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スパダリか
しおりを挟む王弟、つまりジュードの父は天才型で、かつかなり破天荒な人だ。
というところから、セオドアの話は始まった。
彼は素性を隠して冒険者になったり、留学先から逃走して諸国を放浪したりとやりたい放題。
市井にもどんどん顔を出すので、民からの人気も高い。
王太子であった兄とは仲が悪い訳ではないが、正妃の子である真面目な兄と、側妃の子のやんちゃな弟はあまり接点がない。それをいいことに弟王子の人気に目をつけて、王位を争わせようとする輩もいる。
放浪をやめて国政に携わるようになった弟王子は宣言した。
『王位継承権は放棄する。のちの禍根を断つために、結婚しないし子供作らない!』と。
周囲もそこまでする必要はない、と止めたが、本人はもう決めたと言って引かない。
こうして彼は王位継承権を捨てて悠々と暮らしていたが、そこでできちゃったのがジュードだった。
「ジュードのお母さま、魔族だと聞きましたが…」
「うん、そう言われているね。召喚して使役していた魔族らしいんだけど、誰も見た事はないんだ。魔族と人間では基本の魔力量が違いすぎて、妊娠出産が成立した前例もないしね」
本人の話では、使役していた魔族が魔族界に戻ってからジュードを産んだものの、まるきり人間よりの体質で魔族界では暮らしにくいと判断し、父親に預けて帰ってしまったという事だ。
「風雷公、継承権放棄後は大公となり、風と雷の魔法が得意だからそう呼ばれているんだけどね。公は国政に飽きてたんだろうな…周りが止めるのも聞かず、『約束破って子供できちゃったから国外追放になるね!』と言って、赤ん坊のジュード殿下を連れて行方知れずになったんだ。当時の王太子、現在の陛下なんて甥っ子ができたと喜んでいたのに、その後の落胆ぶりはひどかったらしいよ」
「ええぇ…」
それ風雷公じゃなくて風来坊の間違いですよね。
ジュードパパがとんでもなさすぎて、どこから突っ込んでいいのかわからない。
それから15年、ジュード親子は諸国を漫遊していたそうだ。
旅をしながら困っている村や国を助けたりしていたらしい。水戸のご老公か。
「それがある日突然、隣国が攻めてくるという情報とともに戻ってきてね。隠密の魔法を駆使し秘密裏に迫っていた大軍を、我が国は万全の体制で迎え撃つことができた」
俺はこくりと息を飲んだ。
戦車や爆撃機がある訳じゃないだろうけど、魔法や人と人のぶつかり合いだって大地が焼けたり人が死んだりするだろう。そんな場に15歳のジュードがいたと思うと、恐怖や怒りに似た感情がわいてきた。
過去の事だとわかっていてもやりきれない。
「そんな不安そうな顔をしなくていいよ。この戦いは、二人の少年のおかげで一人の死者も出さず、たった1日で終わったのだからね」
続くセオドアの話を聞くうちに、強張っていた俺の頬はだんだんと弛緩して、小さく笑みを浮かべるくらいになっていった。
曰く、生まれつき強大な魔力を有するものの、状態異常と毒生成に特化した少年セスは珍しいけど些か地味である己の能力に悩んでいた。その手を引いて敵陣に突っ込んでいくのはジュード少年。こちらも測定不能の魔力量を持ち、かつあらゆるジャンルの魔法と相性がいい天才だった。
「殿下が敵陣すべてを巨大な結界で覆って、セスが麻痺の魔法を充満させた。魔法抵抗力の高い魔導士相手には、精製した麻痺毒を頭から被せるっていう鬼畜なやり方で、一兵卒に至るまで無力化してしまったんだよ」
2人の少年が目に見えるような気がして、俺はふふ、と笑い声を零していた。応えるように微笑んだセオドアが話を続ける。
「あとは風雷公が号令をかけ、大将、指揮官、部隊長クラスをどんどん生け捕りにして、この戦争はあっさりと片が付いたんだ」
「はぁ…それで二人は英雄なんですね…」
俺は物語を聞き終えたような心持で深くため息をついた。
俺よりも年下だった頃のジュードやセスが、人を殺したり傷つけられたりしなくて良かった。戦争の経験はないけど、そんな極限下において『ひとごろしはいけません』なんてきれいごとは通用しないだろうってわかってる。それでも俺は人を傷つけるのは怖い。俺の大事な人が、誰かを傷つけるのも怖い。他者に与える痛みは、いずれ自分に返る、そんな気がするから。
「……で、君はどう思う?」
「え?」
考え込んでいた俺は、セオドアの話を聞いてなかったらしい。
彼は「セスのことだよ」と苦笑した。
「セスの…?」
「そう。今でこそ人並みにいろんな魔法をこなすけどね、やっぱり得意なのは状態異常と毒なんだよ。それについて、さ」
そういえば元の世界に行く前に、伯母を始末する魔法、とか言って透明な液体の入った小さな小瓶をくれようとしたっけ。てことはあれはセスのお手製か。手作りのお弁当を持たせる感覚なのかなと思うと、なんだかかわいく思えて笑えてくる。
清潔の魔法が上手なのも、状態を変化させることに繋がるからかもしれないね。じゃあきっと、解毒なんかも得意そう。
「あ、ええと」
まずい。セオドアがなにかしょぼくれた顔でこっちを見ている。
なんだっけ。セスが状態異常魔法が得意なことについて、だっけ?
