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待ち合わせの一時間も前に到着してしまった……。
久しぶりに日の光の下散歩ができると張り切りすぎたのかもしれない。
澄みきった青空を見上げる。
雲一つない晴天。
「きもちーな」
両腕を上に伸ばして思いっきり空気を吸い込んだのに、口からは言葉とは裏腹な低い声音。
ふぅっとため息まで出る。
才谷海里先生と蒼は、映画の主演俳優と原作者の関係だった。
初主演の映画の原作が才谷先生だったらしい。
全然知らなかったが、公開間近の映画も原作は才谷先生だった。
ドラマの続編なので、もう二年の付き合いとか。
初主演の映画もそれくらいの時期だった気がする。
改めて、俺は蒼の交遊関係を全く知らないんだな、と思った。
芸能人なんてもちろん、まさか原作者とまでそんなに仲が良いとは。
蒼だから、そりゃそうか。
幼少期から、陰キャでコミュ障の俺とは違い、人を寄せ付けた。
芸能界でも、変わらないんだな、さすが、と苦笑する。
結局、才谷先生と担当さんとの打ち合わせは、俺が歩いて行ける距離の喫茶店になった。
夜の散歩の時に蒼とご飯を食べたこともあるこのお店は、個室もあり、給仕も丁寧で感じが良かった。
予約も蒼が個室を押さえてくれた。
作家さんに対する信頼と、何よりΩだということで、相手が分かってからの蒼は協力的だった。
道中だけは気をつけて、人目がないような所には行かないで、と小学生相手の注意はされたものの、最初に打ち合わせがバレた時の態度とは一変した。
結局、何でΩって知ってるのか聞けなかったな……
バース性は基本的に個人情報として秘匿されているものだ。
蒼も芸能人だが、バース性がαだとは公表されていない。
ネットなどの書き込みでは、ほぼ確定情報としてαだと書いてあるが、テレビなどで発言することはない。
自分たちのように、子供の頃は平気で口にしていたバース性も、成長すると家族や恋人、よっぽど親しい友人にしか話さない。
なのに、なぜ?
答えの出ないことをグルグル考えていると、喫茶店から初老のマスターが顔を覗かせた。
「予約の方ですか?貸し切ってますので、どうぞ」
「……貸し切りって聞いてない。過保護野郎」
マスターにペコリと頭を下げながら、聞こえないくらいの声で蒼に対する不満を呟く。
ニコニコ促され、店内に入る。
昼でもやはり雰囲気のあるお店だった。
落ち着いたクラシック音楽が流れる中、案内された個室のソファーに座る。
ビロード生地のしっかりとしたソファーは座り心地が良かった。
「お連れ様が来られるまで、お待ちになりますか?」
「あ、はい。注文は来てからで」
「かしこまりました」
目の前にそっと置かれたお冷やを口にしながらぼーっとしていると、店内に誰か入ってきた音がした。
「お連れ様はこちらでお待ちです」
「ありがとう」
担当さんの声ではない。
思わずソファーから立ち上がり、入ってきた相手を見るやいなや、バッっと頭を下げる。
「生意気に場所を指定してしまってすみません!いつもお世話になってます!イラストレーターの奏と申しま……す」
勢いよく挨拶をしながら顔をあげる。その姿を見て、目を見張った。
「いえいえ。素敵なお店ですね。こちらこそ、いつもお世話になってます。無理言って打ち合わせを対面にしてしまってすみません。才谷海里です」
Ωだ。
そこに立つ才谷先生は、誰がどう見てもΩだった。
しかも、最上級の。
モノトーンで統一された、けして華美ではない服装なのに洗練されていた。
シンプルなシャツにタイトなパンツ。
華奢な体躯が見て取れた。
顔は大きな二重の瞳に小さな鼻、唇はぽってりとして、幼さも妖艶さもなぜか両方感じられた。
淡い栗色の髪は長めで緩くパーマがあてられていて、誰もが噛みたいと思うであろう首筋を隠していた。
誰もが思い描く、Ωそのものな特徴の才谷先生を前にして、なぜか自分がとても恥ずかしく思った。
βくずれのΩ。
「……奏先生?」
「は、はいっ」
自分の暗い世界に入り込もうとしていた。
仕事だ!しっかりしないと!!
