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第二章 開いてはいけない手紙

第八話 たとえ、全部が嘘でも……

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 私と妹に貴族という身分はあっても、お家そのものは、もう没落している。

 今ではもう当代限り……つまりは、私と妹限り……子供ができても継承されない貴族身分。

 それが……私と妹の立場。

「珍しいことじゃないもの」

 そんなことは、下級貴族ではよくあること。

 平民と違って家業がないから、没落すると平民より貧しくなってしまう。

 私が七歳の頃に、実のお父さんは死んで……戦で功を挙げて死んだわけでもないから、領地は没収。

 いずれにしても、お父さんがいないなら運営できない。

 お母さんは……他に男を作って、どこかへ行った。

「……あはは。あの時は、本当に途方に暮れたなあ……アンナもまだ、小さくて……」

 それで……一帯を統べていた中級貴族のおじさまの家に、私は引き取ってもらった……私が侍女として働くことを条件に。

 妹も、養ってもらうことができた。

「感謝はしてる……けど……」

 やっぱり、そこでも、私は妹とは違った。

 可愛がられる妹とは違って……私は侍女でしかなかった。

 ううん……侍女の中でも……。

 成長するにつれて……おばさまに鞭でぶたれることは多くなっていって……。

 一生懸命勉強して……少しずつお金を貯めて……寮生の学院に入学した頃は、身体中、あざだらけだった。

 もう……5年近く、ほとんど帰っていない家。

 ごく希に、用事で……仕方なく帰るだけの家。

「だから……お義父様は私にとっても、大切な人で……私のことを気に入ってくれて、本当に嬉しくて!」

 ダメだ、私……今は何を考えても、ヒステリーにしかならない。

 こんなノート、もう閉じないといけないのに。

(お義父様……私に、言ってくれたんだ。えへへへへ!)

「覚えてるよ……嬉しかったから」

 過去の自分と話す、痛い女。

(「これからは”ヨスおじさま”ではなく、”お義父様(おとうさま)”と呼ぶように」って。……えへへ! いつものしかめ面……に見えて、実は目を合わせてくれてなくて……ちょっと、顔が赤くなっていて……私、すごい嬉しかった)

 私は日記帳のそのページを、片手でぎゅっと握りしめた。

 紙が、くしゃくしゃになる。

「お義父様……ごめんなさい。私が、もう少し可愛い女の子だったら……お義父様も、きっと望んでくれていた未来を見せてあげられたのに。本当の家族になれて、私も、心の底からお義父様と呼べたのに」

 ふと、気がついた。

 考えるべきは、馬鹿な自分のことじゃない……のかもしれない。

 何か……嫌な予感がした。

「これ以上に、嫌な予感? そんなの……」

 アンナとヨゼフのことは、嫌というほど考えた。

 お義父様とか、お屋敷の人達のことも、考えた。

「けど……そっか。二人とお屋敷の人達、特に二人とお義父様との関係は……どうなるんだろ?」

 もともと、ヨゼフとお義父様の仲は、そんなに良くない。

(婚約の話が出てきて、相手がリナ様だと知って、そのリナ様に向き合って……そして、お館様はヨゼフ様に対して、だいぶ丸くなったんです……前は、すごく仲が悪かったんですから)

 そう、お屋敷のメイドさんの一人が、こっそり教えてくれた。

 私はともかく、お義父様の気持ちまで裏切って……ううん、嫌な予感がするのは、きっと、それだけの話じゃないから。

「おかしいのは……妹」

 だって……ヨゼフはともかく、妹のアンナは、そんなに馬鹿じゃないもの。

 そういう変な信頼だけはある。

 妹のそれは、じとじとした計算高さとは違う。

 もっと才能としか思えない、天性の狡猾さを持っている。

「考えなしとは、思えなくて……」

 そんな形で婚約破棄に加わったら、どうなるのか……。

「問題は……ヨゼフとお義父様の仲が、良くないという話」

 実際、どれくらい良くないのか、私はほとんど知らない。

 なんとなく合わないだろうことは分かるけど、それ以外では、そのメイドさんが教えてくれた話しか私は知らない。

 お義父様は、しょっちゅう「馬鹿息子」と言っているけど……それだけ。

 私が知っている限り、お義父様がヨゼフにうるさく言うことは滅多にない。

 大抵、私に言ってくる。

 信頼してくれているのは、嬉しかったけど……。

 逆に言えば、お義父様とヨゼフの口論を見たことがないことの理由でもあって……。

「ヨゼフとお義父様の仲が良くなかったとして……そこにアンナが加わったら……?」

 お義父様は、優しい。……優しいからこそ、決断するときはする人でもある。

 妹のアンナはもちろん、実の息子であるヨゼフにも容赦しないはず。

 父親と貴族……本当に、二者択一になったら、貴族としての責任を取るだろう人。

 アンナ……あなたは、どうするつもりなの……?

 考えなしとは思えないから、余計に……不安になる。

 嫌な予感の意味が、分かった気がした。

「どうせ、これ以上失うものはないのだもの。私……私がこのお屋敷の娘になることはできなくても……それでもやっぱり……お義父様とか、お屋敷の人達は大切……ヨゼフと妹だって」

 はっきりしていた。

 このままじゃ、ダメ。

 何にしても……このままっていうのだけは、ダメ。

「そうだよ。たとえ……全部が嘘でも……」

 私は……お姉ちゃんなんだから。

 私は……いいお嫁さんになりたかったんだから。

 私は……お義父様の娘になりたかったんだから。

「それだけは……本当のこと、なんだから。二人のためにも、他の人達のためにも……このままじゃ、ダメ」

 悲しい……苦しい……辛い……。

 だけど……心の中で、何か燃え立つものができた気がした。

 インクと、ペンと、羊皮紙を取る。

「結局、頼れそうなのは、エルンストさんしかいないけど……身勝手なのは、分かっているけど……ごめんなさい。私、あなたに宛てて、手紙を書きます」

 今更ながらに、鏡の破片で切った指が痛い。

 けど、その痛みを感じられることが、なんか……嬉しい。
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