18 / 24
第二章 共鳴の輪郭
9.黒波燦のレコーディング
しおりを挟む
「なんだなんだ、バッチリじゃないか。もうレコーディングに入れるくらい歌えてるぜ。こっちが驚かされた! やるな、アキ坊。律坊もよくやった、よくここまで伸ばしたな!」
透子さんは、バンバンと俺ら二人の背中を豪快に叩いた。細いのに意外と力が強い。
「じゃあこのままスケジュール繰り上げてレコーディングするか。今ここの下の階のレコーディングルームの予約取ったから移動するぞ!」
「は?」
「え?」
「レーベルの社長がアキ坊に会いたがっていたが無視だ。律坊、Bメロの冒頭からコーラス増やすぞ。お前さんにも後で録音室入って貰うから声出ししとけよ?」
「……わかった」
「アキ坊、サビはもっと叫べ。音程は気にしなくていいぞ。気にするだけ無駄だ」
「あ、はい、え? 待って、え?」
展開の速さについていけない。律ちゃんを見ると、いつものことだと言いたげにため息をついている。
「こいつと付き合うならこのテンポに慣れろ。巻きの人生を生きてる女だ。判断と行動が異常に速いから時間感覚がおかしくなるが、そのうち慣れる。逆らったら色々面倒だぞ」
移動しながら律ちゃんが教えてくれた。そういえば、以前会った時も色々急展開で驚いたんだった。
急遽予約をとったらしい地下のレコーディングスタジオは広かった。コントロールルームと録音ブースが分かれている。
透子さんは俺を防音室に突っ込むと、乾燥した空気に喉がやられないように、といつも持ち歩いている大きなレザーバッグからのど飴を渡してくれた。口に放りこんだ瞬間吐き出しそうになった。効果が凄そうな味というと聞こえはいいが、死ぬほどまずくてびっくりしたのだ。透子さんはそんな俺を見て子供みたいに笑っていた。
急遽助手に引っ張られた律ちゃんが、透子さんに振り回されてばたばたしている。最近ようやく気が付いたけど、彼は苦労人なのかもしれない。
透子さんは、たくさんのボタンやスイッチやダイヤルやレバーを調整して準備をしつつ、マイクの前に立つ俺にヘッドホン越しに歌の指導をする。聖徳太子かな?
レコーディングなんて大事な仕事、二人だけでできるものなんだろうか? たまに俺が請け負うナレーションや朗読の仕事の時には、もっとコントロールルームに人がいるのだ。
けれど、この元スーパースターに、そんな不安は杞憂だったようだ。
「じゃ、いくぞ。一発で決めなくていいが、一発で決める覚悟で行け」
凄まじいスピード感。お陰で、レコーディング本番だというのに肩に力が入る時間すらなかった。
ヘッドフォンから聞き慣れた機械的なイントロが流れて、条件反射で息を吸う。
音とリズムの波の中で、言葉を並べて浮かべて流して溶かしてひとつになる。全部律ちゃんに教わったことだ。誰かを想って歌うところでは、ガラス越しに律ちゃんを見つめた。必死にヘッドホンを掴んで機械にかぶりついていたから、俺の視線には気が付かなかったようだけど。
いい歌が歌えたと自分でも思う。ふと目頭に触れて、涙を浮かべていたことに気が付いた。
「アキ坊、大分いい、相当いい、最高だ」
ヘッドホンから、透子さんの真面目な声が流れてきた。まさかの一発OKだ。ガラスの向こうで手を叩いているのが見えた。
「ここまで歌われちゃ、その辺の歌手の立つ瀬がないぜ? よくやった」
「ありがとう。律ちゃんのお陰だよ」
「はは、愛の力ってやつか? おい、律坊」
透子さんが隣の律ちゃんをせっついている。
律ちゃんは、泣いていたのだ。
ガラスの向こうで、俺をじっと見つめながら。
「律ちゃん、律ちゃんありがとう。全部君のお陰だ」
俺までこみ上げてくる。律ちゃんは、俺に熱い視線を向けたまま、呟いた。
「仁……」
「は?」
「仁が……いる……」
あれ?
