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抵抗をやめた蝶
しおりを挟む夢を、見た。
樹木の陰を選んで飛んでいた陰陽蝶が、枝に渡る大きなクモの巣に掛かって、いた。
どす黒いクモが、口から糸を吐き出しながら、彼の羽根を、搦め、取る。
幾重もの糸が、彼を、捕らえる。
陰陽蝶は、身動きも取れずに、もがいて、いる。
クモは、彼の体液を吸い取って、行く。
ゆっくり、ゆっくり。
陰陽蝶が、抵抗を、やめた。
そこで、目が、醒めた。
あれから何日、経ったのだろうか。
あれ以来、草間が、あの少年の姿を見かけることは、一度もなかった。
だから、どうだ、という訳では、ない。もともと一人になりたくて、この台湾へ来たのだ。一年中、花々が咲き乱れ、蝶の群れ舞う、麗しの島へ……。
ベッドを降り、草間はバスルームでシャワーを浴びた。
草に絡まる露のように、飛沫が髪を、伝い、落ちる。
これが現実でない、と、何故、言えるだろうか。
多分、あの日はどうかしていたのだ。一番、突かれたくない部分を剥き出しにされ、自分だけが傷ついたように、カッとした。まだ十六、七歳の子供を相手に、その現実から、逃げ出した。
彼を疎ましく思っていた訳では、ない。
彼と共にいる時間は、不思議と心地良かったのだ。
もう人と拘わるのはごめんだ、と思っていたのに、彼と共にいることに、安堵、していた。
決して世の中に甘えることのない彼の強さに、そして、その彼が今まで得て来たものに。
きっと、貧しい幼少期から見続けて来た夢だけが、彼の支え、だったのだろう。
彼もまた、そうして現実から逃げて来た一人、なのだ。
だが、これが全て現実だというなら、彼は何故、あれほど草間のことを知っていたのだろうか。
発表された研究が、発表した当人たる教授のものではなく、草間のものであったことを知る人間など、多くは、いない。
それでいて彼は、知って、いた……。
シャワーを終え、草間はチェック・アウトの支度を、した。
これが現実であるのか、夢であるのかは、彼に会えば、きっと、はっきりとするのだろう。
『……もう一度、ぼくの舞台を見て欲しい』
あの日、彼は、そう言ったのだ。
多分、それで答えが出るに、違いない。
だが、彼は、草間に何を選ばせようとしているのだろうか……。
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