 こういう決断をしないといけない時って、正解は人それぞれで、またその時々で違ってしかるべき、だよね。
 だってそういうのに直面した時、その時の自分が置かれた立場や状況、そして知識や経験、それらを駆使して、現在最適だと考えられる答えを導き出し、実行するしかないから。

 人は成長していく生き物だ。

 だからこそ、たとえ後々に後悔する選択をしてしまったとしても、その時はそれしか考えつかなかったわけで、その先の後悔もひっくるめて、それが正しい選択となるような気がする。

 前置きはこれぐらいにして——

 んで今回のケース、俺たちに当てはめると……。
 やっぱり、甘いかもしれないけど俺は命のやり取りをするレベルじゃないと思う。

 ただしこの考えも現時点まで、である。
 流石にまた同じように何度も襲われると困るし、今からのやり取りで人格的に救いようが無いと判断したならば、今すぐにでもトラウマレベルの制裁が必要だと思う。

 この人の今後のためにも。
 と言うわけで、俺が導き出した答えとは——。

「おじさん、今から少し話をしましょう! 」

「へっ? 話をですか? 」

「はい、お話です。それで俺が納得したならば、このまま帰って貰ってかまいません」

 思った通り、なに言ってんだ? って顔で見られています。
 想定内の反応、とは言えちょっと傷つきますけどね。

「まず名前を教えて下さい。あっ、俺はユウトです」

「……あっしは、イチエと申しやす」

「それじゃイチエさん、今からいくつか質問するので、答えて下さいね」

「へぇ」

「まず、ここの土地の人じゃない、ですよね?
 どうしてここで仕事をしているのですか? 」

「……それはあっしをよく指名してくれる、顧客の依頼でして。
 それで前々から活動範囲テリトリーを広げるのも、今後なにかあった時に備える意味で悪くないと思ってやしたのでね、今回引き受けやした」

「なるほどですね、やはり依頼人が他にいましたか。
 そしたら今後、イチエさんみたいに新たに依頼を受けて、俺たちのところに人が来る可能性があるわけですよね。
 でもそれは困るので、どうするか対策考えるためにも、良かったら依頼内容を教えてくれませんか? 」

 小男改めイチエさんは、そこで口を閉ざしてしまう。

 そりゃそうだろうな。
 こういう話、スパイ物のお約束では、依頼主の情報は死んでも話せないってのがよくあるパターンだからね。

 でもそこは、こちらも譲れないところである。
 話してくれないなら、使いたくないけどこちらも強硬手段を取らなければいけなくなってしまう。

 でもそれは、最終手段。
 下手な鉄砲数打ちゃ当たる作戦、発動します!

「答え辛そうなので、別角度で質問をしますね。
 今回の依頼、俺たちの生死は関係ないですよね? 」

「……えぇ」

「そして俺たちの素性も、大雑把でしか知らないはず。どんな背格好って聞いていましたか? 」

「ダークエルフの男と黒髪の獣人女、そして銀髪の娘の三人組だと」

 ふむふむ、この流れだと——

「そしたらその依頼主に、スライムの木の在り処さえ伝われば、俺たちは今後狙われないというわけですね」

「……そうなりやすね」

 言い方変えたのが、良かったみたいだ!

 ……いや待てよ、逆に最初の質問が直球すぎて失敗していたという説もある!?
 とにかくそれは、横に置いといて、だ!
 俺は何かに気づいたかのように、大袈裟にポンと手を打つ。

「そうそう、スライムの実が入手困難になっているんですよね? 」

「……えぇ」

 当たった!

