毒華王女伝

毒華の王女

所謂いわゆる『悪女/猛女』として名を伝えられている人物は、その残虐性で歴史に名を残しているのが殆どである。
大柳帝国を滅亡に導いた女帝柳喬(嚮)
大神聖教において神敵とも数えられる毒婦ジャーネ・コルチカム
ユースト地方の港湾都市コゴム市を焼き討ちし、数万人を虐殺したトランス王国の女性軍人リオナ・ド・ランクスフム
ジャーウィン王の愛人、腐敗と享楽の女帝と言われたコーズィー・タンウィード
彼女達は皆、時の権力者に溺愛され、周囲に持ち上げられるままに、己の権力を行使する軽率さを持ち合わせていた。
女皇帝である柳喬は先代であり、祖父でもある黄翼帝柳壑によって。
神敵ジャーネは愚者コルチカム公に。
リオナ・ランクスフムは時のトランス王国王太子リオン。
コーズィーならばジャーウィン王国の色欲王カルーク二世。
彼女達は一様に短気で、短慮であった。
その為、後ろ楯となる相手が亡くなるなり、失脚するなりしてしまうと味方もなく孤立し、ごく短期間の内に非業の最期を遂げているのは、よく知られている。

さて、悪女と名を挙げられる歴史的な人物はもう一人。
シャペルの毒華、セッティ王女が居る。
この人物に関しては資料が極端に少なく、研究者の間でも様々な考察が為されているのは知っての通りだ。
その原因はシャペルの転換期に起きた民衆の一斉蜂起……『鉄槌革命』によって、それまでの政府が機能不全になった為に起きた記録の混乱とも、あまりの不道徳さに王家が隠蔽した為とも言われている。
現存する資料は、数名の名も無き人物による手記の様なものと、私的な手紙数点程度に留まる。
とにかく、人物像が掴めないのだ。

容姿に関しては、その美しさを褒め称える記述が見つかっている。また、彼女の母親の肖像画は現存しており、よく似ていたとされるので、かなりな美貌であったのは間違いないだろう。
しかし、人となりははっきり言って『分からない』の一言に尽きる。
『鉄槌革命』以前の、庶民の間では贅沢の限りを尽くし、愚かで怠惰。大変なナルシストで、人を人とも思わぬ人物として語られていた事が分かっている。
ところが革命後、この評価は真逆になるのだ。慈愛に満ち、高い見識と知識を持ち、国の為には命をも惜しまない高潔な王女であると広まっている。
革命によって心を入れ換えたというのがグラスゴー派の説。
革命前は王女として民衆の前に出ていなかったが、王族が減った為に露出が増え、真実が分かったのではないかというのがモーリスのライズ教授の説。
アシュトン派は、革命後に王家の権威と慈悲を演出した芝居が上演された為に作られた虚像であると主張している。この演目は今もリメイクされて上演されているので、説得力があるだろう。
飛躍しているのはルッツ氏の王女替え玉説。革命で悪女は処刑されたが、王家がこれを隠蔽する為に替え玉を用意したというものだ。性格が極端に変わった上、その後、婚姻の記録が見つかっていない事からの考察だが、荒唐無稽と言われても仕方ない極論だろう。
彼女の結婚に関しては、近年面白い仮説が提唱されている。
ワイルドキャニオン大学の研究チームが、トラス王国の賢妃セルティーヌが王女セッティでは無いかと言い出したのだ。
賢妃セルティーヌは女性ながらトラス王国の中興の祖であり、トラス、バロア、ロバロア、シャペル、パーガンを纏めた同盟の立役者であり、エルトアル打倒と、ブローゼン帝国との不可侵条約締結を成した偉人だ。
時の教皇より聖女と認定された聖人でもある。
確かに時期としては鉄槌革命後の話であるし、おそらく同年代とされるが……
ワイルドキャニオンの研究チームといえば、先頃旧トラス王国の王宮を調査して、隠された区画があることを突き止めている。
その過程で何らかの資料を得たのだろうか。
締結された同盟と築かれた経済圏は、千年後の現在も形を変えながら残っている。もしも賢妃セルティーヌ＝セッティ王女説が真実ならば、歴史的な快挙と言えよう。次の学会で何からの発表がされるというので、今から楽しみではある。