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何も見ておりません*
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今日のニコラはだいぶ忙しそうに走り回っている様子だ。様子を見に行った方がよさそうだと気にかけていたが、ちっとも騎士棟で会えずに、ミアは一人で家に帰った。
それから、また数日、ニコラは家に帰らない。
ミアは着替えと、家で焼いた菓子を持って、王子の住む建物にあるニコラの宿泊室に向かう。
ニコラから王子たちがいる区画には入るなと言われていたが、警邏隊でニコラの署名が必要らしく、ニコラの部下のイーサンが警備の者に止められないようにと、一筆書いてミアに持たせてくれた。
イーサンは、書類は二の次で、ニコラがしばらく騎士棟に戻らず心配なので様子を見てきて欲しいとミアに頼んだ。直属の部下であるイーサンは、ニコラとの付き合いが長く、ミアとの事情も知っている。
ミアが不慣れな区画でまごついていると、大股で廊下を歩いているニコラが見えた。ニコラもミアを見つけて、小走りで近づいてくる。
「ミア?」
「ニコラ様、急ぎで署名をもらってくるように頼まれまして」
久しぶりに見たニコラはひどく疲れた顔をしている。
「……そうか。こちらの建物に近づいてはいけないと言ったのだが」
「はい。ですが、イーサン騎士がこれをニコラ様へと。それと、着替えと菓子です」
ニコラは荷物を受け取るのではなく、それを差し出したミアの手を両手で包む。
「わざわざすまない。ありがたく受け取ろう。だが、もう王子がいる建物には近づかないでくれ。本当に危険なのだ」
「それは、申し訳ございませんでした」
「咎めてはいない。イーサンに頼まれて私を見舞ってくれたのだろう? ミアが訪ねてきてくれたのは喜ばしいことだ。ああ、この書類には印も必要だな。ミア、私の部屋までついておいで」
ニコラはミアを宿泊室に招き入れると、廊下に誰もいないのを確認してドアの鍵を閉めた。
王子たちのいる建物には夜勤で宿泊する騎士の為の部屋がある。ニコラは王子たちを見張れる場所に部屋を与えられていた。
「しばらく家に帰っていないが、何か不便はないか?」
「はい問題なく。作り置きで用意していただく食事が多すぎて困っているくらいでしょうか」
「そうか。しばらくミアと、夕食を食べていないな。ずっと……夜通し見張りをしていなければならなかったんだ」
ニコラはミアに縋るように手を差し出して、ミアをゆるく抱きしめる。
抱きしめられたニコラからは、いつもとは違う城の匂いがした。
「ニコラ様、今日はお帰りになりますか?」
抱きしめた腕がぎゅっと力強さを増す。
「もう帰りたい……今帰りたい……とりあえず騎士棟に戻りたい。王子の部屋が青臭くて頭痛がするのだ――まったく、女を連れ込むだなんて、百年早い。まだ騎士棟のむさ苦しさの方がマシなくらいだ」
なにやら事件がおきているようだ。ニコラは弱音を吐きながらミアの肩口に額を押し付ける。
「ミア、ああ、ミアの匂いだ」
「いいえ、ニコラ様に用意していただいた香油の香りですよ」
弱って見えるニコラが不憫で、背に手をまわして宥めるとニコラは苦笑する。
ニコラは騎士であることが好きなはずなのに、城での仕事を楽しんでいない。
ミアは自分がニコラのことを知りすぎてしまっているのかもしれないと恐怖した。ニコラの性癖のみならず、こんなに嫌々王子の世話をしていたのだと知ってしまった。
(もしかして、年季が明けたら騎士団の秘密を守るために縊り殺されてしまうかも……)
ミアの懸念をよそに、ニコラはいつになくミアに密着してくる。
隙間がないほどにミアを引き寄せ、熱い息を項に吹きかけるニコラの様子に、もしや、と思う。
「ええと、ニコラ様、ミアの胸がお好きでしたか?」
「なっ……」
(今こそ、体でお慰めするチャンスかもしれない)
ミアがそっとニコラの頭を抱えて胸に抱くと、ささやかな胸の谷間でニコラが言い訳を始める。
「違う、そんな事をミアに求めているわけではないんだ」
そう言うくせに、ニコラは抱かれたまま逆らわずに胸の柔らかさを頬で味わっている。
「だって、ニコラ様、部屋も施錠なさったではありませんか」
「いいや、待てと言っている」
抗うような振りをするが、ニコラが本気ならミアなどすぐに振り払われてしまうはずだ。最近のニコラがこういったことに対して、以前ほど頑なでないのをミアは知っている。
「いけない、こんなことは、いけない事だ……」
そう言いながらお仕着せ越しに掌がミアの臀部を揉みしだく。
ミアは少し体を傾けて、そっとニコラの下腹部の膨らみに指を這わせてみた。
「こら、ミア、じっとしておいで」
言うばかりでミアの動きを妨げようとはしない。
「でも、ニコラ様……ここ、窮屈ではありませんか? 私にお任せください」
柔らかく撫でただけなのに、ニコラの股間は熱く力を持ってきている。
「そんなわけにはいかない」
「あまり時間はないのでしょう。それに、何日このままにしていらっしゃったのです?」
「…………大した事ではない」
沈黙の長さが、禁欲の長さだったことが知れて、ミアは殊更優しく昂りを撫でた。
「ニコラ様はお仕事を頑張っていらっしゃいます。少しくらいの休憩がなくては病気になってしまいますよ」
ミアにとって、ニコラの高潔さは無駄な足掻きにしか思えない。対価を払った目の前の商品を貪ることに、何の遠慮がいるというのだろう。
(――なんと言ったら、ニコラ様は私に身をまかせてくれるの?)