「それはなんでですか? 」

 再度言葉を詰まらせるイチエさん。
 しかし今回は口を閉ざしたままではなく、少しの間を挟んだあとに動かし始める。

「……人工栽培されている、スライムの実のルートが寸断されてやしてね」

「人工栽培!? 」

 そこでイチエさんは、腕を組み逡巡したのちに口を開く。

「今から話す情報は、ある一定のランク以上の冒険者なら受注可能なクエストのため、その事に気付き調べさえすれば誰でもたどり着く内容となっておりやすので、お話ししやしょう」

「はっはい、お願いします! 」

 するとイチエさんに苦笑される。

「ダンジョン『迷いの森』。
 スライムの木は、そこの深部、ボス部屋で大量栽培されていやす。
 しかしここ半年くらい前から、その供給がストップしていやして。
 それは何故かと言うと、単純にそこへ行って帰ってくる者がいなくなったからで」

 イチエさんがおもむろに目を閉じた。
 そして再度瞳が開かれた時、その表情は今まで見たことがない、どこか真剣なものであった。

「迷いの森はラビリンス型ダンジョン。
 そして深部であるボス部屋にたどり着くには、女性もしくは女性のみで構成されたパーティーでないといけやせん。
 しかし収穫運搬をしていた女性の冒険者たちは失敗してしまい、心と身体に傷を刻まれちまったって話です」

「失敗って、収穫はなにか技能が必要だったりするのですか? 」

「いえ、ご存知だとは思いやすが、普通に容器に移し替えるだけの単純作業でやす」

「つまり問題なのは、そのダンジョンボスって事ですか? 」

「へぃ」

 そこでイチエさんが一呼吸置く。

二面樹にめんじゅはご存知で? 」

 にめんじゅ?
 なんですかそれ?

「私、わかります」

 クロさんが、答えに詰まっていた俺の代わりに答えた。
 そして彼女は俺とアズに視線を送った後、俺たちに説明をするように語り始める。

「二面樹は恐ろしい木です。
 私の田舎に、二階建ての民家ぐらいの高さの二面樹が一本生えていましたけど、あの木は縄張りを荒らされるのを酷く嫌います。
 そして縄張り内に仕掛けた罠に獲物がかかると、嫌がらせをしちゃいます」

 木が、いっ、嫌がらせ!?
 流石異世界!

 そしてクロさんの話の続きをイチエさんが引き継ぐ。

「そう、ソウルリスト『神木しんぼく二面樹』となるまで大きく育っちまいやしたボスは、罠にかかった人間を地獄に落としちまいやす。
 その名もクスグリ地獄」

 えっ?
 なんか、正直少し拍子抜けなんですけど。
 くすぐるだけ?

「それがたったの10分間であったとしても、それを一度経験しちまった女性は完全にトラウマもの。
 二度とあの場にいこうなんて気にはならねぇそうで」

 うーん、たしかにちょっと脇腹触られるだけでも苦しいけど、単純に考えてそれが10分間か。
 よく考えたら結構キツイかも。

「そして二面樹の名が示すようにこのボスも例に漏れず、誤って攻撃でもしようものなら一変。
 幹に巨大な瞳が一つ現れて、破壊の限りを尽くすそうでやす。
 その強さはB級冒険者で固めたパーティーでも一溜まりもなかったそうで」

