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第1部

第15話 10年ご無沙汰って本当ですか?

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 015

「妾に道案内を頼むとはな」

 ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした鬼の美女は、嫌味満載で朱色の唇の端を吊り上げる。
 細めた目がとってもチャーミング。
 そういえば偉い人でした。

「女ならば、もう自立してもいい年頃だぞ小童」
「どっちなんでしょう?」

 子供扱いなのか、大人扱いなのか判断に迷う言い草だった。
 言い出せずじまいで性別が女のままだ。早くなんとかしないとマズいよね?

「言葉尻をとらえる小癪なガキめ」

 自ら口にした言葉の矛盾に気づき、美女は自嘲気味に唇を歪める。
 今までみてきた女性の中で群を抜いて綺麗な朱色。ぽってりした唇に惚れ惚れします。

「角なしは妾の一族の女を忌み嫌い恐れていると聞いていたが、さすが女だけあって度胸があるのだな」

 忌み嫌っているとは初耳です。
 こんな下半身に直接語りかけてくるような美女から、何故昔の人は遠ざかろうとしたんだろう?
 今の所、問答無用で襲われるような気配はないし。

 鬼の美女は、僕のお願いなんてそっちのけで、大きいおっぱいを持ち上げて、乳房の下を丹念に洗いはじめる。わお、ボリューミー。おっぱいってこんなに持ち上げられるものなんだな。

 他人の視線など気にしていない。
 裸でいるのが当たり前みたいに自然な動きなので、僕の方の感覚がおかしくなってきた。

 というよりこのまま見ていて大丈夫なの?
 このあとで鬼人族の輩が見物料とかせしめに来たりしたら嫌なんだけど。

 通貨は共通なんだろうか? 例え共通でも、手持ちが0だから意味がないけど。
 支払い関係はメイドとアンに任せきり。
 今頃心配かけているメイド達と姉様達のためにも早く戻って元気な姿を見せないと。

 万に一つの可能性として、王妃様が命を下したドッキリ企画なんてないよね?
 さすがに穿ち過ぎかな。

 じっと観察をしていると身体を洗う場所が変わっていく。
 おっぱいの後は、腋の下、続いておしり、さらには脚の間の女性器まで。
 股間を洗う美女は、少し表現しにくい体勢だった。
 立ったままだから、はしたないというか卑猥というか、少しだけがに股になっていた。

 見た目三十路の女性の入浴シーンを透明人間になった気分で眺めました。
 偉い人でも匂いが気になったりするのかな?
 汗をかく場所を丹念に水で洗い流しているご様子だけど。

「禊をそのように眺めるな、角なしは配慮が足りんな」

 やたら丁寧に身体を洗っていると思えば、いわゆる水垢離というやつだったらしい。
 またお清めの話が出ましたよ。
 お山に関する人々はどうしてこんなにもきれい好きなんだろう?

「ちっ、いつまでたっても汚れは落ちんな」
「鬼の人の目は節穴ですか?」

 むしろ磨き抜かれた白い肌です。おっぱいも垂れずふるふると瑞々しく揺れている。
 きゅっと締まった腰の細さから流れるような臀部へのラインの滑らかさ。
 引き締まったふとももまで。汚れているようには見えなかった。

