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第1章
第018話
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♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
あれから刻は流れ10日後。ちょこちょこと依頼を受けながら予定日が来るのを待った。
予定日までは、ガガに会いに行ったりハインに会ったり、何故か激怒しているミリィのご機嫌を取るためにご飯を食べに行ったりと、あまり代わり映えのない時間を過ごした。ガガに会いにいくと、案の定タバコは切らしており、新しく5カートンほどプレゼントしておいた。
ガガもハインも俺が王都に行くのを少し寂しそうにしていた。時間を作って帰ってくると伝えると嬉しそうにしていたが、あまり信用はしていないようだった。
ミリィは終始ご機嫌ナナメだった。『何故そんなに怒るのか?』と聞くと、『……分かれよ馬鹿っ!!』と更に怒られた。……知らんわ!!
プリプリ怒っているミリィをなだめたのはドーラさんであった。ニヤニヤと笑みを浮かべ、ミリィを連れ部屋へと入って行った。時間を置いて出てきたミリィはいつもの状態に戻っており、『さっきはごめんなさい』と謝られた。ミリィが謝った事に鳥肌が立ったが、どうしてそうなったかドーラさんに尋ねると、『……アルスは中々だね』と意味深な言葉を投げられただけであった。
「それじゃ行ってくるよ」
見送りに来てくれたハインとお弟子さん達、そしてミリィ。それぞれに別れを告げてから馬車へと乗り込む。
「ハイン、一月程店の事は頼んだぞ。ガガ君との交流もしっかりとな」
「はい師匠!」
「ミリィ、問題があったら帰って来てから処理するからそれまではアンタの所で止めておいてね」
「かしこまりました」
「アンタもそろそろ上の役職について欲しいんだけどねぇ…。んじゃ、行ってくる」
「「「いってらっしゃいませ!」」」
俺とバドワールさん、ドーラさんを乗せた馬車はゆっくりと走り出す。カイジャに不釣り合いな豪華な馬車は速度を上げながら街を出て行く。
「いやー…久しぶりの王都だ。楽しみだ」
「楽しみなのはバドだけだろ?アタシはアルスを紹介する為にあのクソ野郎と会わないといけないんだから全然楽しみじゃないね」
「ハッハッハ!まだ仲が悪かったのか?月日が経てば蟠りも無くなるのでは?」
「ずっと会わなければね。同じギルマスだからどぉーしても会う機会があるんだよ…」
ガタガタと揺れる車内でドーラさんは面倒くさそうに溜息を吐く。
「そんなに嫌いなんですか?」
「嫌いというか…ウマが合わないんだよね。何をするにも正反対になるからそりゃー喧嘩ばっかりだったよ」
「へぇー…。バドワールさんもその人の事知っているんですか?」
「ああ、よく知っているよ。武術はてんでダメだったが頭が良くてな、後方支援をさせたらピカイチだったよ」
「あぁ…そういう人なんですか。ドーラさんとは相性が悪そうですね」
「ん?どういう意味だい?」
「何でもないですよ。その人はなんて名前なんですか?」
「『ジルバ』という名前だ。見た目はかなり若く見えるが、老獪な男だよ」
「……うへぇ。めんどくさそうですね…」
「アルスも会ったら分かるよ。あのクソ野郎がどれほど面倒くさいかがね」
車内にはドーラさんのヒールの音だけが響く。そのジルバと呼ばれる男性を思い出したからなのか、一定のリズムで音が鳴る。
「あのー…王都まではどれくらい時間がかかるんですか?」
雰囲気を変える為、話題を変える。
「そうだねぇ……早くて1週間かな?」
「そんなに遠いんですか?!」
「ん?アルスは知らないのかい?王都までの距離を」
「知らないですね…」
「この国に住んでるのに知らないとか、とんだお笑い草だよ。……いいかい?まず王都は名の通りこの国のトップが住んでいる。それは分かるかい?」
「はい」
「そこに住むのが権力者たち。…所謂貴族達だね。王都はかなり頑丈な塀に囲まれて丸い形をしているんだ。それを囲うようにして第2の街『フルール』がある。そこはそこそこ権力を持った商人や貴族達がいる。そして、それをまた囲う様に第3の街『タイリーク』があるんだ。タイリークは平民達の街で、居心地は抜群だね。………理解出来たかい?」
「……すいません。地図とか無いですかね?」
「だよね。アタシも言ってて心配になったよ。……紙に書いてやるよ」
ドーラさんは近くにあった紙に図を描いてくれた。描き終わった紙を貰い、中身を整理する。
