13 / 40
第二章 開いてはいけない手紙
第八話 たとえ、全部が嘘でも……
しおりを挟む
私と妹に貴族という身分はあっても、お家そのものは、もう没落している。
今ではもう当代限り……つまりは、私と妹限り……子供ができても継承されない貴族身分。
それが……私と妹の立場。
「珍しいことじゃないもの」
そんなことは、下級貴族ではよくあること。
平民と違って家業がないから、没落すると平民より貧しくなってしまう。
私が七歳の頃に、実のお父さんは死んで……戦で功を挙げて死んだわけでもないから、領地は没収。
いずれにしても、お父さんがいないなら運営できない。
お母さんは……他に男を作って、どこかへ行った。
「……あはは。あの時は、本当に途方に暮れたなあ……アンナもまだ、小さくて……」
それで……一帯を統べていた中級貴族のおじさまの家に、私は引き取ってもらった……私が侍女として働くことを条件に。
妹も、養ってもらうことができた。
「感謝はしてる……けど……」
やっぱり、そこでも、私は妹とは違った。
可愛がられる妹とは違って……私は侍女でしかなかった。
ううん……侍女の中でも……。
成長するにつれて……おばさまに鞭でぶたれることは多くなっていって……。
一生懸命勉強して……少しずつお金を貯めて……寮生の学院に入学した頃は、身体中、あざだらけだった。
もう……5年近く、ほとんど帰っていない家。
ごく希に、用事で……仕方なく帰るだけの家。
「だから……お義父様は私にとっても、大切な人で……私のことを気に入ってくれて、本当に嬉しくて!」
ダメだ、私……今は何を考えても、ヒステリーにしかならない。
こんなノート、もう閉じないといけないのに。
(お義父様……私に、言ってくれたんだ。えへへへへ!)
「覚えてるよ……嬉しかったから」
過去の自分と話す、痛い女。
(「これからは”ヨスおじさま”ではなく、”お義父様(おとうさま)”と呼ぶように」って。……えへへ! いつものしかめ面……に見えて、実は目を合わせてくれてなくて……ちょっと、顔が赤くなっていて……私、すごい嬉しかった)
私は日記帳のそのページを、片手でぎゅっと握りしめた。
紙が、くしゃくしゃになる。
「お義父様……ごめんなさい。私が、もう少し可愛い女の子だったら……お義父様も、きっと望んでくれていた未来を見せてあげられたのに。本当の家族になれて、私も、心の底からお義父様と呼べたのに」
ふと、気がついた。
考えるべきは、馬鹿な自分のことじゃない……のかもしれない。
何か……嫌な予感がした。
「これ以上に、嫌な予感? そんなの……」
アンナとヨゼフのことは、嫌というほど考えた。
お義父様とか、お屋敷の人達のことも、考えた。
「けど……そっか。二人とお屋敷の人達、特に二人とお義父様との関係は……どうなるんだろ?」
もともと、ヨゼフとお義父様の仲は、そんなに良くない。
(婚約の話が出てきて、相手がリナ様だと知って、そのリナ様に向き合って……そして、お館様はヨゼフ様に対して、だいぶ丸くなったんです……前は、すごく仲が悪かったんですから)
そう、お屋敷のメイドさんの一人が、こっそり教えてくれた。
私はともかく、お義父様の気持ちまで裏切って……ううん、嫌な予感がするのは、きっと、それだけの話じゃないから。
「おかしいのは……妹」
だって……ヨゼフはともかく、妹のアンナは、そんなに馬鹿じゃないもの。
そういう変な信頼だけはある。
妹のそれは、じとじとした計算高さとは違う。
もっと才能としか思えない、天性の狡猾さを持っている。
「考えなしとは、思えなくて……」
そんな形で婚約破棄に加わったら、どうなるのか……。
「問題は……ヨゼフとお義父様の仲が、良くないという話」
実際、どれくらい良くないのか、私はほとんど知らない。
なんとなく合わないだろうことは分かるけど、それ以外では、そのメイドさんが教えてくれた話しか私は知らない。
お義父様は、しょっちゅう「馬鹿息子」と言っているけど……それだけ。
私が知っている限り、お義父様がヨゼフにうるさく言うことは滅多にない。
大抵、私に言ってくる。
信頼してくれているのは、嬉しかったけど……。
逆に言えば、お義父様とヨゼフの口論を見たことがないことの理由でもあって……。
「ヨゼフとお義父様の仲が良くなかったとして……そこにアンナが加わったら……?」
お義父様は、優しい。……優しいからこそ、決断するときはする人でもある。
妹のアンナはもちろん、実の息子であるヨゼフにも容赦しないはず。
父親と貴族……本当に、二者択一になったら、貴族としての責任を取るだろう人。
アンナ……あなたは、どうするつもりなの……?