「こいつ……まあ、いい。はっきりと申せ」
「汚れてなんかいないです。むしろとっても綺麗な身体ですね」

 禊が身体だけじゃなく精神的にも不浄を払ったりするんだろうけど。
 病的に身体を洗う姿を見ていたら言わないといけないような気がした。

「そう見えるか? だが、妾らの身体は男の唾液まみれだ。汚らわしいことにな」

 え? なにそれ。
 思わず後退ってしまったら、すっかり冷えた足がじゃぷっと水音を立てた。

「それに、子宮も膣も子種で満たされていた。幾人もの男が精を解き放ったからな」

 なにそれ輪姦事件発生!? おまわりさん、被害者はここです!
 さらにじゃぷっ。

「なにを呆けた顔をしている? どうして後じさる?」
「こほん。大丈夫、僕はあなたの味方です。落ち着いて何でも話してください」
「いまさら言葉を飾ってどうした?」

 美女は禊ぎに満足したのか、川岸においてある黒い布を手にして笑う。
 レイプ事件のカミングアウトに驚愕した僕を見て、美女はくくっと喉の奥で音を鳴らした。

「なにを心配しているか知らないが、お前に着いたりしないから安心しろ」
「いえいえ、そうじゃなくて」

 たしかに男の精液が撒き散らされたりしたら嫌だけど。

「それに今の話はもう10年は前の話だ。さすがに残ってはおるまい」

 着替えを止めずに美女は笑う。
 精子の消費期限は短いと聞いています。冷凍技術でもない限り。
 10年前ならDNAも残っていないね!

 というか、だったらどうして禊ぎをしているんだろう?

「おかしいと思うだろう? だが、いまだに消えないのだ……染みついた匂いがな」

 レイプ事件の忌まわしい記憶に悩まされているのか、お労しい。

「角なしの国ではどうか知らないが、鬼の一族の族長たるものは、マシな男の精を競わせてより強い子を残す必要があるのだから仕方がないのだ」

 だから、我こそはと思う男が毎晩妾の寝所に列をなした。
 美女は遠い過去を思う遠い目をして語った。

 あ。レイプじゃなくて和姦でしたか。
 頭の柔らかさには定評のある第3王子の僕でも理解するには躊躇する。

 つまり、複数の男の精液を膣内に同時に迎えて競わせて受精する習わしなんだ。

 常に男を誘う色気満載なのは男の経験数が桁違いで、荒波に揉まれた結果。
 古文書はマイルドな鬼の一族に対するメッセージだった。

 目の前で着替え終わった美女は、僕の常識では、つまりビッチ。
 僕の人生で関わったことのない人種だった。種族が違うから当然だけど。

「というか、10年もご無沙汰なんですか?」
「お前は、不敬という言葉を勉強してこい」

 なんか似たような事を言われた覚えがあって心が痛い。

「中々子供ができんでな、その内妾を求める男はいなくなった。それに、年も取った故な」

 寂しそうに目を伏せる。
 十分お若いですけど? 異世界だから基準がちょっと厳しめなんだろう。
 前世では、25歳がクリスマスなんて揶揄する話題があったけど、この世界では20歳を超えたら年増扱いなのかもしれない。子供が成人するのも15歳と若めだし。
 メイド達も気をつけてあげないと。前世の感覚だと30歳なんてまだ若い部類だったから。

 本当に着替え終わったのか怪しい、妖しい露出の美女が振り返る。

 黒く染められた前世で言うコスプレめいたミニ浴衣を体に羽織り、細めの赤い帯で腰の細い所にまいただけ。
 前の合わせ目からは浴衣の色に鮮烈に対比になる白い乳房がこぼれそう。
 ノーパンの下腹部は隠れているけれど、ギリギリまで露出に挑戦したふとももの白い肌は、しっとりと湿っていて艶めかしくて鳥肌が立つ。
 少し身体を動かせば、ワイルドな陰毛がこんにちわと顔を出しそう。

 なるほどやはり文献は正しかった。超ミニ浴衣。むき出しの手足。
 普段の格好がこの露出。きっと対面したら視線をどこに持っていけばいいのか迷い続けて目が泳ぐ。
 その内、胸の谷間や股間の際どい部分に視線は吸引。

 ここに来るまで煩悩を吐き出していなければ、まともに会話も出来なくなる。
 お清めって大事なんだな。明日から啓蒙運動を始めよう。

「村の男はすべて妾の宿六だった。村の女の相手でもあるがな」

 衝撃の逆ハー天国。
 乱婚制度ですね。わかります。

「でもそれだと父親が誰かわからないですね?」
「必要ない。母が誰か分かればいいのだ。妾も本当の種の素性など知らん」

 女王を頂点とした、村人全員公式な愛人関係。その愛人も村の女の愛人。乱婚文化。
 なるほど婚姻制度がないのなら父親がだれかなんて関係ないか。
 母親がだれなのかだけが確定している。

 逆ハー状態。いや待てよ? 考えようによっては強い精子の持ち主が村の女を全員妊娠させるハーレム状態とも言えなくない。独占欲さえ目を瞑ればという制限が付いちゃうけど。

 家父長制度の反対は、母権制というんだっけ?
 話の節々から推測するに、どうも鬼の一族は女尊男卑。

 女だと勘違いされているから、比較的対等に扱われているけど、男子だってバレたら迫害確定? それとも、保護されるんだろうか?

「子をなせない、出来損ないの族長なのだよ、妾は」

 しんみりと言う。
 世界が違えば文化も違う。前向きにとらえよう。

「我が国には、生まない権利というのがありましたよ?」
「女のくせに妙なことを。子を産むことこそが幸せではないのか?」

 男の娘ですから、答えにくい。
 だけど、今が最後の機会だ。

「それなんですけど、僕は男です。性別は男の娘ですけど」

 美女は、は? と固まった。
 川のせせらぎがやけに響く。それくらい静かだった。

 美女は額に指を当てる。それから鋭い目線を向けてきた。
 きっと色々記憶動画を逆再生している。
 相手は女と思ってあられもない痴態と言える行いをしてきたから。

「……真か?」
「はい」
「バカな……バカな! こんなに可愛い男がいてたまるか! 角なしの国はどうなっているのだ!」

 鬼の一族の男子は可愛くないのか。あと、たぶん我が国でも存在しているのは一部だけです。

「男じゃないです男の娘です。男に娘とかいて男の娘です」
「……そのややこしい言い方はやめよ」

 異文化は中々理解されないものです。てへっと笑う。

「くっ……可愛い。いや違う! 女装という領域ではないそ? 貴様。さては前世は女か?」

 あら。意外にやわらか頭だ。転生についての知識持ち?

「いえ、前世も男です」
「前世を軽々しく語るとは……あり、えるのか、そんなことが……」

 なんだか真剣に悩み始めてしまった。申し訳ない気持ちになる。

「いまさらですけど、お姉さんは、鬼人族の方ですか?」
「お姉さんなどと世辞を言われたのも何年ぶりか。ふふ、そんな名称ではない。山のモノだ。山の鬼の一族だ」

 鬼人族というのは対外的な呼び名みたい。

「僕の名前はクロですけど、お名前を頂戴しても?」
「妾の名は朱華だ。いや、そんなことより、本当に男なのか? えーとクロよ」
「和風なお名前なんですね」
「答えよ、クロ。問おう、お前はまことに男なのか?」

 男の娘だよ!

「んー、では証拠を見せますね?」

 百聞は一見にしかず。
 濡れて身体に貼りついていたパンツを下ろす。
 もういいかげん色々な情報でバンバンに勃起状態だったペニスがデン!

「なっ……」

 今度は朱華さんが後退った。
 あれ? セックスのベテランなのに男の娘のペニス程度でたじろいだぞ?
 じつはただの耳年増とか?

「本物か? その愛らしい顔のわりに凶悪のなものを……」

 自前です、失礼な。でも、大きいと誉めてくれたから機嫌は直します。

 ごくりと朱華さんが喉を鳴らした。
 ああ。10年ご無沙汰で、女としての自信をなくしていたんでした。

「とことん不敬な奴め。……勃起しているのは、私に……欲情したからか?」

 なんか可愛くなってきた。

「朱華様」
「様付けは止せ」
「では、朱華姉様」

 うん、しっくりきた。

「ねっ……んんっ、なんだクロ?」
「提案というか、質問なんですけど」
「……敬語もいらぬ」

 ちょっと顔が赤いですよ?

「ではお言葉に甘えて、僕にも朱華姉様を孕ませる資格はある? 僕が朱華姉様を妊娠させたら自信をとりもどせる?」

 鬼の美女は、真顔を通り越して無表情になった。

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