「んー、セスは、セスですから」
セスがおかしな使い方をするとは思えないし、いろいろできそうで便利っぽい。俺も攻撃とか荒っぽいものより、セスみたいに状態変化や生活が便利になるような魔法と相性良ければいいな。
「……それだけ?」
「ん?」
なにが?
セオドアの金目をじっと見つめ返すと、なぜか眉を顰められた。何か気に障ること言ったのかとここまでの会話を思い返そうとしたら、こほんと咳払いをしてから「では」と切り替えてきた。
「殿下とセス、二人の英雄についてはどう?」
読み聞かせとその感想発表みたいになってきたな。
でも二人の英雄については考えるまでもない。
一言で言うと、俺の彼氏最高かよ、ですよ。
「惚れ直しました」
第三者に言うのは恥ずかしいけど、俺の中では今静かに『大好き』って感情があらぶっているので言っちゃおう。
もうね、今すぐ魔術師団にすっ飛んで行って二人に抱き着きたいよ。戦争なんて馬鹿なことしようとしている大人たちに突っ込んでいって一杯食わせて、そのくせ誰も傷つけないとかもうなんなの。好きすぎる、甘やかしたくなる。抱いて!
「………ふぐっ」
今度は後ろでレイモンが吹き出した。
振り返ると、レイモンはすごい形相で顔を真っ赤にして息を止めている。いや、おじいちゃん息はして。死んじゃうよ。
「くっ、くくく…っ。セスや殿下が庇護したくなる気持ちがわかったよ…ぷっ、ははは」
「ふ、ふふふっ、そうでございましょう」
なんだか笑われてしまっています、が、嫌な感じはしないので、二人が落ち着くまでお茶を楽しむことにする。
はあ、ジュードの生い立ちとか聞けて良かったな。きっと直接聞いてもにやっと笑って端的にしか言わなそうだし、何より一緒にいれば、過去のことより未来のことを考えてしまうから。未来…諸国漫遊の旅とか楽しそう。
「ソーヤくんが、セスを…弟を純粋に好いてくれているのがよくわかったよ。ありがとう」
立ち直ったセオドアがそう言ってくれた時、俺はちょうどカップに口を付けたところだったのでその体勢のままこくんと頷いた。また「ぷはっ」と笑われてしまったけど、笑い上戸なんだろうか。
「僕は…僕らフロイラス家は、全面的に君の味方をすると約束しよう。けれど気を付けて。地位も名誉も持つ二人を恋人に持つ君を、妬む者や害しようとする者が現れるかもしれない」
「…はい」
ふと真剣みを帯びたセオドアの声に、俺は姿勢を正して向き合った。
王族で団長で、侯爵家で副団長で、さらに英雄ときた。そんなにいろいろいらないんだけど、もう互いに惹かれ合ってしまった。ジュードやセスが何者だって、離れたくない。
「君は荒事は得意そうじゃないけど、思慮深く聡明で、素直だ。身を守るための知識と、隙を見せないための品位を学んでいくと良い」
「はい。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、セオドアはにこりと微笑んだ。背後でレイモンがうんうんと頷く気配もする。
周りの大人が助けてくれるって、なんて心強くてありがたいんだろう。異世界に来てから短い間に、頼れる相手がいっぱいできた俺は、本当に幸運だと思う。
安心感でふにゃっと力が抜けた俺を、ソファいっぱいに敷き詰められたクッションがしっかりと受け止めてくれた。
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