考えなしとは思えないから、余計に……不安になる。
嫌な予感の意味が、分かった気がした。
「どうせ、これ以上失うものはないのだもの。私……私がこのお屋敷の娘になることはできなくても……それでもやっぱり……お義父様とか、お屋敷の人達は大切……ヨゼフと妹だって」
はっきりしていた。
このままじゃ、ダメ。
何にしても……このままっていうのだけは、ダメ。
「そうだよ。たとえ……全部が嘘でも……」
私は……お姉ちゃんなんだから。
私は……いいお嫁さんになりたかったんだから。
私は……お義父様の娘になりたかったんだから。
「それだけは……本当のこと、なんだから。二人のためにも、他の人達のためにも……このままじゃ、ダメ」
悲しい……苦しい……辛い……。
だけど……心の中で、何か燃え立つものができた気がした。
インクと、ペンと、羊皮紙を取る。
「結局、頼れそうなのは、エルンストさんしかいないけど……身勝手なのは、分かっているけど……ごめんなさい。私、あなたに宛てて、手紙を書きます」
今更ながらに、鏡の破片で切った指が痛い。
けど、その痛みを感じられることが、なんか……嬉しい。
今ではもう当代限り……つまりは、私と妹限り……子供ができても継承されない貴族身分。
それが……私と妹の立場。
「珍しいことじゃないもの」
そんなことは、下級貴族ではよくあること。
平民と違って家業がないから、没落すると平民より貧しくなってしまう。
私が七歳の頃に、実のお父さんは死んで……戦で功を挙げて死んだわけでもないから、領地は没収。
いずれにしても、お父さんがいないなら運営できない。
お母さんは……他に男を作って、どこかへ行った。
「……あはは。あの時は、本当に途方に暮れたなあ……アンナもまだ、小さくて……」
それで……一帯を統べていた中級貴族のおじさまの家に、私は引き取ってもらった……私が侍女として働くことを条件に。
妹も、養ってもらうことができた。
「感謝はしてる……けど……」
やっぱり、そこでも、私は妹とは違った。
可愛がられる妹とは違って……私は侍女でしかなかった。
ううん……侍女の中でも……。
成長するにつれて……おばさまに鞭でぶたれることは多くなっていって……。
一生懸命勉強して……少しずつお金を貯めて……寮生の学院に入学した頃は、身体中、あざだらけだった。
もう……5年近く、ほとんど帰っていない家。
ごく希に、用事で……仕方なく帰るだけの家。
「だから……お義父様は私にとっても、大切な人で……私のことを気に入ってくれて、本当に嬉しくて!」
ダメだ、私……今は何を考えても、ヒステリーにしかならない。
こんなノート、もう閉じないといけないのに。
(お義父様……私に、言ってくれたんだ。えへへへへ!)
