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序章

002. まずはご挨拶2

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「さて、どうしようかな」

 ボクはその場に座って、膝に肘をのせるように頬杖をついていた。
 耳にはゲームをプレイしている音と、そのゲームに苦戦する声が入ってくる。
 空気の振動が微妙にボクの赤み掛かった黒い頭髪を揺らしている様な気がしなくもない。
 
 どれくらいだろう。
 正直分からないんだよ。
 おなかは空かないし、プレイしている声も苦戦しているってこと以外は変わらないし、
 いつまでも戦況は好転していないようだったから。

 今が何時なのか。
 そもそも、時間の流れ自体があるのかすらも怪しくなってきた。

 腰を据えたそばに落ちているゲームの機器は様々だった。
 実際に手に取って遊んだことのあるモノから、ネットで見た親世代が子供の頃に遊んでいたらしい古めかしいモノ。はたまた見たことのない色と材質で出来ていて、片手の指が7本は無いと操作できなんじゃないかって見て取れるようなコントローラーをした未来のゲーム機だろうと思えるモノまで。

「いよいよ、ココが怪しくなってきたな」

 そんな時だった。

「ッヨシ! やってやったわ」

 例のプレイヤーの声が聞こえた。
 どうやら辛くも勝利を収めたらしいな。
 さて、どうなることかな。

「あのー……」

 タイミングを見計らって、再びボクは声をかけた。

 …………

 返事がない。

「もしもーし……」

 …………

 変わらずだ。
 でも、さっきみたいに否定も何もない。

 しかたないな。

 意を決して、ボクはメディアの山を登り始めた。
 一歩一歩、崩れそうになる電子媒体に両手と両足をかけ、ガシャガシャと音を立てながら体を移動させる。

 その山の高さ自体は天井よりははるかに低いものの、人ひとりが上るガレキの山としては結構なものだと思う。実際大変だから。

 ハァ、ハァ……

 ペキペキと足の位置を入れ替えるたびにプラスチックや何かで出来たモノたちが悲鳴を上げるんだけど、そんなことに構っている余裕はなかった。
 だって、あのままでいたら世界の終りまでゲームの実況中継を音声だけ聞いて過ごすことになりそうだったからさ。

 やっとのことで山の頂まで登りきると、その下、登ってきた方とは反対側の、プレイヤーの声のした方では、一つの光源が見えた。
 
「あれかな?」
 
 ボクが体を起こしてのぞき込んだ。
 次の瞬間、上体を伸ばしすぎて体勢を崩したイツキ少年(15才)はメディアの山を転落、そのまま一気に転げ落ちましたとさ。
 
 体を支えていた右手の下にあった次世代ゲーム機がズルリと滑って、嫌な音がした。

 アレは死ぬかと思ったね。

 うわぁああ――

 マヌケな声を上げながら、文字通り下まで転がって行って……

 ドシャンッ。

 鈍い音があたりに響いた。
 ボクは体を大の字に広げて床にうつぶせに倒れた。
 床はほんのりあったかくて、絨毯かな? 顔に当たる柔らかな感触が気持ちよかった。

 両の手をついて体を起こす。
 視界がぼやけていたことから、ボクのメガネがどこかに飛んで行ったことは容易に想像できた。
 左右の手をセンサーにして自分の視覚補助器具《メガネ》を探す。当たってしまったときに壊さぬよう、弾き飛ばさぬよう、それでいて感知できる絶妙な力加減での捜索。メガネをしたことのある人ならあるあるなんじゃないかな?

 コツン、と額を小突くなにか。

 ぼやける視界に映る人影に向けて右手を伸ばした。
 人差し指が触れたのは、皮膚に馴染みのある感触だった。
 そのまま片手で受け取ったそれが、大事なボクのメガネだったのは世界がクリアになったことで証明された。

「あ、ありがとうございます」

 自分をぼやけた世界から救ってくれた恩人に、自然とお礼が口をついた。

 ……

 返事がないのを不思議に思ったのと、ボクが顔を上げたのは同時だった。
 
 ……

 ボクも何も言えなかった。

 目の前には女の子が立っていた。
 ショートヘアにまとめた金髪に青いメッシュが入っていた。ボクを見おろす目は髪と同じ金の瞳で、その奥底には深い緑色が見て取れた。
 少女はボクを見下ろす。何もしゃべらない。
 その口に2L入りのペットボトルを直につけ、中の飲料をのどの奥に流し込んでいたからだ。そりゃあ、あれだけ喋って、熱中してゲームすればノドも乾くよね。

「その、キミは……」

 その場から立ち上がったボク。
 目の前の少女との身長差から、少女はボクを見下ろす形から見上げる形になったが、変わったのは視線の向きだけで、相変わらずペットボトル直飲みだ。

 会話が続かない。
 それどころか始まらない。

 どうしたものかな、と思っているとボクの喉がボクに思い出したように訴えかけてきた。
 お腹が空くこともなかったのに、今になってようやくだ。

 ゴキュッ。

 ツバが喉の奥を通っていく音が響いた。

 気まずいな。
 
 喋らない少女。
 生唾を飲む男子高校生。

 何も事情を知らずにこの一瞬だけを切り取って見られたら犯罪者そのものじゃないか。
 ボクの頭の中では次にどう行動すればいいか、シミレーションが幾通りも組み立てられていく。
 
 ぷはっ。

 少女はそれまで咥えていた容器の注ぎ口を呼気と共に離し、無言でこちらに向けてきた。

 ん?

 なんだろう。ボクに向けられたペットボトル。
 これは――
 ボクにも、飲めってこと?

「――ん」

 少女は言葉としては意味をなさない音で意思を表そうとしてきた。
 その手にしたペットボトルを軽く上下に揺すった。

 ん~……

 ボクは大いに迷ったが、今は自分のノドさんの訴えに正直になることにした。
 
 受け取ったペットボトルは見た目通りの重量で、手にした感触はひんやりと冷たかった。
 あたたかな部屋との対比が心地よく、そのまま口をつけて中の液体を飲んだ。

 ごくっ……ごくっ……

「うまい!」

 この飲み物が何なのか。
 全く分からなかった。
 今まで飲んだどれとも違った味がのどを潤した。

 味としては乳酸菌飲料のように甘酸っぱく、果物のような爽快感もあった。しつこさも何もないのだが病みつきになる味だ。

 さらにもう一口、と思ったときだ。

 目の前にいる少女はボクの手のペットボトルを無言で奪いとってしまった。
 もう少し飲みたかった。
 それが正直な感想だが、不思議と満足感があったのも本音だ。

 ボクが恨めしそうな顔つきでもしていたのだろうか、やっと少女は口を開いてくれた。

「イツキ、だな?」

 おいおい、ボクの名前呼んだよ。

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