「なんだあ? 仁? アレか? 以前ドラマでアキ坊が演ったヤク中ヤクザの仁? 律坊がやたら熱く語ってた」
そういや、アレとまったく同じ歌い方だ。透子さんが手を打つ。
「律ちゃんまさか」
「仁、会いたかった……死んでしまったからもう会えないと思っていた……」
わっとその場に泣き伏せる。ガラス越しの姿が見えなくなった。
そういえば、歌を歌うときの例えで、ヤク中ヤクザの仁の歌い方ばかりを例に出していた。
俺は一瞬、本気の本気で仁に嫉妬心が湧いた。
確かにあのドラマがきっかけで歌を出すことになった訳だけど?
確かに君はあのドラマで俺を知ってくれた訳だけど!?
「律ちゃん、後で体育館裏に集合ね」
自分でも驚くほど温度のない声が出た。しゃくりあげる律ちゃんは後で締めよう。
俺は気を取り直してマイクに向かった。
透子さんの指示で何テイクか録ったが、最終的に一時間もかからなかった。恐ろしく集中した時間。これが巻きで人生を走る女の時間感覚。
透子さんは、バンバンと俺ら二人の背中を豪快に叩いた。細いのに意外と力が強い。
「じゃあこのままスケジュール繰り上げてレコーディングするか。今ここの下の階のレコーディングルームの予約取ったから移動するぞ!」
「は?」
「え?」
「レーベルの社長がアキ坊に会いたがっていたが無視だ。律坊、Bメロの冒頭からコーラス増やすぞ。お前さんにも後で録音室入って貰うから声出ししとけよ?」
「……わかった」
「アキ坊、サビはもっと叫べ。音程は気にしなくていいぞ。気にするだけ無駄だ」
「あ、はい、え? 待って、え?」
展開の速さについていけない。律ちゃんを見ると、いつものことだと言いたげにため息をついている。
「こいつと付き合うならこのテンポに慣れろ。巻きの人生を生きてる女だ。判断と行動が異常に速いから時間感覚がおかしくなるが、そのうち慣れる。逆らったら色々面倒だぞ」
移動しながら律ちゃんが教えてくれた。そういえば、以前会った時も色々急展開で驚いたんだった。
急遽予約をとったらしい地下のレコーディングスタジオは広かった。コントロールルームと録音ブースが分かれている。
透子さんは俺を防音室に突っ込むと、乾燥した空気に喉がやられないように、といつも持ち歩いている大きなレザーバッグからのど飴を渡してくれた。口に放りこんだ瞬間吐き出しそうになった。効果が凄そうな味というと聞こえはいいが、死ぬほどまずくてびっくりしたのだ。透子さんはそんな俺を見て子供みたいに笑っていた。
急遽助手に引っ張られた律ちゃんが、透子さんに振り回されてばたばたしている。最近ようやく気が付いたけど、彼は苦労人なのかもしれない。
透子さんは、たくさんのボタンやスイッチやダイヤルやレバーを調整して準備をしつつ、マイクの前に立つ俺にヘッドホン越しに歌の指導をする。聖徳太子かな?