「ニコラ様が健やかであることが私の願いなのです。いけませんか?」
ミアはニコラの良く鍛えられた首筋に唇を押し当てて懇願する。
どくどくと血管を流れる血の速さがニコラの余裕のなさを物語っている。
「ミア、私を見るな。私は悪いことをしている。騎士として恥ずべきことを――」
「ニコラ様は立派な騎士です。それに、ほら、ミアは何も見ておりません」
ミアはニコラの澄んだ眼を覗き込んだ後、ゆっくりと目を閉じた。
それを見てニコラはようやく覚悟を決めたのか、片手でミアを支えて、お仕着せのスタンドカラーのボタンをはずしていく。
胸元に冷気が入り込み、ミアはぶるりと一つ身震いした。
お仕着せの胸元から白い慎ましやかな膨らみがあらわれると、ニコラは感嘆のため息をつく。
そうして、しばらくミアを胸元を眺めた後に、下着をそのままにして、胸の谷間に直に顔を埋めた。
「嫌だったら逃げてくれ」
「ちっとも嫌ではありません」
目を瞑って衣摺れの音と騎士服のベルトが外される音を聞いていると、ニコラが小刻みに動き始める。
「ふっ……」
熱い息が胸の谷間に吹きかけられ、ニコラから食い縛った小さな呻き声が漏れる。
「ミア……ミア……」
胸元で名前を呼ばれて、ミアの心臓はぎゅっと握りつぶされたようになった。
あの頑なだったニコラがミアの名を呼び、欲望を吐き出そうとしている。思わず、応えるようにニコラを胸に掻き抱く。
「ニコラ様、私にさせてください……私に……お願い……」
ミアは目を瞑ったまま、不器用にニコラの猛りに向かって指を伸ばす。何度か空振りして、ニコラの手に握られた熱い肉塊にたどり着く。
「なっ……ミア……うぁっ……だめだ、あっ……で……」
ニコラはかぷりとミアの胸の柔肌を頬張り、震えながら達してしまう。ニコラの陰茎の先端に到達したミアの指先に熱い迸りがかかる。
「……あっ、はぁ……ミア、それはまずい……何もするなと言っただろう」
「何もできていません」
「ミアがそんな愛らしいこと言うから、触れられただけで、あっという間に果ててしまったではないか」
手巾でミアの指に付いた白濁をぬぐいながら顔を赤くして言う。
ニコラの熱で、濃い精の香りが立ち上る。
ミアはなんだか、胸が苦しくなって、目頭が熱くなってきた。
「ミ、ミア、どうした? すまない。やっぱり、こんなこと嫌だったのだろう。今すぐ清めてやるから……うわっ、泣いているのか?」
ミアは手がベタベタで、お仕着せを汚すわけにもいかなず、顔を拭えずにポロポロと涙をこぼした。
「ニコラ様……わたし、やっと……やっと仕事らしい仕事をさせていただけました」
ミアはやっとニコラの性を解放した達成感と、それまでの溜まりに溜まった不安感で泣いた。
「いや、これはその……」
「よかった……これで……わたし、井戸に落ちて死んだりしない……」
ニコラは狼狽えた。
ミアが過酷な生き方をしてきたのはニコラも知っている。しかし、その不安はニコラの家に来たことで拭い去れたと思っていた。
まさか、ミアがまだそんなことにおびえているとは思わなかったのだ。
「何を言っているんだ。こんな勤勉な娘の命が脅かされるようなことなど、この国にはありはしない。いや、そんなこと、私が許さない!」
「いいえ、ニコラ様にはわからないんです! 何も持たないわたしのような者が、どんな気持ちで生きているかなんて!」
ニコラは今まで拒みに拒んできたことが、どれほどミアを不安にさせてきたのか、その鱗片を見た。