絵で見るとドーナツの様な形状をしている。真ん中に王都があって、それを囲んでいる塀の外『フルール』があって、また塀を挟んで『タイリーク』が存在している。王都は三重の壁に囲まれた安全な場所に存在している様だ。
「……なるほど。王都は周辺に囲まれている街が防御壁みたいな役割をしているんですね」
「そうだね。ただ、3つも街があるからかなり広いよ。タイリークなんて街を全て散策するまでは3日以上かかるんだよ。迷子には気をつけなよ?」
「……地図さえあれば何とか生きていけそう…」
「ああ、地図なら街のどこでも売っているからそれを買えば良い。ただし、売っているのはタイリークの地図だけだ。フルールと王都の地図は売ってないから、自分で歩いて覚えるんだよ」
「…ちなみに、俺が働く学園はどこにあるんですか?」
「ん?ああ…、アルスが働く学園はフルールにある。そこだけ囲われているから行けばわかるさ」
…なんてこった。話を聞いてるとこの3つの街の規模は相当広そうだ…。
「ま、最初の1週間は周辺の地理を覚えれば良い。暇な時にでもタイリークをちょこちょこ散策すればいいさ」
「……バドワールさん達は全部覚えたんですか?」
「もちろんだ。王宮で働く以上、地理を把握していなければダメだからな。…ま、何とかなる」
「…えぇー。……頑張ります…」
(ま、マッピングしながら歩けばいいか。時間はかかると思うけど…)
「ドーラ様、そろそろ森に入りますが良いでしょうか?」
御者からドーラさんへ声がかかる。
「一度止まってくれ。……さてアルス、御者の横に行って周囲を警戒しろ。森に入るから魔物が出てくる可能性がある」
「わかりました。出てきた時はどうすれば?」
「お前だけ降りて殺してこい。それくらいは出来るだろう?」
「……え?俺を置いていくんですか?」
「少し離れた所で止まっておくよ。ただ、アルスは若いんだ。体力ぐらいあるだろう?」
「……そりゃあ、ありますけど…」
「なら、大丈夫だ。ほら、さっさと外に出な」
しぶしぶと外に出てから御者の横に座る。俺が横に座ったのを確認してから御者は馬車を走らせる。
森の中と言ったが、今走っている土道は綺麗に作られており、大きな馬車が3台は走れる幅になっている。周囲を警戒しながら、その道を馬車は走っていく。
1時間程走ると森を抜けた。森を抜けると御者がドーラさんに声をかけた。
「ドーラ様、少し馬を休ませたいと思います。いつもの場所でよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。引き続きアルスに警戒させておけ」
ドーラさんの言葉を聞いた御者は速度を上げる。しばらく道なりに進むと大きな小屋が見えてきた。
「では皆様方、こちらでしばし休憩をお取りください。お飲物をご用意いたします」
小屋の前で止まると御者は降り、馬を連れて小屋へと入っていった。
「ドーラさん、ここは休憩所ですか?」
「ん?……ああ、ここは馬の休憩所だよ。王都までは遠いからね、適当な距離にこの小屋を設置しているのさ」
「へぇー」
「お茶の準備が出来ました。どうぞ、皆様こちらへどうぞ」
御者の案内に着いて行くと、小屋の外にテーブルと椅子が置かれていた。2人が座ってから着席すると、御者はお茶を運んできた。
「『ローズティー』でございます。お菓子は王都より持参いたしました『ビスケット』でございます」
「……ん?今回はおもてなしが豪勢だね。どうしてだい?」
「はい。ジルバ様より『丁重にもてなせ』と命令されておりますゆえ…」
「……チッ。やっぱりあのクソ野郎の差し金かい」
何のことだか分からないが、ドーラさんが少し不機嫌になったのは分かった。
「まぁまぁ、ジルの純粋な好意だ。ありがたく頂こうじゃないか」
「…裏があるようで嫌なんだよ…」
『本当に嫌いなんだなー』と思いながらお茶を一口飲む。華やかな香りが鼻いっぱいに広がり、心が落ち着いた感じがした。
「……ふぅー。美味しいけど、もう少し甘かったら良かったなぁ…」
今更だが、俺は『甘党』だ。無糖を飲むより微糖の方が好きだ。前世ではコーヒーのブラックなんぞ飲めなかった。
「申し訳ありません。甘味類は準備するのを忘れておりました」
「え…あ、いや、気にしないでください!飲めない事も無いですから!」
「アルス様は甘めの方がよろしいのですか?」
「…まぁ、あった方が嬉しいですけど…」
「次回ではしっかりと準備させていただきます。申し訳ありませんが、今回は我慢していただけないでしょうか?」
「だだ大丈夫ですよ!そんなに気にしてませんから!」