レコーディングなんて大事な仕事、二人だけでできるものなんだろうか? たまに俺が請け負うナレーションや朗読の仕事の時には、もっとコントロールルームに人がいるのだ。
けれど、この元スーパースターに、そんな不安は杞憂だったようだ。
「じゃ、いくぞ。一発で決めなくていいが、一発で決める覚悟で行け」
凄まじいスピード感。お陰で、レコーディング本番だというのに肩に力が入る時間すらなかった。
ヘッドフォンから聞き慣れた機械的なイントロが流れて、条件反射で息を吸う。
音とリズムの波の中で、言葉を並べて浮かべて流して溶かしてひとつになる。全部律ちゃんに教わったことだ。誰かを想って歌うところでは、ガラス越しに律ちゃんを見つめた。必死にヘッドホンを掴んで機械にかぶりついていたから、俺の視線には気が付かなかったようだけど。
いい歌が歌えたと自分でも思う。ふと目頭に触れて、涙を浮かべていたことに気が付いた。
「アキ坊、大分いい、相当いい、最高だ」
ヘッドホンから、透子さんの真面目な声が流れてきた。まさかの一発OKだ。ガラスの向こうで手を叩いているのが見えた。
「ここまで歌われちゃ、その辺の歌手の立つ瀬がないぜ? よくやった」
「ありがとう。律ちゃんのお陰だよ」
「はは、愛の力ってやつか? おい、律坊」
透子さんが隣の律ちゃんをせっついている。
律ちゃんは、泣いていたのだ。
ガラスの向こうで、俺をじっと見つめながら。
「律ちゃん、律ちゃんありがとう。全部君のお陰だ」
俺までこみ上げてくる。律ちゃんは、俺に熱い視線を向けたまま、呟いた。
「仁……」
「は?」
「仁が……いる……」
あれ?
「なんだあ? 仁? アレか? 以前ドラマでアキ坊が演ったヤク中ヤクザの仁? 律坊がやたら熱く語ってた」
そういや、アレとまったく同じ歌い方だ。透子さんが手を打つ。
「律ちゃんまさか」
「仁、会いたかった……死んでしまったからもう会えないと思っていた……」
わっとその場に泣き伏せる。ガラス越しの姿が見えなくなった。
そういえば、歌を歌うときの例えで、ヤク中ヤクザの仁の歌い方ばかりを例に出していた。
俺は一瞬、本気の本気で仁に嫉妬心が湧いた。
確かにあのドラマがきっかけで歌を出すことになった訳だけど?
確かに君はあのドラマで俺を知ってくれた訳だけど!?
「律ちゃん、後で体育館裏に集合ね」
自分でも驚くほど温度のない声が出た。しゃくりあげる律ちゃんは後で締めよう。
俺は気を取り直してマイクに向かった。
透子さんの指示で何テイクか録ったが、最終的に一時間もかからなかった。恐ろしく集中した時間。これが巻きで人生を走る女の時間感覚。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について
kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって……
※ムーンライトノベルズでも投稿しています
たとえ運命じゃなくても、僕は
mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。
たとえ運命から背を背けようとも」
音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。
努力家の先輩αと、
運命の番だと告げられた天才α。
運命か、愛情か――
選ぶのは、僕自身だ。
※直接的な描写はありません。
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~
野々乃ぞみ
BL
渡辺 真詞(わたなべ まこと)は小さい頃から人ではないモノが見えた。
残念ながら話もできたし、触ることもできた。
様々なモノに話しかけられ、危ない目にもあってきた。
そんなとき、桜の下で巡(めぐる)に出会った。
厳しいけど優しい巡は特別な存在になった。
きっと初恋だったのに、ある日忽然と巡は消えた。
それから五年。
地元から離れた高校に入った十六歳の誕生日。
真詞の運命が大きく動き出す。
人とは違う力を持つ真詞が能力に翻弄されつつも、やっと再会した巡と恋をするけど別れることになる話。(前半)
別れを受け入れる暇もなくトレーニングが始まり、事件に巻き込まれて岬に好かれる話。(後半)
・前半 巡(人外)×真詞
・後半 岬(人間)×真詞
※ 全くの別人ではありませんが、前半と後半で攻めが変わったと感じるかもしれません。
※ キスを二回程度しかしないです。
※ ホラーではないつもりですが、途中に少し驚かすようなシーンがあります。ホラーのホの字もダメだという方は自己判断でお願いします。
※ 完結しました。遅くなって申し訳ありません。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる