黒羽の約束

猫目オテテ

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第9章 触れた鼓動

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昼下がり・動物病院の裏庭

 診察の合間に、宗一は裏庭のベンチに座って缶コーヒーを片手にしていた。
 アルマはその向かいで、犬用の診療器具の洗浄をしていた。

「お前さ、本当は獣医だったりする?」

「違う。ただ、血の通うものに触れてきただけだ」

「そっか。……なんかさ、あんたを見てると、ちょっと安心すんのよ」

 宗一の声は冗談とも本気ともつかない。
 アルマは、少しだけ目を伏せる。

「俺は、お前とは違う世界の存在だ」

「それでもさ――今ここにいるってのは、なんかの縁だろ?」

 宗一がそう言った瞬間、アルマの中で何かが小さく波打った。



夜・宗一の部屋前

 洗面所から戻る途中、アルマは宗一の部屋の前で足を止める。
 中からギターの音が小さく漏れていた。

 控えめにノックをすると、宗一の声が返る。

「どうした、眠れないか?」

「いや……音が、聞こえた」

「ああ、これ?」

 宗一は少し照れくさそうにギターを見せた。

「昔ちょっとだけバンドやってた。今は気晴らしに弾いてるだけだけど」

 アルマは黙って、そっとベッドの端に腰を下ろす。
 宗一は構わず、続けて弦を弾いた。

 その音はどこか懐かしく、けれども初めて聞くような優しさを孕んでいた。

「……こういう音は、俺の住む所にはなかった」

「音楽、嫌い?」

「……むしろ、心が揺れる。少し、怖いほどに」

 宗一がふっと笑った。

「怖いのは、たぶん“生きてる”ってことだよ」



同時刻・魔界・長女の宮

 燃えるような紅の間。アルマの姉が、片膝を立てて魔法陣を見下ろしていた。

「アルマは人間界に戻ったようです」

 影のような従者が報告する。

「……そう。ならば“次”を動かすわ。そろそろ、あの子にも選ばせなきゃね。誰を守るのか、誰を捨てるのか」

 妖艶に笑う長女の瞳が、静かに輝いた。



エピローグ・夜の屋上

 星を見上げる宗一とアルマ。

「お前は……また、どこかへ行くつもりか?」

「……分からない。ただ、避けられないことがある。俺はそれから逃げていた」

 沈黙のあと、宗一がポツリと言う。

「ここにいてくれ。……今だけでもいいからさ」

 その言葉が、胸の奥に深く残る。
 アルマは言葉を飲み込み、ただ静かに頷いた。
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