御者は一礼すると、ドーラさんのカップにお茶を注ぐ。……何というか振る舞いが執事っぽい人だなぁと感じた。
「ソルト。これからの予定を聞いても良いか?」
お茶を注いでいる御者にドーラさんは話しかける。
「はい。例年通りの道順となっております。しかし、ジルバ様の命令で宿泊施設が立派な所に泊まるようになっております。……この後は休憩無しで『タララ』まで向かう予定でございます」
「チッ…いつも通りでいいのに。まぁ、わかった。アルス、ソルトの指示に従って道中の護衛をしろ」
「わかりました」
長めの休憩を取った後、俺達は馬車に戻る。馬を繋げてから御者は前へと走らせる。
それからは長い時間退屈であった。魔物も出てこないし、風景だけが変わっていった。脳内でちょこちょこと『アップデート』しながら目的地までの時間を過ごした。
---やがて。風景に橙色が差し込み出した頃、遠目に建物があるのが見えた。
「ドーラ様、まもなくタララに着きます」
「……んぁ?」
寝ぼけたような声が聞こえた気がしたが、御者はそのまま『タララ』目指して速度を上げるのであった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
カイジャを出発してから6日後。俺は高台にいた。
「うぉー……………」
今、俺の目の前に広がる光景は圧巻であった。広大な土地に遠目でも分かるどデカい壁。ゴマ粒のようなものが壁の中へと入って行くのが見えた。
「アルス様、そろそろ出発しますよ」
「あ、はーい!」
俺の指定席となった場所に座り、ソルトさんが馬を走らせる。道は綺麗に整備されておりガタガタと揺れる事は無かった。
タララという町を出てからは、本当に何事も起きなかった。魔物も出てこなかったし、事故が起きたりする事もなく、ただただ馬車に揺られるだけであった。
その間、あまりにも暇だった為ソルトさんに話しかけた。最初はお互いに敬語で淡々と話をするソルトさんに苦戦したが、何とか俺の巧みな話術で距離を少し縮めれた気がする。
ソルトさんは今年で22歳独身。金髪のオールバックで目は細い。例に漏れずイケメンであり、言葉にも雰囲気にも品があった。聞けば、ドーラさんが嫌っているジルバさんに仕える執事だそうだ。
ジルバさんの事も色々と教えてもらった。ジルバさんはこの国の由緒ある名家の次期当主らしく、王都に住んでいるらしい。ソルトさんも代々にわたって仕えているらしく、かなりのエリートであった。
また、本来ならギルドから御者と馬車を出すはずなのだが、今回はバドワールさんも同行する為、ソルトさんが抜擢されたらしい。ソルトさんもその命を受けるつもりだったらしく、準備は前もって終わらせていたとか。……仕事が出来すぎてちょっと惚れそうになった。
「アルス様、間も無く到着しますのでお2人にお声掛けをお願いします」
「はい!」
馬車の中に声をかけた後、ソルトさんは少し道を外れた。長い行列が出来ているのを横目に、俺達の馬車は列の横にある検問所へと着いた。
「カイジャよりギルドマスターをお連れしました。同行者は薬師バドワール様、Fランク冒険者1名です」
屈強な兵士にソルトさんが出した紙と俺の指輪を渡す。
「………お疲れ様です。どうぞお通りください」
兵士から返してもらい、ソルトさんはそのまま塀の中へと入っていく。余りにもアッサリとした対応に驚いていると、俺の顔見たソルトさんがクスリと笑った。
「今兵士に渡したのはジルバ様の署名付きの書類です。この検問所も貴族専用ですので、スムーズに進めるんですよ」
…なるほど。そりゃあ、この国の名家の署名付きならアッサリと入れる訳だな。権力って素晴らしいね。
「さぁ、アルス様。着きましたよ。ここが『タイリーク』です」
検問所を抜けると、目の前にはファンタジーそのものの光景が漠然と広がっていたのであった。
あれから刻は流れ10日後。ちょこちょこと依頼を受けながら予定日が来るのを待った。
予定日までは、ガガに会いに行ったりハインに会ったり、何故か激怒しているミリィのご機嫌を取るためにご飯を食べに行ったりと、あまり代わり映えのない時間を過ごした。ガガに会いにいくと、案の定タバコは切らしており、新しく5カートンほどプレゼントしておいた。
ガガもハインも俺が王都に行くのを少し寂しそうにしていた。時間を作って帰ってくると伝えると嬉しそうにしていたが、あまり信用はしていないようだった。
ミリィは終始ご機嫌ナナメだった。『何故そんなに怒るのか?』と聞くと、『……分かれよ馬鹿っ!!』と更に怒られた。……知らんわ!!