「まだ山中くんは来てないけど、二人で注文して打ち合わせ始めない?勝手に早く来ちゃったんだけど」
才谷先生がペロリとおどけて舌を出す。
……可愛い人だな。
「そうですね。すみませーん」
マスターを呼ぶ。
「俺はアイスコーヒーで、先生は」
「僕はミルクティのホットで」
「かしこまりました」
マスターがいなくなると、その愛らしい顔を綻ばせる。
「さっき会ったばかりだし仕事の間柄だけど、才谷先生はやだな?下の名前で呼んでほしいな。奏くんって僕も呼びたい」
無邪気な声音……こ、小悪魔か!?
男でΩなのに、ドキドキする……
「え、えと、海里、くん?さん?」
「あはっ、可愛いなー」
可愛いのはお前だよ!!
心の中で盛大に突っ込んだ。
「どっちでもいいけど、やっぱり年齢的に海里くんって呼ばれるのは倒錯的かなぁ……」
ん?
「年齢的にって?」
「あぁ、僕、もう40代だから」
う、嘘……絶対に嘘!
年下って言われても頷けるのに!
「そんなに驚かれると、まだイケるって自信が出るなー」
「本当に?全然見えないです……」
「奏くんは良い子だねぇ」
ニコニコしながら、マスターが運んでくれたミルクティに口をつけている。
「あ、蒼と幼馴染みなんだよね?今日の打ち合わせのこと知って、すぐに電話きたよ」
心臓が痛い。
「蒼なんてねー、僕の歳を知っても驚きもしないから自信なくしてたよ……あ、僕は見た目通りΩなんだけどね?映画の顔合わせの時にちょっと体調悪くてフェロモンが出てたみたいで、主演の蒼が突然腕を引っ張って待機部屋に連れ込むから何事かと思ったよ!そこで抑制剤渡されて、めちゃめちゃ怒られて……年下なのにね」
「あ、蒼と仲良し、なんですね?」
「とってもね!」
俺、笑えてるかな……?
久しぶりに日の光の下散歩ができると張り切りすぎたのかもしれない。
澄みきった青空を見上げる。
雲一つない晴天。
「きもちーな」
両腕を上に伸ばして思いっきり空気を吸い込んだのに、口からは言葉とは裏腹な低い声音。
ふぅっとため息まで出る。
才谷海里先生と蒼は、映画の主演俳優と原作者の関係だった。
初主演の映画の原作が才谷先生だったらしい。
全然知らなかったが、公開間近の映画も原作は才谷先生だった。
ドラマの続編なので、もう二年の付き合いとか。
初主演の映画もそれくらいの時期だった気がする。
改めて、俺は蒼の交遊関係を全く知らないんだな、と思った。
芸能人なんてもちろん、まさか原作者とまでそんなに仲が良いとは。
蒼だから、そりゃそうか。
幼少期から、陰キャでコミュ障の俺とは違い、人を寄せ付けた。
芸能界でも、変わらないんだな、さすが、と苦笑する。
結局、才谷先生と担当さんとの打ち合わせは、俺が歩いて行ける距離の喫茶店になった。
夜の散歩の時に蒼とご飯を食べたこともあるこのお店は、個室もあり、給仕も丁寧で感じが良かった。
予約も蒼が個室を押さえてくれた。
作家さんに対する信頼と、何よりΩだということで、相手が分かってからの蒼は協力的だった。
道中だけは気をつけて、人目がないような所には行かないで、と小学生相手の注意はされたものの、最初に打ち合わせがバレた時の態度とは一変した。
結局、何でΩって知ってるのか聞けなかったな……
バース性は基本的に個人情報として秘匿されているものだ。
蒼も芸能人だが、バース性がαだとは公表されていない。
ネットなどの書き込みでは、ほぼ確定情報としてαだと書いてあるが、テレビなどで発言することはない。
自分たちのように、子供の頃は平気で口にしていたバース性も、成長すると家族や恋人、よっぽど親しい友人にしか話さない。
なのに、なぜ?
答えの出ないことをグルグル考えていると、喫茶店から初老のマスターが顔を覗かせた。
「予約の方ですか?貸し切ってますので、どうぞ」
「……貸し切りって聞いてない。過保護野郎」
マスターにペコリと頭を下げながら、聞こえないくらいの声で蒼に対する不満を呟く。
ニコニコ促され、店内に入る。
昼でもやはり雰囲気のあるお店だった。
落ち着いたクラシック音楽が流れる中、案内された個室のソファーに座る。
ビロード生地のしっかりとしたソファーは座り心地が良かった。
「お連れ様が来られるまで、お待ちになりますか?」
「あ、はい。注文は来てからで」
「かしこまりました」
目の前にそっと置かれたお冷やを口にしながらぼーっとしていると、店内に誰か入ってきた音がした。
「お連れ様はこちらでお待ちです」
「ありがとう」
担当さんの声ではない。
思わずソファーから立ち上がり、入ってきた相手を見るやいなや、バッっと頭を下げる。
「生意気に場所を指定してしまってすみません!いつもお世話になってます!イラストレーターの奏と申しま……す」
勢いよく挨拶をしながら顔をあげる。その姿を見て、目を見張った。
「いえいえ。素敵なお店ですね。こちらこそ、いつもお世話になってます。無理言って打ち合わせを対面にしてしまってすみません。才谷海里です」
Ωだ。
そこに立つ才谷先生は、誰がどう見てもΩだった。
しかも、最上級の。
モノトーンで統一された、けして華美ではない服装なのに洗練されていた。
シンプルなシャツにタイトなパンツ。
華奢な体躯が見て取れた。
顔は大きな二重の瞳に小さな鼻、唇はぽってりとして、幼さも妖艶さもなぜか両方感じられた。
淡い栗色の髪は長めで緩くパーマがあてられていて、誰もが噛みたいと思うであろう首筋を隠していた。
誰もが思い描く、Ωそのものな特徴の才谷先生を前にして、なぜか自分がとても恥ずかしく思った。
βくずれのΩ。
「……奏先生?」
「は、はいっ」
自分の暗い世界に入り込もうとしていた。
仕事だ!しっかりしないと!!
「まだ山中くんは来てないけど、二人で注文して打ち合わせ始めない?勝手に早く来ちゃったんだけど」
才谷先生がペロリとおどけて舌を出す。
……可愛い人だな。
「そうですね。すみませーん」
マスターを呼ぶ。
「俺はアイスコーヒーで、先生は」
「僕はミルクティのホットで」
「かしこまりました」
マスターがいなくなると、その愛らしい顔を綻ばせる。
「さっき会ったばかりだし仕事の間柄だけど、才谷先生はやだな?下の名前で呼んでほしいな。奏くんって僕も呼びたい」
無邪気な声音……こ、小悪魔か!?
男でΩなのに、ドキドキする……
「え、えと、海里、くん?さん?」
「あはっ、可愛いなー」
可愛いのはお前だよ!!
心の中で盛大に突っ込んだ。
「どっちでもいいけど、やっぱり年齢的に海里くんって呼ばれるのは倒錯的かなぁ……」
ん?
「年齢的にって?」
「あぁ、僕、もう40代だから」
う、嘘……絶対に嘘!
年下って言われても頷けるのに!
「そんなに驚かれると、まだイケるって自信が出るなー」
「本当に?全然見えないです……」
「奏くんは良い子だねぇ」
ニコニコしながら、マスターが運んでくれたミルクティに口をつけている。
「あ、蒼と幼馴染みなんだよね?今日の打ち合わせのこと知って、すぐに電話きたよ」
心臓が痛い。
「蒼なんてねー、僕の歳を知っても驚きもしないから自信なくしてたよ……あ、僕は見た目通りΩなんだけどね?映画の顔合わせの時にちょっと体調悪くてフェロモンが出てたみたいで、主演の蒼が突然腕を引っ張って待機部屋に連れ込むから何事かと思ったよ!そこで抑制剤渡されて、めちゃめちゃ怒られて……年下なのにね」
「あ、蒼と仲良し、なんですね?」
「とってもね!」
俺、笑えてるかな……?
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