ミアの涙は止まらない。嗚咽も交じって泣くミアを抱きしめて、ニコラは放出しきった陰茎も下穿きに仕舞い損ねて途方に暮れた。
*
「ミア、これをもって先に帰っていてくれないか。夜には帰れるはずなんだ」
ニコラは汚した下穿きと手巾をざっと洗って、持ち帰る服の間に挟んで隠し、ミアに手渡した。
泣いたミアの顔を冷やしたり、化粧を直してやったりしたおかげで、ミアが大泣きした後だと思う者はいないだろう。
「ニコラ様、さっきは取り乱して失礼いたしました」
「いや。ミアの働きはすばらしいものだった。真実、あの時、私はミアが必要だったし、おかげで本当に癒された。私も反省したのだ。お前から仕事を取り上げていたのだと……」
「……」
ミアは、その言葉がニコラのうわべの優しさだとわかっていて、叱られているような気持ちになった。
「それで、考えたのだが……これからはミアにそういった仕事も頼むようにしようと思う。まあ、時々は。もちろん、ミアが嫌でなければ、の話だが……」
ニコラが言葉を選びながら目の前のミアを見る。
遠くの幻影を追っていたような以前よりは、ミアそのものを見ようとしているのがわかり、ミアは顔を綻ばせた。
「はい! 喜んで!」
そう答えると、ミアは人には言えない体液のこびりついた洗濯物をぎゅっと抱いて、足取りも軽く騎士棟へ戻っていった。
*
「ただいま」
その夜ニコラは、はにかんだ笑顔を浮かべて帰宅した。
ミアは嬉しくて、いつもよりにこやかに弾んだ調子でニコラを出迎える。
「おかえりなさいませ、ニコラ様!」
ニコラは外套を脱ぐ間も無くミアの手を取ると、恥ずかしそうに告げる。
「ミア、早速だが、明日やっと休みがとれた。付き合って欲しい遊びがあるのだが……」
それから、また数日、ニコラは家に帰らない。
ミアは着替えと、家で焼いた菓子を持って、王子の住む建物にあるニコラの宿泊室に向かう。
ニコラから王子たちがいる区画には入るなと言われていたが、警邏隊でニコラの署名が必要らしく、ニコラの部下のイーサンが警備の者に止められないようにと、一筆書いてミアに持たせてくれた。
イーサンは、書類は二の次で、ニコラがしばらく騎士棟に戻らず心配なので様子を見てきて欲しいとミアに頼んだ。直属の部下であるイーサンは、ニコラとの付き合いが長く、ミアとの事情も知っている。
ミアが不慣れな区画でまごついていると、大股で廊下を歩いているニコラが見えた。ニコラもミアを見つけて、小走りで近づいてくる。
「ミア?」
「ニコラ様、急ぎで署名をもらってくるように頼まれまして」
久しぶりに見たニコラはひどく疲れた顔をしている。
「……そうか。こちらの建物に近づいてはいけないと言ったのだが」
「はい。ですが、イーサン騎士がこれをニコラ様へと。それと、着替えと菓子です」
ニコラは荷物を受け取るのではなく、それを差し出したミアの手を両手で包む。
「わざわざすまない。ありがたく受け取ろう。だが、もう王子がいる建物には近づかないでくれ。本当に危険なのだ」
「それは、申し訳ございませんでした」
「咎めてはいない。イーサンに頼まれて私を見舞ってくれたのだろう? ミアが訪ねてきてくれたのは喜ばしいことだ。ああ、この書類には印も必要だな。ミア、私の部屋までついておいで」
ニコラはミアを宿泊室に招き入れると、廊下に誰もいないのを確認してドアの鍵を閉めた。
王子たちのいる建物には夜勤で宿泊する騎士の為の部屋がある。ニコラは王子たちを見張れる場所に部屋を与えられていた。
「しばらく家に帰っていないが、何か不便はないか?」
「はい問題なく。作り置きで用意していただく食事が多すぎて困っているくらいでしょうか」
「そうか。しばらくミアと、夕食を食べていないな。ずっと……夜通し見張りをしていなければならなかったんだ」
ニコラはミアに縋るように手を差し出して、ミアをゆるく抱きしめる。
抱きしめられたニコラからは、いつもとは違う城の匂いがした。
「ニコラ様、今日はお帰りになりますか?」
抱きしめた腕がぎゅっと力強さを増す。
「もう帰りたい……今帰りたい……とりあえず騎士棟に戻りたい。王子の部屋が青臭くて頭痛がするのだ――まったく、女を連れ込むだなんて、百年早い。まだ騎士棟のむさ苦しさの方がマシなくらいだ」
なにやら事件がおきているようだ。ニコラは弱音を吐きながらミアの肩口に額を押し付ける。
「ミア、ああ、ミアの匂いだ」
「いいえ、ニコラ様に用意していただいた香油の香りですよ」
弱って見えるニコラが不憫で、背に手をまわして宥めるとニコラは苦笑する。
ニコラは騎士であることが好きなはずなのに、城での仕事を楽しんでいない。
ミアは自分がニコラのことを知りすぎてしまっているのかもしれないと恐怖した。ニコラの性癖のみならず、こんなに嫌々王子の世話をしていたのだと知ってしまった。
(もしかして、年季が明けたら騎士団の秘密を守るために縊り殺されてしまうかも……)
ミアの懸念をよそに、ニコラはいつになくミアに密着してくる。
隙間がないほどにミアを引き寄せ、熱い息を項に吹きかけるニコラの様子に、もしや、と思う。
「ええと、ニコラ様、ミアの胸がお好きでしたか?」
「なっ……」
(今こそ、体でお慰めするチャンスかもしれない)
ミアがそっとニコラの頭を抱えて胸に抱くと、ささやかな胸の谷間でニコラが言い訳を始める。
「違う、そんな事をミアに求めているわけではないんだ」
そう言うくせに、ニコラは抱かれたまま逆らわずに胸の柔らかさを頬で味わっている。
「だって、ニコラ様、部屋も施錠なさったではありませんか」
「いいや、待てと言っている」
抗うような振りをするが、ニコラが本気ならミアなどすぐに振り払われてしまうはずだ。最近のニコラがこういったことに対して、以前ほど頑なでないのをミアは知っている。
「いけない、こんなことは、いけない事だ……」
そう言いながらお仕着せ越しに掌がミアの臀部を揉みしだく。
ミアは少し体を傾けて、そっとニコラの下腹部の膨らみに指を這わせてみた。
「こら、ミア、じっとしておいで」
言うばかりでミアの動きを妨げようとはしない。
「でも、ニコラ様……ここ、窮屈ではありませんか? 私にお任せください」
柔らかく撫でただけなのに、ニコラの股間は熱く力を持ってきている。
「そんなわけにはいかない」
「あまり時間はないのでしょう。それに、何日このままにしていらっしゃったのです?」
「…………大した事ではない」
沈黙の長さが、禁欲の長さだったことが知れて、ミアは殊更優しく昂りを撫でた。
「ニコラ様はお仕事を頑張っていらっしゃいます。少しくらいの休憩がなくては病気になってしまいますよ」
ミアにとって、ニコラの高潔さは無駄な足掻きにしか思えない。対価を払った目の前の商品を貪ることに、何の遠慮がいるというのだろう。
(――なんと言ったら、ニコラ様は私に身をまかせてくれるの?)