プリプリ怒っているミリィをなだめたのはドーラさんであった。ニヤニヤと笑みを浮かべ、ミリィを連れ部屋へと入って行った。時間を置いて出てきたミリィはいつもの状態に戻っており、『さっきはごめんなさい』と謝られた。ミリィが謝った事に鳥肌が立ったが、どうしてそうなったかドーラさんに尋ねると、『……アルスは中々だね』と意味深な言葉を投げられただけであった。
「それじゃ行ってくるよ」
見送りに来てくれたハインとお弟子さん達、そしてミリィ。それぞれに別れを告げてから馬車へと乗り込む。
「ハイン、一月程店の事は頼んだぞ。ガガ君との交流もしっかりとな」
「はい師匠!」
「ミリィ、問題があったら帰って来てから処理するからそれまではアンタの所で止めておいてね」
「かしこまりました」
「アンタもそろそろ上の役職について欲しいんだけどねぇ…。んじゃ、行ってくる」
「「「いってらっしゃいませ!」」」
俺とバドワールさん、ドーラさんを乗せた馬車はゆっくりと走り出す。カイジャに不釣り合いな豪華な馬車は速度を上げながら街を出て行く。
「いやー…久しぶりの王都だ。楽しみだ」
「楽しみなのはバドだけだろ?アタシはアルスを紹介する為にあのクソ野郎と会わないといけないんだから全然楽しみじゃないね」
「ハッハッハ!まだ仲が悪かったのか?月日が経てば蟠りも無くなるのでは?」
「ずっと会わなければね。同じギルマスだからどぉーしても会う機会があるんだよ…」
ガタガタと揺れる車内でドーラさんは面倒くさそうに溜息を吐く。
「そんなに嫌いなんですか?」
「嫌いというか…ウマが合わないんだよね。何をするにも正反対になるからそりゃー喧嘩ばっかりだったよ」
「へぇー…。バドワールさんもその人の事知っているんですか?」
「ああ、よく知っているよ。武術はてんでダメだったが頭が良くてな、後方支援をさせたらピカイチだったよ」
「あぁ…そういう人なんですか。ドーラさんとは相性が悪そうですね」
「ん?どういう意味だい?」
「何でもないですよ。その人はなんて名前なんですか?」
「『ジルバ』という名前だ。見た目はかなり若く見えるが、老獪な男だよ」
「……うへぇ。めんどくさそうですね…」
「アルスも会ったら分かるよ。あのクソ野郎がどれほど面倒くさいかがね」
車内にはドーラさんのヒールの音だけが響く。そのジルバと呼ばれる男性を思い出したからなのか、一定のリズムで音が鳴る。
「あのー…王都まではどれくらい時間がかかるんですか?」
雰囲気を変える為、話題を変える。
「そうだねぇ……早くて1週間かな?」
「そんなに遠いんですか?!」
「ん?アルスは知らないのかい?王都までの距離を」
「知らないですね…」
「この国に住んでるのに知らないとか、とんだお笑い草だよ。……いいかい?まず王都は名の通りこの国のトップが住んでいる。それは分かるかい?」
「はい」
「そこに住むのが権力者たち。…所謂貴族達だね。王都はかなり頑丈な塀に囲まれて丸い形をしているんだ。それを囲うようにして第2の街『フルール』がある。そこはそこそこ権力を持った商人や貴族達がいる。そして、それをまた囲う様に第3の街『タイリーク』があるんだ。タイリークは平民達の街で、居心地は抜群だね。………理解出来たかい?」
「……すいません。地図とか無いですかね?」
「だよね。アタシも言ってて心配になったよ。……紙に書いてやるよ」
ドーラさんは近くにあった紙に図を描いてくれた。描き終わった紙を貰い、中身を整理する。
絵で見るとドーナツの様な形状をしている。真ん中に王都があって、それを囲んでいる塀の外『フルール』があって、また塀を挟んで『タイリーク』が存在している。王都は三重の壁に囲まれた安全な場所に存在している様だ。
「……なるほど。王都は周辺に囲まれている街が防御壁みたいな役割をしているんですね」
「そうだね。ただ、3つも街があるからかなり広いよ。タイリークなんて街を全て散策するまでは3日以上かかるんだよ。迷子には気をつけなよ?」