「覚えてるよ……嬉しかったから」
過去の自分と話す、痛い女。
(「これからは”ヨスおじさま”ではなく、”お義父様(おとうさま)”と呼ぶように」って。……えへへ! いつものしかめ面……に見えて、実は目を合わせてくれてなくて……ちょっと、顔が赤くなっていて……私、すごい嬉しかった)
私は日記帳のそのページを、片手でぎゅっと握りしめた。
紙が、くしゃくしゃになる。
「お義父様……ごめんなさい。私が、もう少し可愛い女の子だったら……お義父様も、きっと望んでくれていた未来を見せてあげられたのに。本当の家族になれて、私も、心の底からお義父様と呼べたのに」
ふと、気がついた。
考えるべきは、馬鹿な自分のことじゃない……のかもしれない。
何か……嫌な予感がした。
「これ以上に、嫌な予感? そんなの……」
アンナとヨゼフのことは、嫌というほど考えた。
お義父様とか、お屋敷の人達のことも、考えた。
「けど……そっか。二人とお屋敷の人達、特に二人とお義父様との関係は……どうなるんだろ?」
もともと、ヨゼフとお義父様の仲は、そんなに良くない。
(婚約の話が出てきて、相手がリナ様だと知って、そのリナ様に向き合って……そして、お館様はヨゼフ様に対して、だいぶ丸くなったんです……前は、すごく仲が悪かったんですから)
そう、お屋敷のメイドさんの一人が、こっそり教えてくれた。
私はともかく、お義父様の気持ちまで裏切って……ううん、嫌な予感がするのは、きっと、それだけの話じゃないから。
「おかしいのは……妹」
だって……ヨゼフはともかく、妹のアンナは、そんなに馬鹿じゃないもの。
そういう変な信頼だけはある。
妹のそれは、じとじとした計算高さとは違う。
もっと才能としか思えない、天性の狡猾さを持っている。
「考えなしとは、思えなくて……」
そんな形で婚約破棄に加わったら、どうなるのか……。
「問題は……ヨゼフとお義父様の仲が、良くないという話」
実際、どれくらい良くないのか、私はほとんど知らない。
なんとなく合わないだろうことは分かるけど、それ以外では、そのメイドさんが教えてくれた話しか私は知らない。
お義父様は、しょっちゅう「馬鹿息子」と言っているけど……それだけ。
私が知っている限り、お義父様がヨゼフにうるさく言うことは滅多にない。
大抵、私に言ってくる。
信頼してくれているのは、嬉しかったけど……。
逆に言えば、お義父様とヨゼフの口論を見たことがないことの理由でもあって……。
「ヨゼフとお義父様の仲が良くなかったとして……そこにアンナが加わったら……?」
お義父様は、優しい。……優しいからこそ、決断するときはする人でもある。
妹のアンナはもちろん、実の息子であるヨゼフにも容赦しないはず。
父親と貴族……本当に、二者択一になったら、貴族としての責任を取るだろう人。
アンナ……あなたは、どうするつもりなの……?
考えなしとは思えないから、余計に……不安になる。
嫌な予感の意味が、分かった気がした。
「どうせ、これ以上失うものはないのだもの。私……私がこのお屋敷の娘になることはできなくても……それでもやっぱり……お義父様とか、お屋敷の人達は大切……ヨゼフと妹だって」
はっきりしていた。
このままじゃ、ダメ。
何にしても……このままっていうのだけは、ダメ。
「そうだよ。たとえ……全部が嘘でも……」
私は……お姉ちゃんなんだから。
私は……いいお嫁さんになりたかったんだから。
私は……お義父様の娘になりたかったんだから。
「それだけは……本当のこと、なんだから。二人のためにも、他の人達のためにも……このままじゃ、ダメ」
悲しい……苦しい……辛い……。
だけど……心の中で、何か燃え立つものができた気がした。
インクと、ペンと、羊皮紙を取る。
「結局、頼れそうなのは、エルンストさんしかいないけど……身勝手なのは、分かっているけど……ごめんなさい。私、あなたに宛てて、手紙を書きます」
今更ながらに、鏡の破片で切った指が痛い。
けど、その痛みを感じられることが、なんか……嬉しい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,665
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる