運命なんていらない

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海里·太郎編(完結)

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タロと恋人同士になって、僕の毎日は一変した。

今までは、ただ息をして、ヒートが来たら群がる女や男を抱いて発散、たまに感情の赴くままに小説を書く。
食べることも娯楽も興味はなく、死なないために生きているだけの毎日。

それが、目を覚まし、横に寝ているタロを見るだけで幸福感が沸き起こる。
タロの仕事さえなければ、毎日でも抱きたい。ヒートなんて関係ない。
殺伐とした作風も一気に変わったことで、SNS上では賛否両論巻きおこっているらしいが、特に興味はない。
別に小説が売れなくなったって何も困らないほどの蓄えはあるし。

そう思っていたが、タロに教えてもらったこの気持ちを書いた小説はベストセラー。
今度、民放でドラマ化される。
タロがめちゃめちゃ喜んでいた。
別に僕はドラマとか興味ないけど、タロが喜んでる姿が可愛かったから嬉しかった。

「海里さん!主演がなんとあの大人気俳優の西宮蒼ですよ!」
タロ、可愛い。その俳優は知らないし興味ないけど、テンション上がってるタロ可愛い。

「そうなんだ。良かったね」
タロの入れてくれたコーヒーを飲みながら、ソファーでタロの体温を感じている……幸せだ。
「いやいやいや、西宮蒼ですよ!主演ですよ!すごいことですよ!自分の小説が原作なんですからもっと興味持ってくださいよー」
「うんうん。すごいね」
ちょっと怒ってるタロも可愛い。

「あ、今度撮影現場に編集部から差し入れ持って行くんですが、海里さんも行きますか?」
「……それ、タロが行くの?」
タロが僕の不穏な空気を感じて、ちょっと距離を取ろうとする。
まぁ、そんなの許す訳ないけど。
「そ、そりゃ、小説担当してるの俺なので、編集部代表はもちろん俺ですけど……じゃないと、女性陣が争いだすので……」
チッ。
思わず、舌打ちしてしまう。
「じゃあ、僕も行く」
撮影現場なんて、有象無象だらけだ。
タロのことを好きになる奴がいるかも……危険だ。
タロをぐっと引き寄せる。
「誰も好きにならないで」
タロはいつもの仕方ないなぁといった顔で笑った。




ドラマの撮影現場に行くのは初めてだ。
打ち合わせの時には編集長と共に何度か監督と話はしたが、実際の現場は熱気がすごい。
撮影スタッフ、美術スタッフ、衣装、メイク、いろんな裏方の支えがあってこのドラマが成り立っているんだな、と胸が熱くなる。
今日は現場に差し入れと演者の方と海里さんの顔合わせということで、同行している。
その海里さんは今朝から体調が優れない。
何度も中止するように伝えたが、行くと言って聞かないし……。
少し熱っぽいくらいだし、挨拶したらすぐに帰るというので、渋々同行したが、先程から監督と会話する海里さんを見る限り、今の所は大丈夫そうだ。
あとは、主演の方と挨拶したら連れて帰ろう。

「山中さん、一応監督とは話をしたけど、やっぱりラストを原作と変えたいらしくてね。まぁ、僕も異議はあるんだけど、原作とドラマだから多少はねぇ」
海里さんはちゃんと外では『山中さん』と呼んでくれる。
タロはもちろん論外だが、親密そうな空気も出さない。
先生は公表したいと言うが、それは止めている。
そうなったら担当も変わらないといけないと言うと、それは嫌だからと何とか納得してもらえた。

「先生、また監督とは話しておきますので、主演の西宮蒼さんにだけ挨拶してもう帰りましょう。体調が心配です」
「あぁ、ちょっとフェロモンが出てるのかな?さっきから、チラチラ視線を感じる」

大変だ!
ただでさえ海里さんは美しくて、監督からもドラマにゲストで出て欲しいと熱烈に口説かれていた。
αもいるかもしれないから、早く帰らせないと。

「西宮蒼さん入られますー」

フロアにADさんの声が響く。
良かった。これで帰れる。

遠目でもそのスタイルの良さが伺えたが、近くで見ると迫力のある美形だ。
海里さんの美しさとは違った、鋭いイメージとでも言おうか……ん?
なぜか、顔が驚いている。
目を見開き、こちらを、いや、視線は海里さんを見ている?

後ろを振り返ると、海里さんも同じく驚愕の表情だ。
知り合い……?

「運命の番……」

海里さんが小さく呟く声が聞こえる。

え……今、運命の、番って……。

海里さんは呆然としている。
今の言葉を聞き返そうとすると、背後から突然西宮蒼が俺と海里さんの間に入り込み、海里さんの腕を掴むと、引き摺るように連れ去る。

「海里さん!」

驚くほど一瞬だった。
そのままスタジオの空いている待機部屋へ入り、中から鍵を閉める。

まさか、海里さんの運命の番が西宮蒼?
そんなことがあるのか?
でも、出会った時の二人の驚愕の表情と海里さんの言葉……。
そして、部屋から漏れ香る強烈なフェロモン……。

俺は部屋を必死でノックする。
「開けてください!海里さん!!」

周囲もざわついているが、それどころではない。

中の音はあまり聞こえない。
気持ちばかりが焦る。

どうしよう。
出会ってしまった。
海里さんが、まさか運命の番と出会うなんて……あの西宮蒼が……。
先ほどの西宮蒼の姿を思い出す。
美しい、対のような二人。
誰もが納得するような番だ。
今頃、部屋の中でヒートを起こした海里さんが西宮蒼に……嫌だ!