 なるほど、話が一本の線で繋がった。
 そんな裏事情があって、クロさんが出品したスライムの実に高値が付いたんだ。

「イチエさん、ちょっと作戦会議をするので少し待ってて下さいね」

「へっ、へぇ……」

「アズ、一応イチエさんがこの場から退席しないよう、ちょっと見張ってて」

「いいわよ」

「クロさん、ちょっと良いですか? 」

「えっ、はい! 」

 突然話しを振ったので驚かせてしまったけど、俺はクロさんの手を引き、イチエさんに話を聞かれないよう少し離れる。

「クロさん、スライムの木の場所なんですけど、イチエさんに売らないですか? 」

「えっ!? ……えぇーと」

 俺の突然の申し出で考え込むクロさん。

「あの場所、旅をする以上俺たちがずっと確保するのは難しいですよね?
 他の人がたまたま見つける可能性もありますし」

「えぇ」

「それとさっきの迷いの森の件、これも誰かがルートを確保したら、その時点でクロさんが見つけたスライムの木の価値が落ちてしまいます」

「そう、ですね」

「なので、売ってしまえば追加でお金も入りますし、なにより無用な危険も減ると思うんですけど、どう思いますか? 」

 クロさんの瞳を真っ直ぐ見つめてそう伝えると、余裕のなかった表情から柔らかさのようなモノが滲み出てきた。
 そしてフーとため息をつく。

「ユウトさんのおっしゃる通りですね。
 私も特にあの場所に思入れがあったり、独り占めしたいと思ってるわけではなかったので、それが良いと思います」

「ちなみに残ってる借金は、あといくらになるんですか? 」

「まだお嬢様からお給金を頂いてませんので、五百万ルガと言ったところになります」

「それなら——」

 それから俺とクロさんは売却価格についての打ち合わせをしてから、イチエさんの元へと戻った。


 そしてこのスライムの木がある場所の情報を売る話、乗ってくれるかどうか危惧していたのだけど、イチエさんはこの話に乗ってきてくれた。

 まぁイチエさんの立場に立つならば、大勢の男たちのみならず、あのライトニングも返り討ちにするような相手に追い詰められるも、口先八丁で交渉し目的を達成させる事が出来たと依頼主に伝えれば、その事実は長きに渡り評価されるだろう。

 つまり美味しい話のはず、なのである。
 と言う事で値段交渉開始。

 まずは五百万で提示して見た。
 するとやはり断られてしまう。
 そこからは互いに駆け引きをしながら、値段を擦り合わせていき——

 というのは今回やらなかった。

 こちらの感覚としては、要らなくなった中古品なため引き取ってくれるだけでありがたい、と言う意識があったからだ。
 それに真琴、アズ、クロさん、そして未知数だがかなり強そうなヴィクトリアさんが『ダンジョン迷いの森』に行けば、普通にスライムの実を手に入れちゃいそうだし。

 ただ迷いの森、現状お金に困っていないので、クロさんが稼ぎたいとか言わない限り行くことはないだろうけど——

 そんなこんなですんなり交渉が終了したため、即金で100万ルガを受け取った俺たちは、早速この場でスライムの木の地図を作成。
 そして出来上がったその地図を渡すと、イチエさんは二、三質問をした後に紙を懐にしまった。


「若旦那、あんたみてぇなお人好しは初めてですぜ」

 そう言ったのはイチエさん。
 そして若旦那とは、俺の事らしい。

「……それと気になったんで一つ。
 ダンジョン、特に崩壊した二つのダンジョンについての話題は今時期、酒場でも口にしない方が賢明ですぜ。
 つい最近、立て続けにダンジョンが破壊されちまったもんですから、お国の連中がピリピリ殺気立ってやす。
 話ではそのダンジョンに詳しいってだけで、しょっぴかれ延々尋問を受けるって噂ですし」

 まじですか!?

「あっ、ありがとうございます」

「へへっ、この仕事はなげえですが、喧嘩吹っかけたのにそんな事を言われる日がくるとはねぇー」

 イチエさんは懐から一枚の名刺を取り出すと、俺に差し出す。

「あっしのホームグラウンドは迷宮王国になりやす。
 もしこっちに来る事がありやしたら、おいしい話を格安で流しやすんで、持ちつ持たれつ、ご贔屓にして下せえね」

 その言葉を最後に、既に闇に包まれつつある空の下、イチエさんはスッと闇に溶けるようにして立ち去った。

 渡された名刺を確認すると、刀身街とうしんがい七番区、斡旋所イチエ、代表イチエ=サムシャと書かれていた。

 それより迷宮王国ってなんだろう?
 迷宮都市の王国版って事?
 そこで疑問をクロさんにぶつけてみた。

「えっ、ユウトさんは知らないのですか? 」

「え、えぇ」

迷宮都市・・・・は遥か昔のダンジョンの呼び方で、他のダンジョンを侵食しながらも年々規模を大きくするそのダンジョンは、現在一つの国が収まる程の大きさになっています。
 たしか二千年くらい前から迷宮王国・・・・迷宮大陸・・・・と呼ばれ始めたはずですけど」

 そんなに前から。
 この星の女神から、かなり古い情報を摑まされていたようです。

「大きさが大きさなので、ダンジョン内に暮らす人は勿論、丸々国家が一つ入ってるんですよ。
 そしてその王国の事を、人は迷宮王国ラビリザードと呼んでいます」
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