「ニコラ様が健やかであることが私の願いなのです。いけませんか?」
ミアはニコラの良く鍛えられた首筋に唇を押し当てて懇願する。
どくどくと血管を流れる血の速さがニコラの余裕のなさを物語っている。
「ミア、私を見るな。私は悪いことをしている。騎士として恥ずべきことを――」
「ニコラ様は立派な騎士です。それに、ほら、ミアは何も見ておりません」
ミアはニコラの澄んだ眼を覗き込んだ後、ゆっくりと目を閉じた。
それを見てニコラはようやく覚悟を決めたのか、片手でミアを支えて、お仕着せのスタンドカラーのボタンをはずしていく。
胸元に冷気が入り込み、ミアはぶるりと一つ身震いした。
お仕着せの胸元から白い慎ましやかな膨らみがあらわれると、ニコラは感嘆のため息をつく。
そうして、しばらくミアを胸元を眺めた後に、下着をそのままにして、胸の谷間に直に顔を埋めた。
「嫌だったら逃げてくれ」
「ちっとも嫌ではありません」
目を瞑って衣摺れの音と騎士服のベルトが外される音を聞いていると、ニコラが小刻みに動き始める。
「ふっ……」
熱い息が胸の谷間に吹きかけられ、ニコラから食い縛った小さな呻き声が漏れる。
「ミア……ミア……」
胸元で名前を呼ばれて、ミアの心臓はぎゅっと握りつぶされたようになった。
あの頑なだったニコラがミアの名を呼び、欲望を吐き出そうとしている。思わず、応えるようにニコラを胸に掻き抱く。
「ニコラ様、私にさせてください……私に……お願い……」
ミアは目を瞑ったまま、不器用にニコラの猛りに向かって指を伸ばす。何度か空振りして、ニコラの手に握られた熱い肉塊にたどり着く。
「なっ……ミア……うぁっ……だめだ、あっ……で……」
ニコラはかぷりとミアの胸の柔肌を頬張り、震えながら達してしまう。ニコラの陰茎の先端に到達したミアの指先に熱い迸りがかかる。
「……あっ、はぁ……ミア、それはまずい……何もするなと言っただろう」
「何もできていません」
「ミアがそんな愛らしいこと言うから、触れられただけで、あっという間に果ててしまったではないか」
手巾でミアの指に付いた白濁をぬぐいながら顔を赤くして言う。
ニコラの熱で、濃い精の香りが立ち上る。
ミアはなんだか、胸が苦しくなって、目頭が熱くなってきた。
「ミ、ミア、どうした? すまない。やっぱり、こんなこと嫌だったのだろう。今すぐ清めてやるから……うわっ、泣いているのか?」
ミアは手がベタベタで、お仕着せを汚すわけにもいかなず、顔を拭えずにポロポロと涙をこぼした。
「ニコラ様……わたし、やっと……やっと仕事らしい仕事をさせていただけました」
ミアはやっとニコラの性を解放した達成感と、それまでの溜まりに溜まった不安感で泣いた。
「いや、これはその……」
「よかった……これで……わたし、井戸に落ちて死んだりしない……」
ニコラは狼狽えた。
ミアが過酷な生き方をしてきたのはニコラも知っている。しかし、その不安はニコラの家に来たことで拭い去れたと思っていた。
まさか、ミアがまだそんなことにおびえているとは思わなかったのだ。
「何を言っているんだ。こんな勤勉な娘の命が脅かされるようなことなど、この国にはありはしない。いや、そんなこと、私が許さない!」
「いいえ、ニコラ様にはわからないんです! 何も持たないわたしのような者が、どんな気持ちで生きているかなんて!」
ニコラは今まで拒みに拒んできたことが、どれほどミアを不安にさせてきたのか、その鱗片を見た。
ミアの涙は止まらない。嗚咽も交じって泣くミアを抱きしめて、ニコラは放出しきった陰茎も下穿きに仕舞い損ねて途方に暮れた。
*
「ミア、これをもって先に帰っていてくれないか。夜には帰れるはずなんだ」
ニコラは汚した下穿きと手巾をざっと洗って、持ち帰る服の間に挟んで隠し、ミアに手渡した。
泣いたミアの顔を冷やしたり、化粧を直してやったりしたおかげで、ミアが大泣きした後だと思う者はいないだろう。
「ニコラ様、さっきは取り乱して失礼いたしました」
「いや。ミアの働きはすばらしいものだった。真実、あの時、私はミアが必要だったし、おかげで本当に癒された。私も反省したのだ。お前から仕事を取り上げていたのだと……」
「……」
ミアは、その言葉がニコラのうわべの優しさだとわかっていて、叱られているような気持ちになった。
「それで、考えたのだが……これからはミアにそういった仕事も頼むようにしようと思う。まあ、時々は。もちろん、ミアが嫌でなければ、の話だが……」
ニコラが言葉を選びながら目の前のミアを見る。
遠くの幻影を追っていたような以前よりは、ミアそのものを見ようとしているのがわかり、ミアは顔を綻ばせた。
「はい! 喜んで!」
そう答えると、ミアは人には言えない体液のこびりついた洗濯物をぎゅっと抱いて、足取りも軽く騎士棟へ戻っていった。
*
「ただいま」
その夜ニコラは、はにかんだ笑顔を浮かべて帰宅した。
ミアは嬉しくて、いつもよりにこやかに弾んだ調子でニコラを出迎える。
「おかえりなさいませ、ニコラ様!」
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