「……地図さえあれば何とか生きていけそう…」
「ああ、地図なら街のどこでも売っているからそれを買えば良い。ただし、売っているのはタイリークの地図だけだ。フルールと王都の地図は売ってないから、自分で歩いて覚えるんだよ」
「…ちなみに、俺が働く学園はどこにあるんですか?」
「ん?ああ…、アルスが働く学園はフルールにある。そこだけ囲われているから行けばわかるさ」
…なんてこった。話を聞いてるとこの3つの街の規模は相当広そうだ…。
「ま、最初の1週間は周辺の地理を覚えれば良い。暇な時にでもタイリークをちょこちょこ散策すればいいさ」
「……バドワールさん達は全部覚えたんですか?」
「もちろんだ。王宮で働く以上、地理を把握していなければダメだからな。…ま、何とかなる」
「…えぇー。……頑張ります…」
(ま、マッピングしながら歩けばいいか。時間はかかると思うけど…)
「ドーラ様、そろそろ森に入りますが良いでしょうか?」
御者からドーラさんへ声がかかる。
「一度止まってくれ。……さてアルス、御者の横に行って周囲を警戒しろ。森に入るから魔物が出てくる可能性がある」
「わかりました。出てきた時はどうすれば?」
「お前だけ降りて殺してこい。それくらいは出来るだろう?」
「……え?俺を置いていくんですか?」
「少し離れた所で止まっておくよ。ただ、アルスは若いんだ。体力ぐらいあるだろう?」
「……そりゃあ、ありますけど…」
「なら、大丈夫だ。ほら、さっさと外に出な」
しぶしぶと外に出てから御者の横に座る。俺が横に座ったのを確認してから御者は馬車を走らせる。
森の中と言ったが、今走っている土道は綺麗に作られており、大きな馬車が3台は走れる幅になっている。周囲を警戒しながら、その道を馬車は走っていく。
1時間程走ると森を抜けた。森を抜けると御者がドーラさんに声をかけた。
「ドーラ様、少し馬を休ませたいと思います。いつもの場所でよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。引き続きアルスに警戒させておけ」
ドーラさんの言葉を聞いた御者は速度を上げる。しばらく道なりに進むと大きな小屋が見えてきた。
「では皆様方、こちらでしばし休憩をお取りください。お飲物をご用意いたします」
小屋の前で止まると御者は降り、馬を連れて小屋へと入っていった。
「ドーラさん、ここは休憩所ですか?」
「ん?……ああ、ここは馬の休憩所だよ。王都までは遠いからね、適当な距離にこの小屋を設置しているのさ」
「へぇー」
「お茶の準備が出来ました。どうぞ、皆様こちらへどうぞ」
御者の案内に着いて行くと、小屋の外にテーブルと椅子が置かれていた。2人が座ってから着席すると、御者はお茶を運んできた。
「『ローズティー』でございます。お菓子は王都より持参いたしました『ビスケット』でございます」
「……ん?今回はおもてなしが豪勢だね。どうしてだい?」
「はい。ジルバ様より『丁重にもてなせ』と命令されておりますゆえ…」
「……チッ。やっぱりあのクソ野郎の差し金かい」
何のことだか分からないが、ドーラさんが少し不機嫌になったのは分かった。
「まぁまぁ、ジルの純粋な好意だ。ありがたく頂こうじゃないか」
「…裏があるようで嫌なんだよ…」
『本当に嫌いなんだなー』と思いながらお茶を一口飲む。華やかな香りが鼻いっぱいに広がり、心が落ち着いた感じがした。
「……ふぅー。美味しいけど、もう少し甘かったら良かったなぁ…」
今更だが、俺は『甘党』だ。無糖を飲むより微糖の方が好きだ。前世ではコーヒーのブラックなんぞ飲めなかった。
「申し訳ありません。甘味類は準備するのを忘れておりました」
「え…あ、いや、気にしないでください!飲めない事も無いですから!」
「アルス様は甘めの方がよろしいのですか?」
「…まぁ、あった方が嬉しいですけど…」
「次回ではしっかりと準備させていただきます。申し訳ありませんが、今回は我慢していただけないでしょうか?」