何度も何度も扉を叩く。
「海里さん!海里さん!」
嫌だ、嫌だ!!
たとえ運命の番であっても、渡したくない!
海里さんの名前を叫びながら何度も扉を叩いていると、部屋の解錠音がした。

西宮蒼が顔をのぞかせる。
「山中さんであってる?入って」

慌てて部屋に入り、海里さんを見るとソファーに座って項垂れている。
「海里さん!大丈夫ですか!?」
側へ駆けより、抱き締める。

「あ、タロ……」
海里さんは薄く微笑んだ。
その様子にほっとする。

「もうすぐ、抑制剤が効いてくるから」
西宮蒼がテーブルを指差すと、そこに緊急用の自己注射抑制剤のカートリッジが二本転がっている。

「あの、お二人が運命の番だと」
「あぁ、そうみたいだ」

やはり!
ぐったりしている海里さんの着衣に乱れはない。
あんなに強いヒートでも、西宮蒼は抑制剤で抑えたんだ。
並大抵の精神力ではない。

美貌も俳優としての地位も実力も申し分なく、海里さんへの思いも感じる。
自分など、太刀打ちできない。

それでも。

それでも、渡したくないと思ってしまった。

いつか来る別れは、海里さんが自分に飽きた時だと思っていた。
それが、まさか運命の番とこんなに早く出会うなんて。
覚悟はしていたのに。
していたと思っていたのに。
実際に目の前に別れが迫ると、足掻きたくなってしまう。

こんなにも、海里さんのことを好きになってたんだ。
恋人としての甘い毎日。
淡い憧れからの恋が、もう手放したくないと思うほどに強くなっていた。
海里さんからの病的な束縛にすら、安心を覚えていた。

ポタポタと涙がこぼれる。
βの自分に運命の番の二人を引き離す権利なんてない。
海里さんを抱き締める腕に力を込める。
「嫌です……渡したくない。運命にも、誰にも……渡したくない」
最後の無駄な足掻きだと分かっていても、この気持ちだけは知って欲しくて。

「タロ……」
抱き締めた腕の中で海里さんが身じろぐ。
「嫌だ……海里さん……好きです……好き」
「タロ……ごめんね」
謝らないで。海里さんは悪くない。運命なんだから。
今だけ。俺の気持ちだけ、側にいさせて欲しい。


「あーーーー!うらやましい!!」
大声に驚いて顔をあげる。
西宮蒼がイライラした顔を隠しもせず、こちらを睨んでいた。

「イチャイチャするの、後でいい?運命の番同士なのに、立場はこんなに違うなんて!くそっ」

え?
どういう意味?
「タロ……泣いてるの……可愛い……心配させちゃってごめんね」
海里さんも抑制剤が効いてきたのか、声音が戻ってきている。
俺の頬に伝った涙の跡に何度もキスをする。

西宮蒼は「くそっ」と、海里さんはうっとりとした顔で「あー、幸せ」とお互い呟いているが、俺だけついていけてない。

「あ、あの、これは??」
対照的な二人の顔を交互に見ながら、ちょっとしたパニックになる。

「タロ。言ったでしょ?僕の運命の相手はタロだよ。僕が決めた。心が本能に勝てないなんてことあるはずないよ。証明、できたよね?」
海里さんがその美しい顔をほころばせる。
「タロが運命の相手にも渡したくないって、言ってくれて嬉しかった。僕も、誰にも渡さないよ」
軽く、触れるだけのキスをくれる。

「だからっ、イチャイチャは後に!」
「あの、西宮蒼、さんは、それでいいんですか?だって、運命の番なのに……」

海里さんが俺を選んでくれたとしても、それは到底受け入れられないだろう。

「もう、いるんだって」
「え?」
「俺にも、自分で決めた相手がいるんですよ。だから、安心して下さい」
ええっ!?

「こんな所も同じなのかな?不思議だね。ま、そっちは両想いじゃないみたいだけどね?」
「うるせーな。両想いだ!」

二人の以前からの友達のような掛け合いに体の力が抜ける。

「タロ!」
「大丈夫ですか?」
近くにいた西宮さんに支えられる。
「ちょっと!タロに触るな」
「束縛、つよっ」

すぐに海里さんの腕の中に引き戻される。
「タロ。一瞬、本能に支配されかけたけど、どんなにヒートがきても、僕が抱きたいのはタロだけ。家に帰ったら、ぐちゃぐちゃに抱かせてね?」
「うーわ。引くわ。俺も早く奏に会いたくなってきた。まぁ、運命の番は最初だけ衝撃が強いって聞くのでもう大丈夫だと思いますけど、これからも抑制剤は飲むように指導して下さいね?」
「はい」
「じゃあ、俺は戻ります」
西宮さんは颯爽と撮影現場に戻っていった。

「僕たちはもう、帰ろうか」

抑制剤が効き、もういつもの海里さんだ。
待機部屋から出ると、軽く大丈夫ですかと声をかけられたが、特に騒がれなかった。
西宮さんが何かしらフォローしてくれたんだろう。
とりあえず監督に帰宅する旨を伝えて、海里さんのマンションへ戻る。

いつものソファーでほっと息をつく。
「俺、今回のことで思いました。いつでも別れる覚悟できてるなんて嘘です。俺、別れません。飽きられてもすがり付きますから!」
「望むところだよ。僕も誰にも渡さないよ、絶対に」
お互いが不敵な笑みを浮かべる。



まさか、運命の番と出会うとは思わなかった。
最初の衝撃はすごかったけど、結局、この気持ちは揺らがなかった。
タロの気持ちを聞けて嬉しかったけど、その気持ちがいつまで続いてくれるのか……。



運命の番よりも、俺を選んでくれた。
でも、明日にはまた別の誰かと出会い、海里さんがその人を好きになるかもしれない。




不安は尽きない。
それでも、側にいたいと思う。

そっと口づけしながら、影を重ねた。
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