「だだ大丈夫ですよ!そんなに気にしてませんから!」
御者は一礼すると、ドーラさんのカップにお茶を注ぐ。……何というか振る舞いが執事っぽい人だなぁと感じた。
「ソルト。これからの予定を聞いても良いか?」
お茶を注いでいる御者にドーラさんは話しかける。
「はい。例年通りの道順となっております。しかし、ジルバ様の命令で宿泊施設が立派な所に泊まるようになっております。……この後は休憩無しで『タララ』まで向かう予定でございます」
「チッ…いつも通りでいいのに。まぁ、わかった。アルス、ソルトの指示に従って道中の護衛をしろ」
「わかりました」
長めの休憩を取った後、俺達は馬車に戻る。馬を繋げてから御者は前へと走らせる。
それからは長い時間退屈であった。魔物も出てこないし、風景だけが変わっていった。脳内でちょこちょこと『アップデート』しながら目的地までの時間を過ごした。
---やがて。風景に橙色が差し込み出した頃、遠目に建物があるのが見えた。
「ドーラ様、まもなくタララに着きます」
「……んぁ?」
寝ぼけたような声が聞こえた気がしたが、御者はそのまま『タララ』目指して速度を上げるのであった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
カイジャを出発してから6日後。俺は高台にいた。
「うぉー……………」
今、俺の目の前に広がる光景は圧巻であった。広大な土地に遠目でも分かるどデカい壁。ゴマ粒のようなものが壁の中へと入って行くのが見えた。
「アルス様、そろそろ出発しますよ」
「あ、はーい!」
俺の指定席となった場所に座り、ソルトさんが馬を走らせる。道は綺麗に整備されておりガタガタと揺れる事は無かった。
タララという町を出てからは、本当に何事も起きなかった。魔物も出てこなかったし、事故が起きたりする事もなく、ただただ馬車に揺られるだけであった。
その間、あまりにも暇だった為ソルトさんに話しかけた。最初はお互いに敬語で淡々と話をするソルトさんに苦戦したが、何とか俺の巧みな話術で距離を少し縮めれた気がする。
ソルトさんは今年で22歳独身。金髪のオールバックで目は細い。例に漏れずイケメンであり、言葉にも雰囲気にも品があった。聞けば、ドーラさんが嫌っているジルバさんに仕える執事だそうだ。
ジルバさんの事も色々と教えてもらった。ジルバさんはこの国の由緒ある名家の次期当主らしく、王都に住んでいるらしい。ソルトさんも代々にわたって仕えているらしく、かなりのエリートであった。
また、本来ならギルドから御者と馬車を出すはずなのだが、今回はバドワールさんも同行する為、ソルトさんが抜擢されたらしい。ソルトさんもその命を受けるつもりだったらしく、準備は前もって終わらせていたとか。……仕事が出来すぎてちょっと惚れそうになった。
「アルス様、間も無く到着しますのでお2人にお声掛けをお願いします」
「はい!」
馬車の中に声をかけた後、ソルトさんは少し道を外れた。長い行列が出来ているのを横目に、俺達の馬車は列の横にある検問所へと着いた。
「カイジャよりギルドマスターをお連れしました。同行者は薬師バドワール様、Fランク冒険者1名です」
屈強な兵士にソルトさんが出した紙と俺の指輪を渡す。
「………お疲れ様です。どうぞお通りください」
兵士から返してもらい、ソルトさんはそのまま塀の中へと入っていく。余りにもアッサリとした対応に驚いていると、俺の顔見たソルトさんがクスリと笑った。
「今兵士に渡したのはジルバ様の署名付きの書類です。この検問所も貴族専用ですので、スムーズに進めるんですよ」
…なるほど。そりゃあ、この国の名家の署名付きならアッサリと入れる訳だな。権力って素晴らしいね。
「さぁ、アルス様。着きましたよ。ここが『タイリーク』です」
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